07:大!!一!!文!!字!!斬りいいぃぃぃぃ!!!
同刻
アグザリオ王国・第一区簡易防衛線地帯
人々が居なくなり、ガラリと無人の建造物が立ち並ぶ中、大きな鎧を纏った騎士兵とギルド連合軍が共同で侵入してきたドラゴンたちを相手に武器を取り出して勇猛果敢に突撃する。
あちらこちらで爆発が起きている中、カリンは赤をベースにした大筒のロケットランチャーを構えてドラゴンを狙い撃つ。
引き金を引くと、口から多数のミサイルが同時に発射され、ドラゴンに直撃すると爆発を起こし、勢いよく吹き飛ばした。
「な、なんだ!?爆発が!?」
「あの女、何者なんだ…!?」
「あれは…大砲か?何故あんなものを?」
兵士達は初めて見る武器を前に、何か戸惑っている様子だが、カリンは気にせずに兵士やギルド構成員の援護に回る。
一体のドラゴンを仕留めると、開いた右腕で片耳に付いているヘッドフォンのようなものに手を掛け、側面に付いているダイヤルを回して何かを調節する。
それが終わると胸についているであろうマイクに向かって口を開けて喋り出す。
「みんな聞いて!私はカリン、詳しいことは後で説明するけど、今はアンタらの味方だと解釈していい!」
するとどうだろうか。
先程までしっかりとした日本語で喋っていたカリンがしっかりとした異国語で話しているではないか。
どうやら言語を自由に設定出来るものらしいが、一体どういった仕組みで言葉を変換させているのかは不明である。
「こいつらはドラゴン!私たち人類の敵よ!殺すなら脳か心臓を狙って!そこを狙えば、生身とはいえ殺せるはずよ!」
カリンのアドバイスに兵士達は一瞬戸惑ったが、嘘を言ってるように見えないと思ったのか、彼らは言う通りに脳と心臓を意識しながら攻撃に入る。
大槍と大盾を持った騎士の一人が盾を叩いてドラゴンの気を引いてるところに剣を持った騎士が心臓部分である胸を狙って突き刺した。
だが浅かったのか死には至らず、痛みで暴れるドラゴンに対し、今度はギルド要員である戦士が斧を持って首を切断した。
一瞬宙に放り投げられた首はそのまま三人の弓兵に射抜かれ、三本のうち一本が脳に直撃したのか蒸発して煙を撒き散らしながら肉片に変わる。
同時に胴体も同じように肉が溶け、骨だけが残ったところを見ると、脳か心臓のいずれを完全に破壊すると切断されようが関係なく共に溶け出して蒸発するようだ。
それを見越した兵士達はさらに士気を上げて、犠牲を払いながらもドラゴン達に攻撃を仕掛ける。
その様子を見たカリンは言葉が通じたことにホッとしていると、死角からドラゴンが飛び出し、その巨体でカリンを吹き飛ばした。
「ぐぅ…っ!!」
反射的にロケットランチャーを盾にして攻撃を防いだものの、衝撃までは防ぎきれず苦虫を潰したような顔をしながら吹き飛ばされた。
だが戦闘慣れしているのか、カリンは着地をして受け身を取り、衝撃を緩和させるとロケットランチャーを構えて正面を向く。
「っ!!」
そこに居たのはカリンを吹き飛ばしたであろうドラゴンの姿が。
そのドラゴンがすぐ目の前にいて、ロケットランチャーが撃てるような距離ではない。
引き金を引けば自分諸共吹き飛ばされる。
ドラゴンの攻撃ではなく、自分の攻撃で死ぬなんて、死んでも笑えないだろう。
(こんな時に…私のシグルズがあれば…)
もう察していると思うが。
カリンもシグルズを所有している。
だが訳があってか一部の機能しか使えないようで、竜也のように全身を纏えるわけではない。
