03:一般人に武器持たせてどうすんだよ
同刻
ギルドルド帝国・玉座の間
「待っておったぞ。勇者よ」
一方、アグザリオ王国とは正反対に存在する帝国ギルドルド帝国。
その王城内部にある玉座の間にて、ある少年が魔法陣から出現した。
「へ?ゆ、勇者…?」
少年の名は神崎 優斗。
ただ現在の状況が理解出来ていないのか、自分に指を差して間の抜けた声が上がる。
そりゃ困惑するだろう。
何せ急に不可解な現象が起きたと思えば、目の前にローブを深く被った男女数名が囲んだ形でこちらを見ているのだから。
加えていえばその中央の奥に、いかにもというべきか、そんな椅子の上には髭を生やした、これまたいかにもと呼べるような老人が偉そうにふんぞり返っている。
ただ異界人でありながらはっきりとした日本語で話しているので只者ではないというのは明らかである。
「うむ。困惑しているだろうが、時間が無い。即決に言うが助けて欲しい」
老人は言う。
表情は深刻そのもので嘘を言っているつもりなんてないようだ。
「え!?そ、それは大変です!!僕でよければ、手伝いますよ!!」
…まぁ、最も嘘か否かの問題ではなく。
馬鹿がつくほどの正直者で人のことなどポンポン信じ込む優斗にとって、関係の無い話だろう。
まだ要件を言っていないのに張り切る優斗を見て少し気が引ける老人、もとい帝王。
ローブの集団も数人か驚いているが、優斗の必死さや優しさを感じて顔を赤くしている女性もいるが…ここはスルーしておく。
「時は数週間前。突如世界に穴が出現しての。そこから出てきた化け物共が出てきたと思えば人や魔物関係なく、みな平等で見つけては殺し、世界を根絶やしにしようと企んでおるのじゃ」
「あ、穴?それに魔物?」
突然聞いたことはあるもののその存在自体が信じられないワードを聞いて優斗は困惑する。
魔物。
多くの人々なら聞いたことあるものだろう。
だが所詮は伝説や神話。
現実に出てくるはずもなく、また存在自体が御伽噺だと小馬鹿にする輩も多くはない。
「うむ。このままでは世界の破滅も時間の問題だ。故に、身勝手ながらそなたを召喚させてもらった」
「ちょ、ちょっと待ってください!?あ、あのここって地球…なんですよね!?だとしたら竜也と蓮を知りませんか!?」
話がついていけず、優斗は焦りながら帝王に訊ねる。
敬語が出ているのは王だとわかっているから、とかではなく、ただ単に「初対面の人間に話しかける時は敬語から」とそういった心掛けなのだろう。
ただ優斗は動揺を隠せない。
正直魔物やら化け物などとはよく分からないが、彼が何より心配しているのが幼馴染の竜也とその友達である蓮の安否について。
本当に焦っているのだろう、言動もそうだが何よりも手を忙しくバタバタと動かしている。
「チキュウ…?この地はそなたのいうチキュウではない。地の名をイグニス、そしてこの場はギルドルド帝国。憎き王国とは異なり、力こそ全てだと世に知らしめる素晴らしき国だ」
「ギル…?」
帝王は両手を広げてワッハッハと笑うと周囲にいた王族たちがつられて笑う。
対して優斗は帝王がいう事を理解出来ないのか首を傾げるだけでに終わる。
そしてひとつ笑い終えると手を出して周囲に笑いを止めるようにと指示を出すと一つ咳払いしてから説明を続けた。
「して、そなたがいうリューヤとレン、と言ったか。そやつらに関しては知らぬ」
「そ、そんな…!!い、いえ、あの訳の分からない現象に巻き込まれたんです!!僕がこの世界に召喚?されたのなら、彼らだって…!!」
そして問題の二人の安否についてだが、帝王の答えに優斗は絶句した。
召喚の指示をした本人でさえその二人の安否を、それどころか存在すら知らないという答えが返ってきたのだ。
それでも優斗は信じられないと、何度も何度もしつこく訊ねるが、帝王はこれ以上何も言わない。
「巻き込まれた…となれば、よもやその二人は…」
「そんな…そんなはずは…!!」
