ep.8 紫と煙
あらすじ
いろいろ検証した
クリスの背中を見送ると庭で偉そうに胸を張っている双子の元に行く。横にいるシモンも期待を隠し切れないとばかりに双子の講義を待っているようだ。
三時間ほど経っているので魔力がある程度回復しているように感じる。回復速度自体は劣化版の『魔力生成』でも同じはずなのでシモンと俺は大体同じくらい魔力があるはずだ。
二十四時間で普通の魔法使いが全回復すると仮定するならば、シモンは『魔力生成1/10』なので2.4時間で満タン、現時点で全回復していると推測できる。
「まず、魔力を感じて」
「感じたら体の中で動かす」
「いや……もっとこう、理論的に教えて欲しいんだけどね」
「魔法はかんかく」
「魔法はそうぞうりょく」
致命的に師匠に向いてねえな双子。
ともあれ『魔力生成3/10』を継承した際に感じた感覚は覚えているので動かすだけだ。お腹のあたりに感じるモヤモヤしたものを動かすそうとすると、割とあっさり動く。
お腹から胸、胸から腕へと魔力を移動させてみると案外スルスルと移動しているのが分かる。
「動いたぞ。今腕のあたりにいる」
「ええ?もうできたのかい?僕はまだお腹のあたりにいるよ」
「さすがカティの弟子」
「シモンは才能ないね」
がっくりと肩を落とすシモンだが、まだ諦めていないようで目をつぶって集中している。
「手のひらに魔力をあつめて」
「属性にへんかんしてだす」
「マジで教えるの下手だなお前ら」
「えっ……?」と本当に驚いたような顔をする双子だが、そもそも属性ってなんだよ。おそらくは双子の出身世界の魔法理論に基づいているのだと思うが、この世界で通用するのだろうか。
なんにせよやってみなければわからないので「なんか出ろ……!!」と念じてみる。
手のひらに集まっていた魔力がグググッと動いたかと思うと紫色の粒子が衝撃波のように噴出した。
「お、おお!?な、なんじゃこりゃ?」
「すごいよヒナタ君!やはり『魔力生成』があれば魔法使いになれるのか!」
何もない空間に噴出したので被害はなかったが、人がいたら立っていられないくらいの威力がありそうだ。
ふと双子を見てみると首をかしげて眉を寄せている。
「純魔力が粒子化してふきだした?」
「属性にへんかんしてないのに体外に出てくるなんてわけわかんない」
「これが魔法じゃないのか?」
「新人はへんだね」
「そんなことおしえた覚えはありません」
俺もカティにちゃんと教わった覚えはありません。
様々な世界の魔法を使える関係上、双子の知っている体系外の魔法を習得してしまったようだ。こうなってしまっては自分でこの魔法を極めていくしかないのか。
とりあえず粒子を出して衝撃波にする魔法はかっこよかったのでもう一度使ってみる。ブワッと風を巻き起こしながら粒子が拡散していく様は中々イカしている。
「魔力を水にするのだ」
「水にしたらこおらせるのだ」
試したけど出来ませんでした。自分たちの魔法を教えたくて不満げな二人だが、俺はもう自分の魔法に惚れてしまったのだ。
粒子を出して固めるとそれなりに強度のある塊ができたが魔力の消費が激しいようで、密度を上げると消費はどんどん上がっていく。推測になるが、この魔法は放出することは簡単だが維持することは難しいのではないだろうか。
収束させて少し射程を伸ばした衝撃波や一瞬だけ固めて盾にをつくったり剣のようにして振り回してみる。自由度は高いがどれも数秒以上維持しようとすると魔力をバカ食いする。銃弾のように小さな塊を飛ばしてみるが速度が思ったより出ないのと狙った場所に飛ばないので諦めた。
剣にして振り回すのはかっこいいが効率が悪いので、これもお蔵入りだ。
結局、戦闘で使えそうなのは手のひらから衝撃波を放つ魔法、射程を伸ばした衝撃波を飛ばす魔法、一瞬だけ盾を作る魔法の三つだけだ。
二十分ほど練習していると体内の魔力が空になってしまった。
「へんな魔法使うのやだ」
「でも魔力はすくないね」
「まあ、それでも満足かな。正直この魔法かっこいいし。『粒子魔法』と名付けるぞ!」
新たな俺の力、『粒子魔法』は役に立ってくれそうだ。
「むー」と不安げな二人は置いておくとして。
シモンの方をみると顔を真っ赤にして指先からチョロチョロと水を垂れ流している。かなり滑稽なので『おしっこ魔法』と名付けよう。
「う、ぎぎぎ……!ふう、魔力がなくなってしまったようだ。一応魔法も使えたし、あとは修行あるのみかな?」
「才能ないよ」
「シモンはあきらめて」
深いため息を吐くシモンは憧れの魔法を習得できずに落ち込んでしまったようだ。すまんな、オリジナルのかっこいい魔法習得してしまって。才能が違うのだよ才能が。
調子に乗っている自覚はあるが、ファンタジー要素の筆頭とも言える魔法を手に入れたのだ。テンションが上がらないわけがない。
忘れていたが魔力を使い果たしても特に体に異常はない。少し疲労感はあるが、集中していたからだろう。
「今日は疲れただろう?夕食の準備をして、食べたら寝てしまおうか」
シモンはそう言うとトボトボと玄関の中に入っていく。
それからは肉と大量の武具を持って帰ってきたエロイと、赤い実と山菜を抱えて「森の恵みに感謝するのです」と言うレイラから食材を受け取り、双子と一緒に調理する。といってもリンゴもどきを切って山菜と肉を煮て塩胡椒をかけるだけだが。
シモンは実験結果をまとめると言って部屋にこもり、食事ができたタイミングでテーブルに着いていた。ウルガンも仕事を終えてきたようで酒を革袋に入れて持っている。酒なんかあったのかこの村。
「今日は新人の歓迎会だからよ」
「そんなこと言って飲みたいだけでしょう野蛮人」
成人してからすぐにお酒を覚えた俺にとってはとんでもなく嬉しいことだ。毎週末に一人酒を楽しんでいた。さみしい奴とか言うな。
飯を食い、酒を飲んで騒いだ後、井戸から水を汲んで顔を洗う。借りた襤褸布で体を拭くがお風呂が恋しい。
空いている部屋に案内されていたが、どうにも落ち着かないので井戸に腰掛け夜空を見てみる。
知らない星座だ。
怒涛の異世界一日目だった。神々と戦えなんて言われたが案外楽しく過ごせそうでよかった。
「ふう……」
ふと、脱いだスーツのジャケットのポケットを見ると煙草とライターが入っている。
「これ、持ってこれてたのか」
親父が吸っていた銘柄と同じ煙草だ。頑固で自分勝手だが明るい親父で、苦手だったけど煙草を吸う姿だけは渋くてかっこよかった。
成人してから一人暮らしを始めたとき、親父にはバレたくないが真似して吸っていたんだ。
「こっちにも煙草ってあるのかな。まあ、体に悪いだけだから禁煙するか」
これを吸いきったらな、と往生際の悪い独り言を呟いて煙草に火をつける。
『賢者の宿』の賑やかで温かい食事は、このギルドに入りたいという気持ちを芽生えさせるには十分だった。
若者のお酒離れとかタバコ離れとかありますが主人公は体に悪いものが好きなダメ男です。
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