06:こいつが親玉か…おもしれぇ…
数分前
アグザリオ王国・北口門前
馬車が横に十数台並んでもなんの不自由もなく入られるであろう、巨大な吊り橋型の門がそびえ立つ北口。
門だけでなく、周囲の魔物が街へ侵入してこないようにと施されたレンガで出来た防壁に、それを囲んで流れる川が外敵から身を守る盾となっていた。
そしてその防壁の上や足場に立つ兵士たちは望遠鏡を覗かせ、今日も一日忙しく見張りを続ける。
「ふあぁ~…。暇だ」
ある兵士一人が欠伸をして呟く。
今日の魔物は異常なし、平和故に退屈でもしているのだろう。
他の兵士だって同じだ。
欠伸はしていないがどこか退屈そうに自分の武器の調節を行ったりと各々別の行動をしている。
「そんなこと言うなよ。暇だからこそいいんだよ、忙しかったら街が大変なことになるだろうしな」
その欠伸をした兵士を見兼ねた別の兵士が隣に立つと、水が入った皮袋を手に投げて渡した。
兵士は驚きながらも上手くそれをキャッチするとそのまま蓋を開けて中の水を飲む。
「っぷはぁ~…。しかし、街を守りたい職場に就いたのはいいですけど、いくらなんでも魔物の姿がありませんよ?」
「誰しも戦いを望んでるわけじゃねぇさ。生きるか死ぬか、そんな賭け事に巻き込まれるのなら今の方が断然いいと俺は思うな」
退屈故に敬語ながらも自分の思ったことを言う兵士は隣までやってきた水を渡した兵士に愚痴を零す。
敬語を使っているあたり、どうやらこの二人の関係は上司のその部下らしい。
ただ上司にあたる兵士はそんな愚痴を聞いてハッハッハと笑うだけで叱ることは無かった。
「それに、この壁を管理する俺たちはどうやら、民衆に好まれてるぜ?なんだって、壁が盾なら俺達は民衆を守る剣だからな」
「し、しかし…」
「お前は真面目すぎるんだよ。そんなガチガチで考えるんじゃなくて、程よく適当にした方がよっぽどいい」
ガッハッハッと再び大笑いをする。
しかも今度は肩に腕を絡ませているので余計に目立っているせいか、周囲の兵士たちもこっちを見る度に微笑ましいと言わんばかり笑っている。
やられている兵士はと言うと苦笑い。
悪気は無いのだろうが、なによりも体格差があるので肩を組んでいる腕が少し重いのだろう。
だが一理ある。
門番の仕事は安全の確認及び民衆の剣と盾、そして国外からやってきた人間の身分確認。
第一防衛線を整える彼らは気付いていないようだが、民衆からかなりの感謝を得ている。
そう、このままの方がいい。
門番が忙しい時というのは大惨事になっていること間違いない。
だから退屈している今が一番いい時間帯なのだ。
欠点をいえば退屈をすることだが、多くの民衆が魔物の攻撃を受け死人が出ると比べたら断然そっちの方がいい。
そう思いつつ、兵士は再び望遠鏡を覗かせ、周囲のパトロールを…
「…ん?」
していた時だった。
方角は正面、距離は推定一キロメートル、何かが飛来して接近してくる影が見える。
ただ疑問なのがその大きさ。
空を飛ぶ魔物などグリフォン然り、コカトリス然り、ペガサス然りいくらでもいる。
しかし今回は違う。
遠くからでもはっきりと分かるぐらいの巨体を持つ影が、ひとつ、ふたつ…いやゆっくりと数えられないほどの物量で街へと目掛けて飛んでくる。
「おい!!なんだアレは!?」
自分だけではない。
他の兵士たちも全員揃ってその方角へ指を差し、注視する。
初めて見る影故に、兵士たちは戸惑いながらも各々用意していた武器を構えて戦闘態勢に入る。
_グオオォォォォ!!!