優斗の目から頬にかけて一粒の涙が流れた。
あまりにもショックなのか膝が崩れ、床に両手をついてポロポロと涙を零す。
信じられない、信じたくない。
だが帝王は嘘を言っている様子なんてない。
いつも異性に追われる中、唯一同性の友人が死ぬなんて…。
優斗はただただ涙を流し、震えた声だけが玉座の間を支配する。
その場にいた全員はただ呆然とする。
帝王も、側近も、大臣も、王族も、召喚士たちも。
誰もがただ、優斗の小さな声を聞くだけで止めようとも慰めようともしない。
泣き止むのを待つ。
止める権利など自分にないと言い聞かせながら。
「…やります…」
「?」
床に両手をつけていたが、俯いたまま立ち上がると拳を強く握り、ある決意を抱く優斗。
そのまま学生服の袖で涙を拭い、真剣な眼差しで帝王を見つめ、今度はその場にいる全員に聞こえるようにはっきりと答えた。
「その化け物を倒します!!犠牲になった二人のためにも…僕が必ず、この手で!!」
悲痛の叫びにも聞こえるそれは、広い玉座の間にも関わらず反響するほどの大声だった。
涙目で赤くなっているものの、優斗はこれまでにないほど鋭くとがらせた瞳でこの世界を救うことを宣言した。
直後、その場にいた全員は拍手を送る。
やる気になった優斗をいい事に、この希望である勇者としてこの帝国に歓迎しているようにも見える。
帝王もそうだ。
大きく偉そうに手を叩くとニヤリと笑みを見せていた。
ただその笑みはどこか不気味さを感じる。
何かを企んでいるような、そんな笑みだったが今の優斗にとってそんなことどうでもいい。
一刻も早く、この世界に蔓延る化け物とやらを倒し、亡くなってしまった二人の仇をとると心の中で深くそう誓ったのだった。
だが残念なことに。
彼はただ勘違いをしていた。
二人が生きているどころか、この世界にやってきているというのに、悲しいことか優斗はそんなことすら気付かない。
心の中で勝手に死んでることとなっているその二人は今どこで何をしているのかといえば…。
数日後
アグザリオ王国・某治療施設内
「ひぎゃあぁっ!!?」
突然変な悲鳴を上げて勢いよく起き上がった竜也は全身嫌な汗を流しながら目を見開く。
寝ていたようだが寝起きは最悪で、どうもいい夢を見た、というわけではなさそうだ。
ほんの少しだけ呆然とした竜也は、その後にここがさっきまでいた森とは違うことに気付く。
「…はぁ…ここどこだよ…マジで…」
片手で頭を抱え、普通に悩む竜也。
最初に目が覚めたと思えば見慣れぬ森の中で、脱出を目指していたら謎の亀の怪物に襲われ、今となっては全く見覚えのない木造建築物の中に、しかも丁寧にベッドまで用意されている。
竜也にとって全く意味のわからない展開だが、どこの誰が助けたのか知らないがその人に感謝しつつ、ベッドから降りた。
「…え?」
とここで竜也、あることに気付く。
ここまで来る時に着込んでいた学生服が無くなり、代わりとして何かの獣の毛皮で出来たような安そうな、それでいて動きやすい服に変わっていることに。
どうやら気を失ってる間に誰かが着替えさせたのだろう。
着心地こそ決して悪い訳では無いが、着たこともない服故か、少し違和感を感じる。
それともうひとつ。
彼の右腕には、例の謎の腕輪があった。
相変わらず赤くて鈍く光るそれが何なのか、未だに分からないものの…
「あ、あれ?」
不思議なことに、外そうとしても外せない。
なにか不思議な力によって固定されたかのように全く動かせないという。
とはいえ、引っ張っても別に腕の肉が腕輪に引っ掛かってるというわけではなく、ただ単に強い何かと引っ張りあってるという表現が正しい。
「…はぁ…」
竜也、二度目のため息。
腕輪に関して最初戸惑ったものの、すぐに諦めると後ろから倒れ込むような形でベッドにダイブした。
今は安全らしいが、ここまでの道のりが波乱万丈でとても信じられない出来事の連続だったので、竜也はもう何来ても驚かないとそう思ったのだろう。
