ep.1 契約と使徒
あらすじ
神様と契約した。
指先が熱い。
焦って深く噛んだ傷口から血が流れ落ちている。素っ裸だったはずだが、いつものスーツを着ていてほっとする。裸で異世界行きなんてごめんだ。
周りを見渡してみると石造りの神殿のような場所で、俺は指先を眺めて立っていたようだ。目の前には眼鏡をかけた男がこちらを見ている。
「新しい契約者だね。言葉は通じるかい?」
「……はい。ここが異世界、ですか?」
「そうだよ。僕は先にここへ来た契約者のシモンだ。よろしく頼むよ」
「俺は霧島日向です。ヒナタと呼んでください」
彫りが深く色素の薄い見た目で白人のようだが、地球人なのだろうか。服装は割としっかりとした造りで学者のような見た目をしている。
俺よりも先にここへ来た、ということはあの女神様の下僕(?)はどうやら俺だけではないようだ。
「シモンさんはヨーロッパの方ですか?」
「……すまない。ヒナタ君の出身世界の地名などは聞き取れないよ。僕は――――という国で徴税官をしていた者でね。聞き取れるかい?」
「……国の名前は分かりませんでした。徴税官というのは、分かります」
悪代官みたいなイメージだけど。
言葉は一部聞き取れないが、翻訳されて聞こえている。
「そうかい! いや、良かったよ。税制すら知らない未開人も時々だがここへ来るからね。文盲の彼らは女神と口頭で契約するそうだよ。君は少なくとも自分の名前は書けるようだね」
そう言うとシモンは俺の指先を見ながら嬉しそうに近寄ってくる。
「見れば衣服も随分と良い仕立てをしている。きっとわが祖国――――のように発展した素晴らしい国家から来たのだろうね」
「本当に国の名前が聞き取れないんですね。シモンさんは知識階級のエリートだったんですか?」
「知識階級! エリートは分からないが、素晴らしい。君の世界の言葉かな? 実に僕好みの言葉だ。そう、僕は出身世界では様々な分野の学者に師事する学徒でね。主に医学や経済について学び、ゆくゆくは国家に貢献するはずだったんだ」
お勉強大好きマンなのか。勉強嫌いの自分とはあまり関わってこなかった人種だが、話し方は丁寧だし良い人のように感じる。
それに聞きたいことについてもある程度聞くことができた。ここに召喚された人物は俺以外にも複数人いて、それぞれ別の世界から召喚されているようだ。
するとシモンが話すのをやめ、後ろを振り返ると数人がこちらへと歩いてくる。
大柄でプロレスラーのような体格の大男だ。
「シモンよ。新たなる神の使徒を引き渡してもらおう」
「……ヴコール。何度も警告しているけれど、使徒の自由を奪うような真似はやめたまえ。それに、君たちの野蛮な傭兵団のようなギルドに彼はもったいないよ」
大柄で大剣を背負ったスキンヘッド――――ヴコールは尊大な態度で近づいてくるが、俺とヴコールの間を立ちふさがるようにシモンが前に出た。よく見ると膝が笑っているので相当恐ろしい人物らしい。
「そやつが我が兵団に入るかどうかは今から俺が決めさせることだ。屁理屈を捏ねることしかできぬ臆病者は下がるがよい」
「――――勝手なことを言うのはそこまでにしてもらおう」
ヴコールの巨体に隠れていたようで、後ろから女性の声が聞こえた。
姿を現したのは所々を金属で補強してある革鎧を身に着けた、気の強そうな黒髪ベリーショートの女性だった。歳は20代半ばで、なぜか腹部が鎧に覆われておらず白いお腹が丸出しだ。内臓を守る気がないのだろうか。眼福である。
「貴様の強引な手法を認められない。新たなる使徒はギルド同士の会合で処遇を決める」
勝気な目つきでヴコールとシモンの間に歩いてきた女性は、俺に一瞥をくれると双方を牽制するように立つ。
日本では見ることのできないような美人であり、鋭い表情は歴戦の兵士を彷彿とさせる。
「ふん、馬鹿げたことを。戦力は己の手でかき集めるものだ」
「ヴコール。君の価値観はとても先進的とは言えないね。強制的に徴用した民を戦わせて良いことなど一つもない。我が国の進んだ価値観や文化に合わせるべき……ヒィッ!?」
ヴコールは無言で引き抜いた大剣を神殿の石畳に突き立ててシモンを睨みつける。
あれだけ馬鹿にされたような言い方をしては煽っているようなものだ。きっとシモンには悪気はなく事実を述べているつもりなのだろうが。
女性は呆れたような表情になり、ヴコールの前に立ち塞がる。
「新たなる使徒は未だ祝福を確認していない。彼が授かる祝福を見てからでも遅くはないだろう」
「……いいだろう。貴様、名は?」
「……ヒナタです」
名前を聞くとヴコールは大剣を背負いなおして神殿を出ていく。
おっかない人物だがこちらに絡んでこないところを見ると誰彼構わず噛みつく性格ではないと感じる。
俺は何とも複雑そうな人間関係を目の当たりにし、行く先が不安になった。
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