現に武装であるロケットランチャーを出現させるか、データを味方に送る、翻訳するなどそういったものだけで精一杯らしい。
だからといってすぐに直せる訳では無い。
一部とはいえ記憶を失ってる以上、シグルズにも関わっているようで発動できないようだ。
しかし幸いなことに。
異世界から異世界へ辿り着いたカリンにとって、この世界の住民達は戦闘知識があるようで連携さえ取れていれば下級とはいえドラゴンとまともに対等出来ると感じたが、所詮は生身の人間。
ひと一人が一匹のドラゴンに勝てる見込みなどない、いやそれどころか皆無だ。
周囲を見渡してもチームでドラゴンと戦ってる兵士達がいるものの、こちらに支援出来るほどの余裕などない。
それでもカリンは諦めない。
こんな絶望的な状況を打破するような策など無いが、諦めるつもりなんてないのだろう。
彼女のプライドか、それとも長年に渡り別次元でドラゴンと戦い続けた結果なのか、どちらにせよカリンの意思は固かった。
そしてドラゴンは動く。
ヨダレを撒き散らしながらカリンの方へ首を伸ばし___
「邪魔だあぁぁぁ!!」
…伸ばした瞬間、横から何本の矢が飛び、ドラゴンの片目に直撃する。
死にはしないが激痛に変わりないようで、ドラゴンは突然片目の視力がプツリと潰されたことでカリンを無視してジタバタと暴れ出す。
その結果、近くに建てられていたレンガ状の建造物に直撃し、土煙を巻き上げながら頭から突っ込んで行った。
カリンは一瞬何者かの援護により戸惑ったが、これがチャンスだとわかるとすぐにロケットランチャーを構えて、ドラゴンの方へと引き金を引く。
口からミサイルが発射されるとドラゴンは頭を抜け出し、再びカリンの方へ見つめるとミサイルが直撃し、頭部に大爆発が生じる。
煙が晴れると頭が消えうせたドラゴンの胴体だけが残り、時間差でドサリと大きな音を立てながら力なく倒れた。
「大丈夫か?」
カリンがドラゴンの死を見届けると背後から声がした。
振り返るとそこには小柄で中性的な顔立ちを持つ黒髪の少年がダブルボウガンを両手に構えている。
日本語、そして黒髪から察したのだろうか。
カリンは再びヘッドフォンの側面にあるダイヤルを回して調整し、助けてくれた少年に感謝の言葉を送る。
「助かったわ、ありがとう」
「えっ?日本語…?ってことはお前、地球からか?」
突然迷いのない日本語で返され、一瞬戸惑った少年。
彼は喋りながらも襲われそうになっているチームを見るとそのドラゴンの目に向かって矢を発射させて目潰しという援護を繰り返す。
目ばかりを攻撃するのは多分だが、今の自分では殺し切れないと理解しているのだろう。
「話せば長くなるわ。とにかく今は生き残ることだけ集中して」
「お、おぅ。わかった」
一人でも多く戦えるものがいればいいと思ったのか、カリンは自己紹介を省き、単刀直入に黒髪の少年、蓮に手伝って欲しいと伝える。
蓮も緊急事態だと分かりながらも急に言われたものだからか、少し戸惑いながらもタブルボウガンで的確に目を狙い撃ち、援護に回った。
同刻
アグザリオ王国・北口門前
一方。
こちらも激戦が展開されていた。
大型の赤いドラゴンの突進を受け止め、二本を重ねて巨大な一本の刀剣で地面を突き刺し、衝撃の勢いを殺しながら何とか耐え抜くスサノオ。
勢いが止まるや否や、間髪入れずに赤いドラゴンは一度だけ宙を舞うと火球を放ったが、スサノオはすぐに刀剣を引き抜き、真正面から火球を真っ二つにした。