そして次に聞こえてきたのは聞いたことも無い低く重い咆哮。
恐らく、あの影によるものだと思われるが距離がかなり空いているにも関わらず、空気を振動させ兵士たちを恐怖に陥れた。
まるで宣戦布告のような咆哮。
兵士たちだけでなく、街全体に響き渡り、賑わっていた街はなんだなんだと一瞬で静まり返った。
「十二時の方向!!推定距離五百メートル!!正体不明の影軍、来ます!!」
耳元に着いている耳飾りのパールを抑えて他兵士たちに連絡を繰り返す。
地球で言う通信機や携帯電話の役割を持っているらしく、タイムラグなしにその場にいる全員の兵士に報告が伝わった。
その後の行動は早い。
大砲を構え砲撃準備するもの、手元に武器を構えこのあと起こるであろう戦闘に備えるもの、そして敵襲を知らせるために大きな鐘を鳴らして避難警告させるものと各々の持ち場について各自準備、戦闘配備、避難誘導を開始する。
街も混乱していた。
魔物の襲来の鐘が鳴り響き、それを耳にした人々は我先にと避難収容所や自宅の家へと足を運ぶ。
そうしているうちに影が迫り来る。
推定距離三百メートルに達した時には、影からいくつもの火球が放たれ、壁に向かって飛んでいく。
勢いよく発射された火球はそのまま壁に接触すると爆発し、近くにいた兵士たちを吹き飛ばした。
巻き上げた煙が晴れると貫通はしなかったものの、大きな穴を残すほどの威力が何十発も直撃したら崩壊しかねない。
「攻撃してきたぞ!!」
「どうやら狙いは街らしいな…くそっ!!」
次々と容赦なく飛んでくる火球。
直撃する度に爆発を起こし、少しづつだが確実に防壁を削り穴を開ける。
このままだと突破されるのも時間の問題だろう。
空中を飛ぶ集団が壁を乗り越えて街へ襲ってくるとはいえ、このまま壁を破壊されてしまえば危険が重なる。
それだけは阻止しなければと大砲を構え、砲弾を込めて発射体勢に入る。
「弾込め、完了しました!!」
「よし!!第一派、発射!!」
合図と共に砲台の紐を引っ張って一斉に発射させる。
勢いよく発射された数多の砲弾は真っ直ぐ影の集団の方向へ飛び、命中すると弾けたような音と共にぐにゃりと押し潰され、何体か力なく地へと落ちていった。
だが全てが命中したという訳では無い。
途中で火球と直撃し、砲弾の中に詰まっている火薬が熱で引火して空中で爆発を起こした。
煙が上がるや否や、晴れる前に影が持つ翼によって吹き飛ばされ、そのまま街を囲む防壁へと攻撃を仕掛ける。
「うわああぁっ!!」
「な、なんだよこいつは!?こんなの見た事ねぇぞ!!」
ようやく肉眼で確認出来た距離まで縮むと見たことの無い姿をした化け物、ドラゴンが翼を広げて急降下し、壁や兵士に襲いかかって来た。
兵士たちは見たことがない生命体に恐れながらも各々の武器でドラゴン達に立ち向かうも、大体のものがその牙で食われ、その爪で切り裂かれ、その吐息で焼かれ吹き飛ばされる。
一応だが、その巨体に傷を付けられるも信じられない生命力を持つドラゴンの前では、人間でいう致命傷ですらかすり傷しか与えられない。
「こんな危険なやつ、街の中に入られちゃやべぇぞ!!」
「避難状況は!?」
『ま、まだ半数が外に…う、うわぁっ!!こっちに来る___!!』
ドラゴン達がゆうゆうと空を飛び、軽々と巨大な防壁を越えて街の中へと侵入する中、避難誘導をしていた兵士からの通信が悲鳴を最後に途絶えた。
考えたくもないが…最悪な状況が街の中で起きているようだ。
第一防衛線を突破された今、街への援護へ行きたいのだろうが、ドラゴン達はそれすらも許さないらしく、兵士たちを次々と殺し続ける。
全滅するのも時間の問題だろう。
このままだと第一防衛線を突破されるどころか街の人々が被害に会い、多大な大打撃を受ける事となる。