何もしていないはずなのに疲れてしまった竜也はそのまま二度目の眠りに___
「アンタ、それって…」
「んなぁ!?」
「きゃっ!?」
…眠りにつこうとしたところ、突然正面から誰かに話しをかけられ、思わず飛び上がる竜也。
その驚き方が余程オーバーリアクションだったのか、つられて話をかけてきた誰かも小さな悲鳴を上げて驚いた。
お互いに驚いた両者のうち話をかけてきた誰かの方は一歩後退るだけに収まったが、一方の竜也はというとベッドから派手に転げ落ちた。
もう何が起きても驚かない。
言ったそばからこれであるから説得力も何も無い。
「ちょ、ちょっと!?大丈夫!?」
これでもかと転げ落ちた竜也が心配なのかしゃがみこみながら心配そうに見つめる。
声からして女性、加えていえば声のトーン的にまだ若い方だろうが、竜也にとってそんなことはどうでもよかった。
「は、ははっ。だ、大丈夫大丈夫。気にすんな…っと」
最後のところで立ち上がり、正面を向いて話しかけてきた少女の姿を見る。
髪色は赤い毛と黒い毛が織り交ざったような不思議な色で短髪、ボロボロになった灰色のコートを纏い、目の色は赤色と黒とオッドアイをしている。
顔は少し幼さが残っている。
もしかしたら竜也と同い年…なのかもしれない。
その少女が竜也に手を伸ばし、立ち上がらせようとしてきた。
「そ、それで。何か気になることでもあるのか?」
苦笑いしながら竜也は差し出された手を握る。
と、少女は竜也の体を起こすと備え付けられている腕輪をマジマジと見つめ始めた。
可憐な少女という見た目をしているものの、異性でありながらある程度体が出来ている竜也を凄まじい勢いで起こしたところからして、外見とは裏腹にとんでもない力を持っていることが伺える。
「お、おい。なんだよ?」
そんな力で引っ張り上げられたら驚く他ない竜也は戸惑いながらも少女に声を掛ける。
だが少女はそれを無視。
聞こえてるはずだが、ただ単に竜也が付けている腕輪を見つめて何も言わない。
「ねぇ、これどこで手に入れた?」
「い、いやどうしたんだよ。というかお前誰だ?」
「いいから答えて」
「うおっ!?」
一方的に質問されてしまい、取りあえずと名前を伺おうとしたところ、少女はズイッと顔を近付けて竜也に引き続き質問を投げ掛ける。
竜也はさらにアタフタとする。
地球にいた頃は異性との関わりが皆無に等しい竜也にとっていきなり見知らぬ、それも異性に顔を近付けられてしまえば驚き、戸惑い、動揺を隠せない様子だった。
さらに言えば腕を掴まれ、そのまま壁に押し付けられている状態。
それ即ち、人は壁ドンという。
竜也は顔を少し赤くしているのに対し、少女はそんなこと気にせずにただ無表情で目を合わしてくる。
「も、森だ。なんか目が覚めたらそこにいて、そしたら白い鉄みたいな塊に、亀みたいなバケモンがいて…」
「…わかった。ありがとう」
テンパりながらも竜也は淡々と説明する。
どうせ信じて貰えないような内容だが、少女は一人納得すると抑えていた腕を離し、距離を取った。
竜也は訳が分からないと言わんばかりに首を傾げる。
と同時に、この少女が何か知ってるんじゃないかと思い、自分から声をかけた。
「な、なぁおい、お前。もしかして…なんか知ってるのか?じゃないとそんなリアクションとか取らないだろうし…」
もう何が何だかわからず少女の説明を要求する竜也。
何でもいい。
知ってることなら全部話して欲しいと、そう強く願う一方だ。
あんな怪物を見ただけでなく、なによりも自分の体が一部とはいえ黒鋼の鋼鉄に変化するなど、どうも説明なんてつかない。
だがこの少女は知っているらしい。
竜也は見逃さなかった、少女の腕にもその鋼鉄の元凶らしき腕輪を装着していることに。
「…わかったわ。私の知ってる範囲なら教えてあげる。その腕輪を着けている以上、アンタにも知ってもらわないと」