二つに割れた火球はそのままスサノオの両脇に逸れ、爆発を起こすと同時に、自分の身長の丈の三倍はあるであろう巨大な刀剣を構えて突っ込んでいく。
距離が空いているため赤いドラゴンも三発ずつ火球を放つが、スサノオの機動力が一枚上手なのか赤い目の残光を残しながら右に、左と避けられ、距離が近付くと横へ振り上げてそのまま薙ぎ払う体勢に入った。
だがドラゴンも甘くない。
脳と心臓という弱点を理解しているのか、体を百八十度回転させて太い尻尾でいち早くスサノオに薙ぎ払い、攻撃される前に反撃して吹き飛ばしたのだ。
「うぐっ…!!」
八メートルの機体が軽く吹き飛ばされる。
それほどドラゴンの力が驚異でありながら強大であるというのがよく分かる。
だがスサノオも負けない。
空中でブースターを蒸かして体勢を整え、地面に受身をとる形で着地すると背中に備わっているブレード八枚全てが赤いドラゴンに集中し、砲撃戦を展開した。
大砲のような砲口が覗いた瞬間、一斉にオレンジ色のレーザーが飛び交い、標的である赤いドラゴンの方へと飛んでいく。
対して赤いドラゴンは追撃による攻撃を一時中断し、翼を広げて宙を舞うと飛行して竜也の攻撃の回避に専念する。
回避しながらも空中からスサノオに接近し、それを許さんとレーザーを連射するスサノオだが、赤いドラゴンの飛行速度についていけないのか、それともただ単に竜也のエイム力が劣っているのか攻撃の直撃がなく、ただ一方的に距離が縮まるだけに終わる。
「くそっ、蓮なら簡単に当てられるんだろうが…!!」
悪態をつきながら、竜也は遠距離による攻撃を中断し、何をするのかと思えば砲口を戻してブレード状の翼一枚一枚をそのまま勢いよく発射させた。
反重力で浮いている剣がミサイルのように発射され、飛行する赤いドラゴンへと追尾しながら飛んでいくが、回避が困難だと判断したのか赤いドラゴンは口に炎を撒き散らしながら火球ブレスで相殺させ、攻撃を回避する。
だが竜也の狙いは攻撃ではない。
爆発によって煙が舞うと、中からブースターで飛行しているスサノオの姿が飛び出し、空いた片腕を伸ばして赤いドラゴンの鼻先にある角を鷲掴みにすると、ブースターを切らして地面へと向かって落ちていく。
ひたすら暴れ、スサノオから離れようとするドラゴンだったが、全力で鷲掴みにされていることもあってか、なによりも落下による風圧と重力に逆らえず、そのまま頭から地面に接触し、轟音と共に下顎から直撃する。
しかし、スサノオは容赦しない。
その場に刀剣を地面に突き刺して、右腕で角を、左腕で首根元を掴むとそのままひっくり返して反対側へとドラゴンの体ごと持っていく。
「せえええぇぇぇおおおおぉぉぉいいいいぃぃぃなあああぁぁぁげえええぇぇぇぇぇ!!!」
喉がはち切れそうな程の大声を上げながら地面に叩き付けると、巨体故の地響きと土煙が舞い、辺り一面に衝撃波が走る。
完全に柔道でよく見る背負い投げ。
竜也は剣道部だが、体格も申し分なく、学校の授業で柔道をしていたらしいが、ここまで綺麗にされると本物の選手と見分けがつかない。
防壁にいた兵士たちは思わず歓喜の声を上げる。
どうやら完全にスサノオを味方だと思っているのか、気がつけば声援があちらこちらで響き始めている。
そしてドラゴンはというと。
立派に付いていた三本の角のうち一本がへし折られ、ひっくり返ったままジタバタと暴れている。
今がチャンスだと、竜也は突き刺した刀剣を引き抜くと上へと構え、七本全てのブレード状の翼が抜かれると刀剣の刃部分をレールに見立てて左右それぞれに装着され、さらに巨大な一本の剣となって機能する。