「ぜ、前方に馬車を確認!!」
「なに!?」
そんな絶望的な最中だというのにアグザリオ王国へ駆ける一台の馬車が見えた。
この異常事態もあってか、ドラゴン達から逃げるように走らせる馬車は防壁があると言うにも関わらず突っ込む勢いで駆ける。
だが、厄介なことに。
背後からはやや小型だが、翼を持たず、代わりに発達した二本の後ろ脚を持つドラゴンが馬車を追い掛けている。
追い付きそうになるや否や、何者の攻撃を受けたのか目をやられ、バランスを崩して転倒し転げ落ちるも他の小型ドラゴンはそれがどうしたと言わんばかりに馬車をしつこく追い掛けまわす。
馬車を操作する男性は逃げているが、よく見たら荷台の方にはボウガンを構えている誰かが居て、その者が殺しは出来ないものの的確に目を射抜いて足止めをしているように見えた。
だが射抜け射抜けどドラゴン達の脚は止まらず、馬車との距離が近付くと小型ながらびっしりと並んだ牙で噛み付こうと口を開くが馬を巧みに操りそれを回避、そして逃げるの繰り返しだった。
「おい!!開けてくれ!!」
門との距離は近い。
だが防壁で防衛線を張っている兵士たちに門を降ろす余裕などない。
兵士たちも同胞である人間を見殺しには出来ず、何としてでも門を開けようと試みるも空からやってくるドラゴンはそうはさせんと飛来し、足の爪で鷲掴みにすると地面に叩き潰した。
「か、神様…!!退屈なあの日々を…返してください…!!」
一方的な蹂躙を受け、祈る兵士まで現れた。
慰めようと立たせる兵士もいるが、無慈悲にもドラゴン達はそれをいいことに牙を剥き出して喰らい、グチャりグチャりと嫌な音を立てた。
万事休すか。
兵士が全滅するか、馬車が食いちぎられるか。
全員が悲鳴を上げ、惨めながらもドラゴンから逃げを___
_ズドォンッ!!
…撤退をしようとした時、何か重いものが地面や壁に直撃したような音が響いた。
同時に一瞬空に何かが飛び、影が兵士を横切ると襲っていたドラゴンの数体が一斉に吹き飛ばされ、壁の外へと飛んでいく。
そして次に来るのは突風と土煙。
兵士たちは思わず腕を顔の前に構え、激しい風に耐え抜く。
対してドラゴン達は降りてきたその何かを見つめると、兵士たちへの攻撃を、馬車を追い掛けるのをやめ、その方向へと視線を向ける。
そしてしばらくして土煙が晴れると、そこには黒い鋼鉄に覆われた人型の兵器のようなものが降り立ち、両手に持つ大剣のような刀を構えて突っ立っている。
「な、なんだぁ!?ありゃぁ!?」
「敵…なのか!?」
思いもよらぬ乱入者に兵士たちは手を止めて降りてきた黒い兵器に視線を集める。
そして黒い兵器は両手に持つ大剣のような刀を構えるとドラゴン軍の方へと一人突っ込んで行った。
「も、もう…何が何だか…」
兵器を見た兵士たちは状況が追いついていないのか、一瞬だけ呆然とする。
ドラゴン達も兵士より兵器に興味を示したのか、牙を剥き出して襲い掛かるも簡単に首が切断され、残った死体だけが地面へと落ちていった。
どうもあの兵器は人間に対して興味が無いらしい。
いやむしろ逆である。
兵器が人々を守ろうと言わんばかりにドラゴンだけを次々と駆逐していく。
ドラゴン達はその兵器一機に群がるも我武者羅にも思える剣の軌道では無意味らしく、直ぐに切断され死体の山を築き上げる。
「味方…か?いやとにかく、今がチャンスだ!!橋を降ろせ!!」
敵であるドラゴンが兵器に密集していることをいい事に、兵士たちは緊急で橋を降ろそうと駆け出した。
第一防衛線が突破されている以上、戦場と化したこの第一区で敵を迎え討つことにしたらしい。
『第一区全住民の避難、第二防衛線の展開が完了!!第一防衛線に王国騎士団の援軍がそちらに向かっている!!生き残ってる第一防衛線の同胞たちよ、健闘を祈るぞ!!』