少女は竜也の要求に少し迷ったが、知っている以上説明する他ないと思ったのか、意を決して説明することにした。
竜也もただ近くに配置されている椅子に座り、少女もまた対象の位置にある椅子に座って目を合わせる。
「まずは名前ね、私は【カリン】。苗字は…思い出せない」
「なに?記憶喪失ってやつか?」
「まぁ、そんなところだけど…。アンタは?」
「如月 竜也だ。普通に竜也でいい」
説明の前に互いを知る目的で名を名乗る。
カリンと名乗る少女は記憶喪失らしく、名前は覚えているものの苗字までは覚えていないらしい。
そんな状態で説明されてもと竜也は一瞬不安になるが、それもつかの間で立て続けにカリンは説明を始める。
「まず確認なんだけど、アンタが見た亀みたいな化け物ってこんな姿をしてなかった?」
と、説明の前にカリンは腕輪をいじると、腕輪の中央から直径約二十センチの光が展開され、その真ん中に例の亀の姿をした怪物が映し出された。
大きさこそ実物よりミニチュアサイズだが、肩から生えた牙のような巨大な角と顔周りについている白い髭、亀のような姿をしつつも顔が獅子のような恐ろしい形相をした化け物。
間違いないだろう。
現に竜也は嫌な汗を流しながら指をさして震えている。
何も言わないのは恐らく、先程この化け物に追われた時の記憶が蘇って言葉が出てこないからだと思われる。
「その反応からして間違いないようね」
何も言わなくとも竜也の反応を見て察したのかすぐにこれが犯人だと理解するカリン。
それがわかると腕輪から放たれる光が形を変え、また別の姿をした怪物が映し出される。
先程のものとは小柄だが、大きな翼を持ち、長い尾を持ち、太い二本の角を持つそれは竜也にとって見覚えがあるフォルムをしていた。
それを見た竜也は目を見開く。
初めて見る生物だが、ゲームや漫画、果てはアニメでさえ多くのファンタジー作品に出てくる、代表的なあの生物に酷似しているからだ。
「…ドラゴン?」
「そう、ドラゴン。奴らのことをそう呼んでいる…ってなんで知ってんのよ?」
「いやだって…これどう見てもドラゴンだろ」
誰もが一度目にしたことがあるであろう化け物…それがドラゴンだった。
さらに細かくいえばワイバーンと呼ばれる、無腕有翼でドラゴンの基本体の姿が光の中で動いている。
大きさそのものは小さいが、先程の亀の怪物と同じとなれば現物はこれぐらいの大きさでは済まされないだろう。
「…なんで知ってるのか今は別にいいわ。それより重要なのは奴らがある世界を狙うと次元の穴を作って蹂躙を開始するの。そしてその場にいる生命体を根絶やしにして生態系の頂点に立つと子孫を残し、食い尽くす。簡単に言ってしまえば私達の敵よ」
カリンの説明に従って光が動き出す。
ある惑星が映し出されたと思えば、その上空に亀裂が入り、出来た穴から先程見たドラゴン達が星を覆う形で飛び立っている。
そして映像が変わるとドラゴンと戦ってる様子が映し出され、その中で人々はドラゴンと戦うも一方的に殺され、蹂躙されていく様子が映し出された。
さらに映像が展開され、今度は繁栄されていた都市や自然が死滅し、その惑星が持つ美しくも色鮮やかなものが一瞬にして灰色となり、最終的には壊滅して拡散すると異次元の穴の中へと吸い込まれて言った。
「あー、えっと待てよ。そのドラゴンが人類の敵であって、この世界に居るとなれば…」
「えぇ。間違いなくこの世界は滅ぶわ」
竜也は嫌な予感がしてカリンに訊ねるも、返しが即答だった。
この世界が滅ぶ。
実にシンプルでどんな馬鹿でも理解しやすい説明である。
それを聞いた竜也は「おい冗談だろ?」という顔をしていたが、カリンは真面目な顔でその様子を眺めている。
残念ながら、嘘を言っているつもりは無いようだ。
別に竜也はこの世界なんてどうでもいいと認識している。
何せ急に来たと思えばそのドラゴンに襲われるし、自分と蓮が生き延びればそれでいいとそう思っていた。