さらになんということか、刀剣の刀身が七つに枝分かれすると熱を帯びて周囲の空気を焦がし始めた。
「このまま一気に決めてやる!!」
必殺技なのだろう、これで決着を付けるらしい。
そしてスサノオと竜也の意識が完全にシンクロしたのか、竜也の脳裏にある文字が過ぎった。
それを聞いた竜也はニィとこれまで以上にない笑みを浮かべながらエネルギーをフルパワーに放出し、ブースターを思いっきり蒸かす。
何かをしてくると悟ったドラゴンは回避しようと翼を広げるも、強烈な背負い投げをされたせいか脳が揺れ、フラフラと立ち上がるだけで飛び立つような余裕なんてなかった。
竜也はその隙を付いて蒸かしていたブースターをフルパワーに放出、これまでにない機動力で距離を縮ませ、身の丈の六倍はあるであろう超巨大な刀剣を振りかぶって接近する。
そして範囲が届くと、脳裏に過ぎった名前を叫ぶ。
その名は___
「大!!一!!文!!字!!斬りいいぃぃぃぃ!!!」
動けなくなったドラゴンに横へ薙ぎ払い一閃すると、通り抜けてから合体していた剣がバラバラと抜け落ち、全て揃うと再び扇型に広がって元の翼の状態へと戻った。
その直後、すれ違った赤いドラゴンは横真っ二つに割れるとドミノの連鎖のように大爆発の嵐が発生、赤いドラゴンだけでなく、周囲にいた通常のドラゴンも巻き込みながら心臓、脳ごと体を吹き飛ばす。
竜也の必殺技なのだろう。
名前はともかく、威力は本物らしくドラゴンどころか周囲の草木を全て吹き飛ばし、キノコ型の爆煙を巻き上げてクレーターだけを残した。
「「「うおおぉぉおぉぉぉぉ!!!」」」
敵の大量一掃が確認出来たのか、防壁にいる兵士たちは衝撃波で吹き飛ばされつつも勝利の雄叫びを上げる。
中には竜也が持つスサノオの威力を目の当たりにして固唾を飲んでいる者もいるが、大半の兵士は今の絶望的な状況が全てひっくり返ったことに歓喜していてそれどころではない。
一方の生き残ったドラゴンはというと。
スサノオを見るなり一歩退くと、慌てて翼を広げて空に舞い、逃げるように羽ばたいた。
一匹、また一匹と。
自分より格上の軍隊長ドラゴンが斬り捨てられたことに勝ち目はないと判断したのか、街に侵入していたものを含む襲来したドラゴン達が一斉に逃亡。
魔物や人間を無視して、広げた翼を忙しく動かしながら元いた森の方へと逃げ去っていった。
「はぁ…はぁ…自分が不利になると、逃げるのか…。全く…自分勝手な、連中だ…」
敵が逃げ去っていくのを見届け、勝ったことに安堵したのか戦闘による疲労が一気にのしかかる。
竜也は息を切らしながら愚痴を吐き捨て、急な眠気に襲われるとその場に倒れ込んだ。
決して無傷ではない。
スサノオとリンクしている影響か、スサノオが傷を受けた箇所と全く同じところに焦げ跡やアザが完成していた。
戦闘に集中して気が付かなかったのか、竜也はハハハと乾いた笑いを出しながら、重い瞼をそっとゆっくりと閉じる。
直後、身に纏っていたスサノオが薄い赤色に包まれると霧のように飛散して、竜也が着けているガントレットに収納された。
結果はどうであれ、竜也は勝利をもぎとった。
今はそれでいい。
それでいいんだ。
竜也はそう言い聞かせながら平原のど真ん中だと言うにも関わらず、眠りにつく。
彼が最後に見たのは、こちらにやってくる一台の馬車だった。
数時間後
ギルドルド帝国・玉座の間
「黒い鋼鉄巨人…だと?」