通信からの連絡。
被害が出たものの、第一区に住まう生存者達の避難が完了したらしく、またこの事態は既に王族に伝わっているようで騎士団を援軍として派遣させたようだ。
その連絡を聞くと兵士たちは武器を再び構え、士気を上げるやいなや橋を降ろして敵軍であるドラゴンたちに突っ込んでいく。
同刻
アグザリオ王国・北口門前
「な、なんだありゃあああぁぁっ!?」
ドラゴンに追い掛けられ、疲弊していた蓮は思いもよらぬ二足歩行型の兵器を目の当たりにして叫び出した。
驚いているが、どこか目を輝かせている。
ロボットのような外見を持つその兵器故か、少年心を擽られているようだ。
対して兵器は次々とやってくるドラゴンに向かって剣を振り、一体ずつ確実に仕留め、攻撃を不規則な軌道で避けては斬るの繰り返しをする。
斬り捨てられた死体は地面に転がり、蓮を襲っていた一部の小型のドラゴンたちが死体に群がってはその肉を喰らい始める。
「うえっ…あいつら、共喰いか!?あ、ありえねぇ…ってそんなこと言ってる場合じゃねぇな!!」
馬車は未だに小型のドラゴンに追われている状態で、蓮は揺れる中確実に小型のドラゴンの目を射抜き、時間を稼ぐ。
殺すことは出来なくても時間を稼ぐことぐらいはできる蓮は倒すことを考えず、ただ足止めをさせることしか考えていない。
_ドォンッ!!
そんな時、隣で爆発が起きた。
何が起きたのか振り返るとドラゴンのブレスに直撃したのか、両手に持つ大剣のような刀をクロスさせてガードしている兵器の姿があった。
ただ衝撃が強すぎたのか、すぐにバランスを崩して転倒すると、轟音を立てながら地面に転がった。
だがそれがいいことに。
転がった先には馬車…ではなく、それを追いかけていた小型のドラゴン達を巻き込んで派手に吹き飛ばした。
死には至らなかったが、地面にぶつかった衝撃が強すぎたのか、足が骨折したらしく立ち上がろうにも立てない状態だったので馬車を再度追い掛けることが出来ない。
「お、おい!!大丈夫か!?」
衝撃を耐え抜き、思わず声を出して安否を確認する蓮。
味方とは確定していないが、あのドラゴンを殺すという点は利害一致しているため少なくとも敵ではないと思ったのだろう。
『くそっ…いってぇな…!!』
「なっ!?その声…お前まさか竜也か!?」
兵器の搭乗者らしい声が愚痴を吐いて立ち上がり、再び剣を構えてドラゴン軍へと身構えるが、その声に聞き覚えがある蓮は思わず親友の名を出す。
三年の付き合いだ、間違えるわけが無い。
どう言った経緯でそうなったのか不明だが、蓮は親友との再会が喜ばしいのか驚きながらも、どこか嬉しそうに叫んでいる。
『んあ!?その声は…蓮か!?お前そんなところでなにやってんだ!?』
「聞きてぇのはそっちだよ!?なんだよそれ!?オレにも乗らせろよ!!」
『馬鹿野郎!!これは遊びじゃねぇんだ!!とにかくお前が無事でよかった、ここは俺が何とかするからとっとと___』
呑気に話している隙に一匹のドラゴンが竜也が乗る黒い兵器、スサノオに突進を仕掛ける。
初めてというのもあってか、竜也は余所見をしていたため反応が遅れ、その突進を受けると後ろへ倒れ込んだ。
続けてドラゴンの追撃。
今度は片脚を乗せ、牙を剥き出してスサノオの顔部分を喰らおうと開いた口を近付ける。
持っていた二本の剣は近くに突き刺さっているが手を伸ばしても届かない距離で、それ以前に伸ばそうにもドラゴンの牙を両手で受け止めるのに精一杯のため取りたくとも取れなかった。
「竜也!!」
『チッ…!!クソがっ…!!』
だが力の差では竜也の方が上だ。
その証拠に、少しづつではあるが竜也が操縦するスサノオがグググと上体を起こしてドラゴンを押し返している。
しかし時間はない。