だが世界が滅ぶとなれば話は別。
この世界に愛着などないが、滅んでしまえば自分も、蓮も死んでしまう。
それだけはごめんだ。
世界を救うという責任を背負うつもりは無いが自分が生き残る以上なにかしないといけないと思うと憂鬱に感じているのだろう。
「なんか対抗策とか無いのか?バカみたいに真正面から行けば死んじまうだろ」
脳裏に一瞬あの男を浮かんだが、竜也はそれより説明が大事なのか話を進める。
「まぁそうね。生身の人間がドラゴンと対峙するなんてバカにも程があるわ」
なんて答えが返ってきた瞬間、一人勝手に「あいつならそうやりかねないな、絶対に」とボソッと呟く。
何を言ってるのかわからないカリンは首を傾げるが、竜也は軽く謝って話を続けてくれというと気にせず説明を続けた。
「でもこれがあれば戦える」
と言いながらカリンはあるものを竜也に見せつけた。
そのものは竜也にとって見たことあるもので、むしろ今この身に装着してあるものだった。
「…腕輪?」
その正体はあの腕輪。
形そのものは竜也と同じものだが、唯一違う点はその真ん中にあるべきものが備わっていないということぐらいだろう。
さらに言えばカリンに着いている腕輪に08と数字が刻まれている。
一方の竜也は04。
これの数字は一体何の、ちゃんとした意味があるのかわからないが、それよりもこれが強力なドラゴンに対抗出来る手段だということがいまいち理解出来ていない様子だった。
「まぁ、いきなりそう言われてもって感じね。私も最初はそうだったし…」
苦笑いして答えるカリン。
とはいえ、その様子からしてこの腕輪に何かの秘密があるように思える。
そんな苦笑いに対して相変わらず首を傾げる竜也は早く説明して欲しいのか自分の腕輪を眺めて秘密を探ろうとしている。
だが無反応。
赤く光るところを触っても特に反応はなかった。
「簡単に言うけど、それって兵器の一種なの」
「へ?な、なに?兵器?…これが?」
腕輪が着いている腕をクルクルと回しながら見せつけるとカリンはうんと首を縦に振る。
どうも納得が出来ない。
どう見たって赤く光る腕輪としか思えないのに、カリンはこれを兵器と答えた。
兵器といえば戦争などに運用する戦車や戦闘機、小さいものでいえば銃などそういったものだが、未知とはいえこの腕輪がその兵器だととても思えなかった。
「この腕輪はシグルズ。別の名称では竜殺しの英雄なんて呼んでるの」
「シグ…なんだって?」
全く聞きなれないワードを聞いて困惑する竜也。
蓮と同様ゲームオタクだが、シグルズなんて聞いたこともないので思わず言葉を詰まらせた。
到底信じられないのだろう。
この腕輪が竜殺しの英雄と呼ばれる由来が。
「シグルズよ。身覚えない?急に体が鋼鉄に覆われた、とか」
「っ!!」
カリンのいう体が鋼鉄に覆われたという言葉を聞くとガタッと立ち上がった竜也。
乱暴に立ったため椅子が床に落ちてコロコロと転がるが、そんなこと気にせずカリンを見つめる。
説明を要求する。
何も言わずとも目でそう言ってるのが誰がどう見てもわかる。
「心当たりがあるみたいね。説明するから座って」
「あ、あぁ。悪かった」
一度取り乱したが、すぐに落ち着きを取り戻し、転がっている椅子を戻して再び腰掛ける。
椅子に座ってもまだ心臓の音が聞こえる。
緊張しているわけでもなければ恐怖している訳でもない、ただ単にその正体を知りたいがために心臓の音を鳴らしているだけである。
「ふぅ…、いい?シグルズは自分との適合率が高い人を選ぶのよ。選ばれた人はシグルズと生涯を終えるまでその身と共に寄り添う存在。言うなれば一蓮托生ってところかしら」
「お、おい待て。選ぶ?寄り添う?一蓮托生?これ生きてんのか?」
腕に着いている腕輪もといシグルズを見て触り、生きているのかと困惑する竜也。
常識に考えればそんなはずは無い。