帝王は一人の偵察兵の報告を聞き、自慢の髭を撫でながら耳を傾ける。
目の前で跪いている兵が言うには、「王国付近の平原で巨大なドラゴンの個体と戦っている黒く輝く鋼鉄の巨人がいた」、とのこと。
鋼鉄巨人。
この世界ではゴーレムという人造魔物がいる。
ただ造り生み出した者のみに絶対的忠誠心を見せ、いかなる命令でも背くことなく行動に移すという、命を吹き込まれた人形。
しかし、報告によると「中から人の声がした」、「ゴーレムとは思えないほどの精密な動き、純粋な破壊力」、「本当に人が造り出したのかすら怪しい」とのこと。
何よりも、帝王が眉間を寄せるような報告が「王国を襲ったドラゴンに立ち向かった」というものだった。
それ即ち、少なからずその黒鋼鉄の巨人は王国の味方だと十分に見て取れる。
それだ。
それこそが帝王は許せない。
心底恨んでいるのだろう、王国という平和ボケした虫酸の走るような国が。
だが、どうしようか。
帝王は考える。
自分勝手に、例の白鋼の塊を改良してゴーレムを生み出したのは言いものの、中から人の声がしたとなれば戦略を練ってくる可能性が高い。
知能もなければ心もないゴーレムにとっては苦な相手だろう。
一体どうすれば…。
拳を握り、帝王はただ一人悩み抜く。
「カッ…お困りのようですね、帝王の旦那」
声が響いた。
周囲の護衛の兵、王族たちは誰だ誰だと首を回して辺りを見回すが、帝王は分かりきっているようで「またお前か」とボソリと呟く。
直後、正面の扉が勢いよく開き、その先には一人の人影が写っていた。
そこに居たのは派手な赤髪にオールバック、鋭い目付きで右から左にかけての大きな古傷の跡が特徴的な人物がポケットに腕を突っ込んで偉そうに歩く。
いやそれだけでは無い。
王城内で、しかも王族たちの前だと言うのにも関わらず呑気に葉巻を吸っている。
だが、そんな彼を見ても誰も言わない。
しかし、嫌われているようだ…現に王族たちだけでなく兵士たちも嫌なものを見るような目で見ている。
男はその視線を無視して、わざとらしく大きくお辞儀するとニィといやらしく笑う。
「…【ヴァレンド】か。何度も言っておるだろう。我が前に現れる時は葉巻ぐらいやめよと」
「悪いね、葉巻は俺の生命線なんでな」
ヴァレンドと呼ばれた男は一つジョークを言うとそのまま胡座をかいて座り込む。
態度がデカいが、兵士たちは何も言わない。
…いや、訂正しよう。
言わないのではなく、言えないのだ。
何故か?
そんなの簡単である。
彼らは恐怖しているのだ。
呑気なヴァレンドとは裏腹に、そこから放たれる圧倒的なオーラに。
突っかかるつもりなんてない。
いや突っかかれない、したところで八つ裂きにされるだけ。
人間の本能がこう言っている。
この男とは戦っては行けない、と。
「して、ヴァレンドよ。何故そなたがここに?ユート=カンザキの訓練はどうしたのだ?」
「あ?あのガキか?カッ、面白いことに俺の訓練についていけなくなったってよ。困ったもんだぜ」
吸い終えた葉巻をポケットから携帯灰皿を取り出して吸殻を捨てる。
やっと終わったと思えば懐からもう一本葉巻を取り出して、ライターで火を付けてまた吸い始める。
対して帝王は二つの意味でため息をつく。
一つはユート=カンザキの件について、もう一つは分かりきっているがヴァレンドの態度について。
だが、おかしい。
何度もこんな態度をとっているのであれば不敬罪に問われ、死刑にされてもおかしくないのだが、何故帝王はヴァレンドに死刑宣告をしないのか?