他のドラゴン達も今行くぞと言わんばかりに近付いてくる。
『俺をぉ!!』
このままでは間に合わない。
そう思った竜也は空いている片方の手で拳を作り、振り絞るとドラゴンの頬目掛けてぶん殴った。
メキリと骨が軋むような嫌な音が響くと、ドラゴンは吹っ飛んで地面に打ち付けられるように転がっていく。
『舐めるんじゃあぁ!!』
身が軽くなり、立ち上がると背中に備わっていた扇状に広がるブレード型の翼が広がり、全ての剣先が向かってくるドラゴン集団へと向けられる。
その直後、全てのブレードの中央が割れ、中から大型の銃口が顔を覗かせ、スサノオの周囲に展開される。
『ねええぇぇっ!!!』
そしてスサノオは右腕を突き出す。
同時に展開していたブレードの中央から真っ赤なレーザーがいくつも一斉に発射された。
そのレーザーに直撃したドラゴンは貫通…するのではなく、火球と同じように爆発が発生し、体ごと吹き飛ばした。
それが八本、しかも絶え間なく発射されるのでドラゴンからしたら恐ろしい他ない。
「っ!!うはぁ!!すっげぇ!!」
激しい爆発の中、蓮は熱気と爆風に耐えながらその光景を見て歓喜の声を上げる。
危機的状況であるが、少年心の方が勝ったようだ。
…まぁ、馬車を操縦しているおじさんは驚愕していて開いた口が塞がらない状態だが。
『蓮!!お前はとっとと逃げろ!!奴らは生身の人間じゃ太刀打ちできない!!』
「はぁ!?何言ってんだよ!!オレも戦ってやるよ!!」
『馬鹿言え!!奴らとまともにやりあえるのはこのシグルズしかねぇんだ!!詳しい話は後で説明するから、とにかく今は何も考えずに逃げる事だけを考えとけ!!』
「は…?鎧…?わ、分かった…!!ギルドで待ってるからな!!」
ドラゴンの数をある程度減らしたところで竜也は援護しようとする蓮に逃げろと伝える。
シグルズだが鎧だがよく分からないことだらけの蓮は一瞬混乱したが、三年の付き合いである親友の言葉に嘘偽りがないと言うので、待ち合わせ場所を伝えた後にそのまま馬車を走らせて逃げることに専念した。
もっとも。
蓮が戦おうとしても馬車は止まることなんてないのだろうが、蓮が無事で何よりと思った竜也は気を抜かず、突き刺さっていた剣を抜き取って身構える。
同刻
シグルズ・スサノオ操縦席
「ったく…フラグを建てやがって…」
逃げ行く馬車を見届けると軽い愚痴を吐き、嫌な汗を流しながらもニィと笑う竜也。
以前なら恐怖で動けなかっただろうが、今の竜也は戦うことに決心したためか、どこか余裕がある。
まだ残ってるドラゴンは竜也を睨むなり咆哮を上げて身を低くして構えている。
さしづめどう攻めようか考えてる真っ最中なのだろう。
「いいぜ…ギルドだかなんだかよくわかんねぇけど、今はこいつら全員ぶち殺してやる!!」
操縦席…というより半透明な液体でいっぱいになったカプセルの中にいる竜也は脳の中で身構えるイメージをすると、それに合わせてスサノオもイメージ通り全く同じ体勢を取って剣を構える。
あくまでロボットではなく鎧らしく、複雑な操作を要求してくる訳では無いようだ。
ただ要求してくるのは操縦者の精神力、集中力、想像力など、そういった精神的概念の強さで、それが強ければ強いほどシグルズにも影響されるんだとか。
しかしここでひとつ疑問が浮かんでくる。
シグルズを持つとはいえ、竜也にとってシグルズを運用した戦闘…いやそれ以前に対生物との戦いなどこれが初めてだというにも関わらず、何故それを理解し、何故既に体に馴染んでいるのか、というものだ。
だが、答えは至極簡単。
竜也はただ余計なことを考えず、ただ自分の天敵であるドラゴン相手に我武者羅でもいいから倒すことしか考えていないからだ。
もっと分かりやすくいえば。
「全く分からない、気がついたらそうしていた」と言う状態と全く同じだという。