金属が生きている、という話はどこかの映画で聞いたことはあるものの、そんな寄生物のような存在などゾッとしてしまう。
だが嫌でも納得してしまう。
カリンがいう一蓮托生、つまりその身が滅ぶまで共に生きるとなれば、先程無理に外そうとしても外れなかったことも通りがつく。
「そんなの私だって知らないわよ。作ったの私じゃないし…」
「え?俺はてっきりお前が作ったものかと」
「拾ったのよ。アンタと同じように」
「拾ったって…」
どうも納得出来ない。
カリンも最初は竜也と同じように、このシグルズを拾っただけで誰がなんのために作ったのかは不明だという。
けど理解はしてきた。
説明不足で穴だらけだったピースがひとつひとつずつ埋まっていくように、少しづつ…半ばやけくその部分もあるが分かり始めたようだ。
「でも仮説はあるわ」
「仮説?」
そんな竜也に対してカリンは指を立てて仮説を説い始めた。
あくまで仮説だが、聞く価値はあるようだと思った竜也はただ黙って耳を傾ける。
「信憑性はないけど…。このシグルズはドラゴンが襲来した時と同刻に出現するの。さっきも言ったけど、奴らは次元に穴を開けて異世界に侵入してくる。…それで私は思ったの。もし、穴が空いた次元の先が奴らが支配し終えて死の星となった惑星だとしたらシグルズがある。つまり…」
「…もっと昔に存在していた、とかか?」
「えぇ、そうよ」と言い、首を縦に振るカリン。
これまた信じ難い話だが、話の筋は通っているためなんとも言えない。
竜也はその次元の穴というものを見たことがないが、何が起きてもおかしくないこの世界だとそれの可能性も十分にあると思い、これ以上のことは何も言わなかった。
「まぁそんなことはどうでもいいわ。これがなかったらドラゴンに太刀打ちなんて出来ないから」
だが本人は気にしていないようだ。
気にならないといえば嘘になるが、今はそんなこと考えるよりいかにドラゴンをどう駆逐するのか、その考えの方が勝っているらしい。
竜也も同じだ。
別にドラゴンと戦うつもりは無いが、身を守る時や蓮を守る時など、避けられない戦いの場合どうやって対処するべきか悩んでるように見える。
「肝心なのは使い方よ。どうもこのシグルズ、使用者の精神力にシンクロして発動するらしいの」
「精神力?」
「えぇ。あるでしょ、危険だと思った時とか、怒りで我を忘れている時とか、そういう場合で自動的に発動するの」
「自動的に…」
自動的にという言葉を聞いて竜也はある事を思い出した。
そのある事とは、あの亀のような化け物に食われかけた時のことである。
確か死を覚悟していた時に任意に関わらず腕が勝手に機械のようなものに覆われた、ということを。
「だからあの時…」
「心当たりがあるようね」
「まぁな。…マジで死ぬかと思ったが」
忘れたくても忘れられない思い出。
それを思い出して竜也は思わず乾いた笑いを出す。
死と直面したあの出来事。
今となってはあの緊迫感や恐怖など脳裏にべっとりと染み付いている。
「それで私たちは思い付いたの。これが精神力とシンクロしているのなら、戦う直面になった時に任意でシグルズを纏うことが出来るのではと」
「その結果、出来たってわけか…」
コクリと頷くカリン。
それを他所に竜也は一瞬、休日の毎週朝からやっている某ヒーロー番組を思い浮かべた。
男の子なら誰もが憧れるであろうヒーロー、そして変身。
全部ひっくるめて言い換えてしまえばそれと同じようなもの。
悪役がそのドラゴンで、自分はヒーロー、そしてシグルズは身に纏うスーツか最後に搭乗するロボットというわけだ。
「だからリューヤ、悪いけどアンタにも戦ってもらうわよ。シグルズに選ばれた以上、仕方の無いことだから」
カリンは立ち上がり、真剣な表情で竜也を見つめると手を握り、共闘して欲しいと提案する。
竜也は戸惑った。
いつの間にか話が壮大になっていて、いつ命を落としてもおかしくない展開についていけなくなったことに。