いや、この答えも簡単で短答なものだった。
それは…
「…そなたの腕は認める。それがなければ今頃死刑に処しておったが」
「おぉ、そいつぁ怖いことで」
ただ単に、ヴァレンドが強いからだ。
過去にヴァレンドは三十人でやっと討伐出来る魔物相手に対し、たった一人で、それもかすり傷一つだけで討伐してしまった功績を残している。
力こそ全てである。
この国は力あるものだけが生き、無いものは斬り捨てる。
弱肉強食の世界。
帝王は力あるものだけ集め、自分だけの最強帝国を生み出そうとしているだけであって、ただ単に強力な戦力を持つヴァレンドを殺すには惜しいということだ死刑にしていないようだ。
「しかし、いくらそなたが力があったとしても、あの黒鋼鉄の巨人を倒せるか否か…」
だが、勘違いしないで欲しい。
ヴァレンドはただ強いだけでチートのような特殊能力を持っている訳では無い。
純粋な力。
巨大で強大な力こそが彼の最大の武器。
故に、この世で一番強いという訳では無い。
それぐらいヴァレンド本人が一番よく理解している。
そのヴァレンドと王国周辺で防衛していた黒鋼鉄の巨人を戦わせたら当然ヴァレンドが勝つ、などという確証はない。
帝王が欲するのは確定的な勝利。
勝てるか否かではない、完全にねじ伏せ、完璧に完勝できる戦を求める。
だからこそ心配なのだろう。
ヴァレンドが本当に未知の黒鋼鉄の巨人を完膚なきまでに叩き潰して完全な勝利を手にすることを。
「…カッカッカ…カッカッカッカッ…!!アッカッカッカッカッカッ!!」
そして帝王の質問の返しに独特でどこか不気味な笑い声をあげるヴァレンド。
玉座の間に笑い声が響き渡るだけで王も、王族も、兵士たちも額から嫌な汗がダラりと流し、悪寒を感じていた。
笑い声がしばらく鳴り響くと葉巻の煙を口いっぱいに吸い込んで、フーッと煙を吐いてから一言言った。
「倒せるか否か?俺も随分舐められたものだなぁ。旦那」
葉巻を銜えながら左手でボロボロの袖を下へ引っ張り、あるものを王に見せた。
そのあるものを見て王族はザワザワと騒ぎ出し、兵士たちも状況が掴めていないのか首を傾げている。
「…それはなんだ?」
王はただじっとしてヴァレンドが見せたものについて詳しい説明を要求してきた。
それは黒いランプが着いた白いガントレット、言うなればシグルズだ。
正直、初めて見る王はともかく、ヴァレンドも未だによくわかっていないらしいが、ただ一つだけ分かっていることがある。
「まぁ、口で説明するより見た方が早ぇ」
ガントレットを装備している腕を立て掛け、拳を握り、そのままもう片手で鷲掴みにするとじゅうのひきがねのようにスライドさせ、その後に勢いよく横へと伸ばした。
その直後、変化が起きた。
白く輝くレーザー線が飛び交い、複雑な形を形成しながらヴァレンドの周囲に展開する。
そして一つ一つのパーツの形が完成すると何も無い空間から白を強調した機械のような鎧が出現し、ヴァレンドを中心に腕、脚、胴体、頭部と合体すると一つの人型兵器が誕生した。
そこから背中に巨大な逆十字形のオブジェクトが背負うように出現するだけでなく、自分の身長九メートル以上はあるであろうデカすぎる片刃の巨斧が展開され、柄を握りしめて引き抜くと黒い輝きをギラつかせながら両手に持つ。
脚は重く太く、腕も同様に太く力強く、頭部には凶暴な狼をモチーフにしたヘルムが被っており、その上顎の下から血に濡れたような赤い目が二つ輝くと、体を脈打つように竜也とは違う本物の血のような光筋が通り、全身を通わせる。
突如出現した白黒鋼鉄の巨人を前に兵士たちは怯え、王族は逃げ惑い、対して帝王は冷や汗を流しながらもニンマリと笑う。