だから竜也は恐怖しない。
目の前に殺しにくる相手に一時的だが臆すること無く、ただ前を見つめ剣を構える。
殺らねば殺られる。
その緊張感を背負い、いつ来ても反撃出来るようにと剣道の要領を活かして睨みを効かす。
だがここで異変が起きた。
転がっていたドラゴンの首が、もしくはその首を失った胴体がひとりでに動き始め、血を流しながらも立ち上がったのだ。
そして断面からは何かがモゾモゾと膨れ上がると煙を噴出させ、新たな胴体を、新たな首を生やして蘇った。
「うげっ…!!再生しやがった…!?」
そんなグロテスクな光景を目の当たりにした竜也は操縦席越しだが、少し引いていた。
尻尾を切断した蜥蜴が数日掛けて新しい尾を生やす、というのは聞いたことがあるが、相手は違えどこうして生えてくる瞬間を見るとおぞましい他何も言うことがない。
何より恐ろしいのが一瞬では無いものの、経った数分で完全に復活を遂げ、何事も無かったかのようにこちらを見つめているということだろう。
さらに言えば再生出来るのが肉体だけではないらしく、骨折した骨でさえ時間を掛けて元の状態に戻すということだ。
その証拠に、蓮を追い掛けていた小型のドラゴンがメキメキと皮膚の下でモゾモゾと嫌な動きをして修復し、立ち上がると以前同様に馬車を追いかけ始めた。
「こいつら不死身かよ!!一体どうすれば…」
『リューヤ、落ち着いて!』
「っ!!カリンか!!お前どこにいるんだ!?」
苦虫を潰したような顔をしている竜也の目の前にスクリーンモニターが展開され、そこにカリンの顔が映し出された。
竜也は少し驚きながらもカリンが今いる場所について詳しく聞こうとする。
『私は王国騎士団と共同して第一区と呼ばれる場所で簡易防衛線を張って戦ってるわ。だから時間が無いの、一度しか言わないからよく聞いて』
背後で爆発音と騎士兵団の大声が聞こえる中、カリンは竜也にあることを伝える。
対して竜也は未だに動かないドラゴンたちを睨みながらカリンの情報を待つ。
『そいつらの弱点は心臓か脳、どちらかを完全に破壊しないと首を切断されようが、骨を折られようが完全に復活するの。だから___』
「そこを狙えって寸法か」
言葉を遮り、竜也が笑いながら言うとカリンは黙って頷いた。
疑う余地もないが、カリンの言ってることは事実らしく、先程竜也が仕掛けたあのブレード型の翼が発射された砲撃で頭部そのものを失ったドラゴンは蘇る気配がなく、それどころか同族であるドラゴンに食われているため、本当に復活しないようだ。
そうだと分かった瞬間、竜也はドラゴンが仕掛けないことをいいことにブースターを蒸して低空飛行で急接近する。
突然飛んできた敵にドラゴンは目を見開くが、すぐに我へと返り、牙を剥き出して羽ばたき、同じくして距離を縮める。
そして先頭のドラゴンと竜也が乗るスサノオが衝突する瞬間、その直前で竜也は地に足を付けてブレーキをかけ、ドラゴンの真下へと潜り込む。
その流れですれ違いざまに右手の剣を下顎から頭頂部に掛けて、左手の剣を逆手に持ち、左胸…言うなれば人間で言う心臓部分に刃を通した。
大量に出血が噴出し、ドラゴンは痛みで一瞬目を見開くが、そのまま力なく倒れこみ、スサノオに寄りかかる形で死んだ。
結果的に脳が死んだ。
心臓は狙いが少しズレたようで、辛うじて無傷だが、死んだことに変わりないので結果は良し。
スサノオは刃を抜き取ると、死体を放り投げると再び構えた。
「よ、よし!!上手くいった!!」
冷や汗を流しながらも、竜也はドラゴンを殺した剣の切っ先をドラゴン集団に向けて笑う。
一方のドラゴンは呆気なく仲間が殺されたことに戸惑っているのかウロウロとしているだけで何もしてこない。
『す、すごい…アンタ今どうやって…』
