ep.5 リンゴ(もどき)
あらすじ
賢者の宿の住人達が個性的だった
拠点に入ると広間があり、シモンが大きなテーブルの席に着くとやや離れた場所に双子が並んで座る。テーブルとイスの他には何もない殺風景な場所だが、ウルガンの仕事は丁寧なようでとても綺麗に木目が並んでいる。
なんとなくシモンの正面に座ると、いかにもワクワクが止まらないといった風にシモンが口を開く。
「さて、何から話そうかな? 今はお昼だし、時間はたっぷりとあるよ。ああそうだ、ミティとカティは水と赤い実を持ってきてくれないかな? お客様に何も出さないのは礼を失するからね」
「めんどい」
「でも果物たべたい」
トテテ、と手をつないで廊下に走っていく二人は絶対に16歳ではないと思う。
「さあ、ヒナタ君。知りたいことがたくさんあるだろう?何から聞きたいかな?それとも『スキル継承』の検証から始めようか」
「うーん、そうだなぁ」
何から聞いていいかわからない。何せ此処へ来てまだ一時間も経っていないのだ。
人が割と多くいることが分かったし、村全体のことでも聞くことにする。
「まずはこの村について教えてくれよ。何人いるのか、どうやって生活しているのかとかね」
「いいとも。この村の人口はヒナタ君でちょうど250人。大半は『赤槍の獅子』か『騎士団』に所属しているけれど、どこにも属さずに生活している人やこの世界の過酷さに耐えられず腐っている人もいるね」
想像よりも人口は多かった。しかも『赤槍の獅子』と『騎士団』が二大勢力ならば、同じくギルドを名乗る『賢者の宿』が総勢6名というのはパワーバランスがおかしくなってしまう。
「僕らが第三勢力ではおかしいと感じるだろう? いろいろと理由があるのさ。僕が最初の使徒の1人だということは聞いたとおりだけど、『賢者の宿』には二人の最初の使徒がいるのさ」
「んん?さっき紹介してくれた人たちの中にもう一人いたのか?」
「そうだよ。エロイ君が最初の使徒の1人で、副ギルド長さ。分かっていると思うけど僕がギルド長だよ」
空気が読めないギルド長にエロい副ギルド長。大丈夫かこのギルドは。
「他の使徒は『赤槍の獅子』で頭領と呼ばれているライオネル君だけど、彼は大けがを負ってしまって療養中。ヴコールは彼に次ぐ実力者だから大きな顔をしているのさ。さらに『騎士団』の初代団長ガウェイン君が最初の使徒だったんだけど、死んでしまって今はディアナ君が二代目だ」
二大勢力の創設者がボロボロな件について。大きな勢力の頭を張っていたということはそれなりに強かったのだろう。それなのに軒並みズタボロなのはこの世界、もしかしてハードモード?
ここで疑問が一つ。そんな危険な環境では協力して生き残るのが最善なはずだ。それなのに対立しているということは、
「その2人は仲が悪かったのか?」
「よくわかったね。ここに来る前は真面目な騎士で悪人を即殺するガウェイン君、略奪強姦何でもござれな傭兵団を率いて戦場を渡り歩いていたライオネル君。仲が良いはずもなくて元々はみんなで協力していたのに人が増えるとともに派閥を作り、しまいには別の組織になってしまったんだ」
何とも対照的な二人である。
「あちゃあ、あの女神様は人間には相性があるって知らなかったのかよ」
「あの冷たい女神様がそこまで考えてくれているとは思えないよねぇ。実力は間違いなく最高の二人だったから人選自体は間違っていないんだけど」
「もってきた」
「後輩、たべるか?」
木のコップと赤い果実を持ってきた双子がよいしょ、とテーブルにおいて席に着く。
妹のカティに差し出されたそれはリンゴを平べったくしたような見た目をしていてシャクッ、と食べると、
「リンゴだなこれ」
「君の世界ではリンゴというのかい? ここへ来た人の殆どが似た果物を知っていて、それぞれが知っている名前で呼ぶから単純に『赤い実』と呼んでいるんだけど」
間違いない。リンゴだこれ。
形はともかく、少し酸っぱいが知っている味を食べることができてほっとする。ゲテモノが主食だったりしたら泣いていたかもしれない。
「種があるけど、食べたらいけないよ? 体の中で発芽して死んでしまうからね」
「ブフォッ!? なんてもんを食わせるんだよ!」
「仕方ないじゃないか。そればっかりたくさんあるから飢えないんだし」
想像の上をいくゲテモノで泣いてしまいそうだ。木が生えていないのにどこからこんなものを採ってきているのだろうか。
「話を戻そうか。古参の使徒が二人もいる『賢者の宿』は二つのギルドから中立を保っていて、仲間として付き合っている。ヴコールとアラリコくんが仕切りだしてからはギクシャクとしているけどね。さらに、片方に肩入れしては困るようなスキルを持った人物はウチに入ってもらうようにしてきたんだ」
シモンの紙やウルガンの木工技術は片方が持っていては取り合いになる。それを避けるために必要最低限の技術者やスキル持ちは対立から隔離しているという事か。
もしも『スキル継承』が有用だったら俺は『賢者の宿』に加入するべきではないだろうか。
「さて、ここでの生活についても聞きたいんだったね。女神の領域はあまり広くはないけれど250人が暮らしていくには十分な土地がある。井戸を掘れば水は出るけど見ての通り荒野だ」
「そういえば、どこで赤い実を採ってくるのか気なってたんだ」
「それはこの領域の外だよ」
「外? 他の神の眷属ってやつがいて危険なんだろ?」
そう、他の神の眷属を倒して命数を得るが危険が伴うのがここでの生き方だと聞いている。そんな危険地帯のどこにリンゴが生っているというのだろうか。
シモンは赤い実を手に取り一口齧ると説明を始めた。
「この領域の外は全方位が他の神の領域に囲まれているんだ。この果実は南の樹海から採って来たものだよ。トレントと呼んでいる歩く木の化け物を避けながらね。ちなみに北には大きな山脈があって、滅多に荒野には来ないけどドラゴンの縄張りがある。西には魔獣が、東にはスケルトンと呼んでいる骸骨の兵士がいて、それぞれ何かしらの神の眷属なんだ」
「詰んでませんかこの村」
「いやいや、女神様の加護でなかなか近寄ってこないから安心さ」
安心さ、などと言われても安心できないだろこんなの。
トレントにドラゴンに魔獣にスケルトン?