幸いにも玉座の間は広い。
崩壊の危機はないが、それでも約半分以上はヴァレンドが搭乗するシグルズに覆われてしまったが。
『その黒鋼鉄の巨人がなんだか知らねぇが、こっちもこっちで鋼鉄の巨人で対抗すりゃいい話だ。そうだろ?旦那』
ノイズが混ざったスピーカーのような声でヴァレンドは帝王に言う。
そう。
ヴァレンドは元から生身で黒鋼鉄の巨人に挑むつもりなどない。
理由は明白だ。
生身だとやりあえない、自分ですら倒せなかったドラゴンと対等にやりあえるのなら、同等の力があるか、それともそれ以上であるか、どちらにせよ生身で戦うなんて無茶がある。
だからヴァレンドは考えた。
目には目を、歯には歯を、鋼鉄巨人には鋼鉄巨人を、と。
「な、なるほど…つまり憎き王国にも、そなたのような人間がいる、と」
『まぁ、そう捉えるのが自然だろうな。俺もまだよく分かっちゃいねぇが、誰でも付けられるって訳じゃねぇみたいだ』
どう言った経緯でヴァレンドがシグルズを見つけたのかは不明だが、発見したのがつい最近のようで分からないことだらけらしいが、分かっていることをあげるとすれば、シグルズとは誰もが着けられるようなものではない、と述べている。
ヴァレンドは嘘をついていない。
実際この目で見たのだ、訓練という理由で半ば強制的に神崎優斗を連れてギルド調査依頼に行った際、たまたま見つけたガントレットを優斗が着用しようとしたところ、拒むように電流が走ったところを。
帝王は髭を撫でながら、ただ「なるほど」としか言わず、それ以上のことは何も言わなかった。
ヴァレンドを信用しているらしい。
態度が最悪とはいえ、ヴァレンドも敬う(?)帝王様のために数々の功績を残した故に。
『ともかく、例の黒鋼鉄の巨人は俺に任しとけ。狂戦士の名に恥じねぇ、一方的で蹂躙する戦いでもしておくからよ?」
今回はあくまで見せびらかしというのもあって、ヴァレンドはとある神話に登場する狂戦士の名を冠するシグルズを白い霧状に展開させるとそれら全てがガントレットに収納された。
突然普通サイズに戻ったヴァレンドを見て、ホッとしたのか兵士たちは身構えるのを辞め、王族たちは掛けられている柱の裏から顔を覗かせ、怯えながら立ち去っていくヴァレンドを眺める。
「じゃ、そういうことで。報告は以上だぜ、旦那」
「カッ」と独特な笑い声を上げた後、ボロボロで綺麗に整っていないコートをなびかせ、その場を後にするヴァレンド。
片手に葉巻を挟み、口に銜えて煙を吸い、そして吐き出す。
玉座の間に残ったのは葉巻の煙と雑に携帯灰皿に吸い殻を捩じ込ませたのか、ちょっとした灰が敷かれたレッドカーペットの上に乗せられていた。
兵士たちはザワつく。
話題はせいぜいヴァレンドが見せた鋼鉄巨人シグルズの話か、ヴァレンドの悪態についてだろう。
王族も同じだった。
最も、兵士とは違い「高位に立つ我々の前によくもあんな態度を」やら「討ち首にされてしまえ」だの大半はヴァレンドに向けての悪口だが。
そして帝王は。
先程からニヤニヤと嫌な笑みが止まらない。
今ので確信したのだろう。
あの力があれば王国を壊滅出来ると。
「…だから葉巻は嫌いなのだ、全く」
空中に漂う煙とレッドカーペットの上に敷かれたように落ちた灰を見つめながら、ボソリと呟く帝王。
狂戦士。
かつての神話ではこう記されている。
其の者は戦いのためだけに生まれてきた。
自分自身を凶暴な熊や狼に例え、どんな敵軍であろうとたった一人で突貫し、傷を負いながらも笑い続け、無慈悲に、残虐に敵を肉片に変える。
名をベルセルク。
全ては戦いのために生まれ、戦いのために生き、戦いのためだけに死ぬ英雄、と…。