「んなもん俺にもわかんねぇさ…!!けど、強いて言うなら勘だな!!」
再びブースターを蒸して急接近し、剣を構えてドラゴンらに攻撃を仕掛ける。
動揺しているのか反撃に迷いがあるドラゴンを回避しては脳ごと頭を真っ二つにし、遠くから火球を放ってくるドラゴンに対してはブレード型の翼から爆発するレーザーで心臓ごと体を吹き飛ばす。
竜也はただ攻撃を続ける。
回避しながら攻撃、奇襲による攻撃、戦略的に考える攻撃と、様々な方法があるのだが、竜也はそれを一切考えず、堂々と真正面から攻撃するタイプらしく、ドラゴンが全滅するまで手を止めない。
ドラゴンも攻撃はしている。
火球が直撃したり、牙で機体を噛み付いたり、尻尾で薙ぎ払ったりとしているが、完全接近戦用として作られたスサノオの前では蚊に刺されたようなもの同然である。
ただしダメージはある。
かすり傷ではあるものの、少しづつだが凹みが発生し、そこから竜也が纏っている透明な液体のようなものが血のように噴き出してきた。
だがそれでも攻撃の手を止めない。
その姿はまさに太古の日本に伝わる荒ぶる神そのものである。
「はぁ…はぁ…!!」
そして残りのドラゴンが数で数えられるほどにまで減ると、竜也は武器を構えてゆっくりと接近する。
あれだけ派手に暴れたのだ。
ロボットとは違い、鎧である以上精神力を削られるので疲労だってする。
だがもう少しだ。
援軍も来る気配もない、残り三匹倒せば蓮に会える。
確信ではないが、それに近いものを信じて竜也はブースターを蒸して再度距離を縮めようと___
_ドォンッ!!
…縮めようとした時、上から何かが落ちてきた。
その何かの影が地面に接触すると地響きを鳴らし、土煙を舞い上がらせるとグググとその巨体を起こす。
「っ…でけぇ…!!」
その大きさはゆうに八メートル以上の大きさを持つスサノオより一回り大きく、翼を広げただけでシグルズそのものを包み込む程の巨大な翼膜を持つ。
そして全身には燃えるような赤い鱗と血に濡れたような赤黒い甲殻を持ち、体の形は周囲のドラゴンとほぼ同じだが、唯一違う点は角が後頭部二本の角の他、鼻先に一本の角が生えていることぐらいだろう。
他のドラゴン達はと言うと身構えながらも一歩下がり、上から出現した赤いドラゴンを見つめながら様子を伺う。
頭を下げているようにも見えるが、恐らくこの赤いドラゴンがこの軍の軍隊長のような存在らしい。
「こいつが親玉か…おもしれぇ…!!」
対して竜也は少し驚きながらも二本の刀剣をひとつに重ね、一本の巨大な大剣に変形させると両手で持ち、剣先を向けて構える。
ドラゴンは引かない。
身を低くして地面を軽く蹴りながら竜也を威嚇する。
『気を付けてリューヤ!!あいつはただのドラゴンじゃないわ!!』
「んなこと、なんとなく察してるぜ…。オーラが他のやつとは違うからな」
だが竜也は退かない。
少なからず恐れはしているが、戦う以外の選択肢がないことを理解している竜也にとって、恐怖をかき消していた。
それもあるが。
何よりも後ろの街には守るべき友がいるため、尚更引き下がれない。
今現在ドラゴンとまともに戦えるのは竜也だけ。
はいどうぞと退いてしまえば街など滅ぼされてしまうだろう。
それだけは避けたい。
竜也はそう思いながら一体化した一本剣を構えて突撃体制に入る。
「悪いが、ここは通行止めだ。お引き取り願おうか?」
_グオオォォォッ!!
言葉は通じなくとも、赤いドラゴンは大きな咆哮を上げると竜也に向かって脚を走らせる。
それと同時に竜也は蒸かしていたブースターを噴出し、地面から数センチ浮いたまま突っ込んでいく。
勝って生き残るか。
それとも負けて死ぬか。
その結果を知ってるものは、この場にいる兵士と竜也を見守るカリンしかいない。