しかしただ事ではない。
その世界が滅亡するという言葉に信憑性がないのだが、不思議とそれが起きてしまうことに信じてしまう。
「なるほど、よーくわかった。それで…これはどうやって外すんだ?」
「は?き、聞いてなかったの?一度着けてしまえば外せないって…」
少し考えたあと、今度はこのシグルズの外し方について教えて欲しいとカリンに訊ねた。
だが先程も言った通り、シグルズは一度着けてしまえば生涯を終えるまで外せない一蓮托生のような存在であるため、無理に外そうともしても抜けられない存在である。
けど竜也はそんなことどうでもいい。
何故なら、と言えば答えは単純だった。
「俺、一般人。その一般人に武器持たせてどうするんだよ。死にたくねぇし」
竜也は一般人である。
自衛隊の人間でなければ戦争に繰り出されたことのある経験を持つ人間でもない。
体は確かに出来上がっているが、それは剣道というスポーツをやっているだけであって特別な力があるとかそういう問題じゃない。
むしろ竜也は小動物の一匹すら殺したことがない人間だ。
仮に殺したとしても込み上げてくる罪悪感に耐えきれないだろうし、かと言って殺したいという気持ちで殺すというサイコパスのような性格もしていない。
言うなれば。
竜也はどこにでもいる一般人、それも高校三年生とはいえまだ学生、子供である。
「ちょ、ちょっとアンタ…。まさか戦わないなんて言うわけじゃ…」
「説明して欲しいとは言ったけど戦うなんて一言も言ってないぞ」
そんな竜也を見て絶句するカリン。
てっきり協力してくれるだろうと勘違いしていたようだが、はっきり言って竜也の言葉はご最もである。
確かに説明は要求した。
でも共に戦うなんてそんなこと言ってないし、仮に向こうから言われても拒否するだろう。
断ることに悪気はある。
だが単に戦う気なんてなければ死ぬつもりもない。
戦うなんて言うやつは正義感の強いやつか、ただ単に戦闘狂か、そのどちらかである。
故に竜也は断る。
誰だって死にたくないものだから。
「ふ、ふざけないでよ!!」
そんな竜也が気に食わないのか大声を荒らげ、テーブルを叩いて立ち上がるカリン。
その声に反応したのか、ここの施設の人間がわらわらと集まってくるがそんなのお構い無しに竜也を睨み付けたまま怒鳴る。
「アンタわかってんの!?このままだと世界が滅ぶのよ!?」
「とは言ってもだな、強制的に戦えと言われても無理なものは無理だ。むしろ仮に戦うことになってもお前の足でまといになるだろうし、それに訳の分からん状態で死ぬなんてごめんだ」
「っ…!!」
パァンッ!!
そんな乾いた音が響いた。
カリンは片手で竜也の頬を叩き、竜也はそれを受け、頬を赤くする。
それでも気は動かないようで、戦わないと言い張り、ただ黙り込んで反撃もしない。
「もう知らない…!!」
そんな竜也を見かねたカリンはズカズカと足早に部屋から出ていく。
出入口に集まってた人々はカリンが近付くとそそくさに元にいた位置に戻っていく。
「…初対面で殴るなんてな。これだから女は苦手だ」
そして一人残った竜也は座ったまま窓を眺め、空に浮かんでいる雲を見上げながら一人呟いた。
「蓮、お前ならなんて答える?」
唯一の親友である蓮ならなんて答えてるだろうか。
優斗程ではないが、親切である蓮なら答えは違ったのかもしれない。
だが竜也は違う。
あの時「死にたくないから」と言ったが、本当の理由は全く違う。
恐怖。
カリンが言っていたドラゴンという存在に恐怖をしていたからだ。
ドラゴンと戦う術はある。
だがそれは死と隣合わせであり、世界を救うという重大責任を背負うこととなる。
竜也はそんな覚悟を持っていない。
急にそんなこと言われても断る他なかったのだ。
そう、仕方ない。
こんなのは仕方ない、俺は巻き込まれただけだ。
竜也はただ一人そう思い込む。
誰もいなくなった部屋で、ただ一人。