そんなのに包囲されたこの村が2年半も存続しているのが不思議でならない。
「南で木材や果実を手に入れるだけじゃなくて、西の魔獣を倒せば肉と皮が、東のスケルトンは錆びだらけの武器や防具、襤褸布なんかも持っているから物資を調達するのにも命がけさ。手に入れた木材はウルガン君が、錆びだらけの武器防具はエロイ君が加工して対価を得ているのさ」
「そうだとしても物資が限られすぎているだろ? 塩とかどうするんだ?」
塩分は動物にとってなくてはならない成分の一つだ。塩分不足は体中に異常が出てしまう。それに戦闘を行う以上、汗をかくのでより多くの塩が必要なはずだ。
「北の山脈に行けば岩塩が転がっていて、ドラゴンがよく舐めに来るから取りに行くのも命がけだったんだけどね。今はミティが『塩生成』のスキルを持っていて命数1で一握り程度の塩を生成できるんだよ」
「えっへん」
「すばらしき姉のふろうしょとく」
何も存在しない胸を張るミティに無表情で拍手を送るカティ。
ニート気質を感じる双子に持たせてはいけない便利能力である。
「カティも『胡椒生成』のスキルを持っているから食事が楽しみになったよ」
「びしょくに命をおしんではいけない」
「妹は姉のほこり」
無表情でキメ顔をするという何とも言えない技を見せるカティの頭をミティが撫でる。
胡椒はともかく、塩というのは戦略物資だ。『賢者の宿』は生活に必要な要素を握っているといっても過言ではないだろう。
「そうそう、ヒナタ君の世界には魔法使いはいたかい? 僕はこの世界にきて初めて魔法を見たんだけど、とっても興味深いものだよ」
「いや、物語の中以外では存在しなかったよ」
「じゃあ、魔法についても説明しとこうか。使徒は異なる世界から送り込まれてくるから魔法使いは魔法に関する知識や技術体系がバラバラなんだ。大気中に魔力があるとか、体内にあるとか。術式が必要だとか精霊に力を借りるだとかね」
魔法、魔力といった不思議パワーの定義が世界毎に異なるというのは想像もつかなかった。まさに異世界という事だろう。
「だったら結局魔法ってどうやって使うんだよ? そのままバラバラに使っているのか?」
「いいや、魔法に必要な魔力とかいうエネルギーの定義さえバラバラな彼らは今まで通りの魔法を使うことができなかった。僕の出身世界に魔力が存在しなかったようにこの世界にも存在していなくてね」
そこで目を輝かせてシモンは双子を見るとミティは水の塊を、カティは氷の塊をそれぞれ掌の上に浮かべていた。
「元の世界で魔法使いだった使徒は女神によって全く同じ、『魔力生成』というスキルを与えられるんだ」
「なんか使いづらい」
「ムズムズする」
無表情だが目線で不快感を訴えてくる双子だが、俺にどうしろと。
「このスキルは常に魔力を生成していて溜めることができる。その貯蔵量は一定なんだけどね。元の世界で魔法使いだった人しか持っていないスキル。
……さあ、僕の言いたいことが分かったかな?
そう!!ヒナタ君の『スキル継承』を使って僕も魔法を使ってみたいんだ!!」
感極まったのか椅子の上に立ち拳を掲げ、双子は「おー」と言いながら拍手をする。
スタッ! とイスから降りたシモンは玄関に向かいながらキラキラとした目をして振り返る。
「ヒナタ君の『スキル継承』の検証もかねて早く使ってみよう!ミティとカティも協力してくれるかい?」
「ミティたちにまかせとけ」
「魔法ってやつをおしえてやんよ」
急に偉そうな……急でもなく元々偉そうだった双子がむふーと気合を入れている。
「ヒナタ君も早く立って!命数は僕のおごりだー!」
双子を引き連れて庭に出ていくシモンを追いかけるために席を立つ。ここに来てから落ち着く暇もない。
「テンション高すぎだろ……。わかるけどさ」
だって憧れの魔法だ。シモンが使うついでに俺も使ってみたいと思いを馳せながら玄関に手をかけた。
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