ep.12 呪神の髑髏
「セシリオ!」
崩れ落ちるスケルトンと仰向けに倒れるセシリオ。血を吐いていて助かる見込みはないように見える。
「グブッ……ヒ、ヒナタさん。敵は、まだ来ます」
「そんなこと言ってる場合か!おい、腕出せよ、担いでいくから」
「……僕は助かりませんよ。め、命数は100以上ありますから、平気です」
唇が青くなってきた。肋骨の隙間から内臓を抉っている刀で出血は少なく見えるが体内で大量の血が流れているのだろう。
笑みを浮かべて逃走を促すセシリオ。置いて逃げられるかよ。
「弟子。セシリオはふっかつするよ?」
「そんなこと言ったって……」
どこか、ゲームやアニメの世界のようだと思っていた自分がいた。しかし目の前で今にも死にそうになっている様を見ていると如何に自分が現実を軽視していたかを痛感する。
煮え切らない俺に業を煮やしたのか、セシリオが未だに体に突き立っている刀を自らの手で引き抜く。
「ぐぅ……あがぁ! ……ヒナタさん、これを持って逃げてください」
「バカか!? そんなことして痛くないのかよ!」
「い、痛いに決まっているでしょ……。スキルのせいで、すぐには死ねませんが、先に神殿で待ってます。……ほら、来ましたよ」
息も絶え絶えに差し出されたセシリオの血で濡れている刀を受け取る。振り返ると数体のスケルトンがこちらに向かってきていた。
異世界に来たからと、特別な力を手に入れたからと調子に乗っていた自分が恥ずかしくて。
強い敵を恐れ、セシリオが傷ついてから今更に悔いる自分に苛立って。
気が付けば刀の柄を握りしめ、スケルトンに向かって駆け出していた。
「ああああクソがぁっ!てめぇらがいるから!」
初太刀。袈裟切りにスケルトンの肩から肋骨を断つ。
刃を反して二振り、後ろから迫るスケルトンの武器を持った腕を切り飛ばし頭蓋に切先を突き入れる。
横から槍を突き出され、避けると同時に柄を掴んで引き込み体勢が崩れたところを延髄に物打を叩き込む。
周囲に散らばる骨片と、刀身に着いていた血が混ざった惨状を見て心を落ち着かせる。八つ当たりのように戦ったが、心の中で渦巻く激情は消えはしない。
数瞬の内に三体のスケルトンを切り捨てた俺は荒い息を吐きながら振り返ると、セシリオに向かって感情のままに叫んだ。
「セシリオォ! 先に帰って待ってろ! ……目の前で死にやがって、酒でも奢れよバカ野郎!」
「ハ、ハハ……」と笑ったセシリオは目を瞑り荒い息を繰り返すだけになった。傍でセシリオの武器を持って帰り支度をしているカティは肝が太すぎる。見習いたいもんだな。
「これもってく。ふっかつして、なかったらこまるよね」
「そうだな。俺もこの刀と、そうだな……陣笠も持っていくか」
最低限の荷物は持った。遺品は後で返すとして、スケルトンを切り飛ばしても刃こぼれ一つしない刀と中々センスの良い陣笠が手に入った。木剣とは天と地の差である。
「ねぇ弟子、かえりみちわかる?」
「……おいセシリオ! しっかりしろよテメェ、帰りはどっちだ!?」
へんじがない、ただの屍のようだ。いや、かろうじて息はあるが。
しかし困った。深い霧に覆われた此処では方角すらわかりゃしない。
「……歩くか」
「……うん」
当てもなく歩き出す。不安しかないが、最悪死んでも命数は潤沢なので復活は可能。死という絶望を味わいたいかと聞かれれば否であるが。
湿地を延々と歩き、時折スケルトンを切り、カティが魔法で粉砕する。
20分も歩いただろうか、ひと際大きな泥沼を見つけ落胆した。ここへ来る途中には見なかった場所だ。
「こりゃ方向間違えてるよな?」
「おなかすいた」
成立しない会話も今は気にならない。脳内物質ドバドバだった状態から無言で歩くことで頭も冷えている。冷静になってみればセシリオが地図などを持っていたかもしれない。
泥沼の淵で座り込んで考え込むが、全く帰還の手掛かりはない。セシリオが復活し、助けが来るまで待った方が良いのだろうか。
だとすれば苦しまずに死ねるように介錯をするべきだった。いや、流石に人殺しは無理だわ。
「よくすわれるね。どろまみれ」
「もう気になんねぇよこんなの」
無為なやり取りだけが不安を紛らわせてくれる。これ以上ここにいても仕方がないと立ち上がった時、その声が聞こえた。
『其処の穢れし肉を持つ者よ。我輩の声を聞くが良い』
「……?なんか言ったか?」
「ううん」
地の底から聞こえるような低い声と、カタカタと硬いものを打ち合わせるような音が聞こえる。
周りを見渡してもスケルトンらしき影は見当たらない。
『此方である、穢れし肉よ』
声の聞こえる方へ目を向けると、泥沼の中央に黄金色の髑髏がプカプカと浮かんでいる。
『此方来い、穢れし肉よ。醜悪なる肉を脱ぎ捨て、純白なる屍人としてやろう』
「何言ってんだ、このガイコツ。誰なんだよ、テメェは」
『我輩は死霊術の祖にして、冥界の神と成りし呪神『バヌガレオス』である』
神、と言ったか、コイツは。ならば、セシリオが死ぬのも俺たちがディアナとはぐれて彷徨っているのもコイツの仕業なのか。
「そこらをうろついている骨どもはアンタの手下なのか」
『否。我が冥界に接触する際に歪み、我輩の呪力を用いて発生する骸骨兵である』
「んん? それじゃあ、あんたは何をしているんだ」
『何も出来ぬ。歪みに引きずられ呪力の大半を失った。今は口をきくしゃれこうべである』
「かみさまなのにばか?」
恐れを知らないカティは純粋に馬鹿にしている。
なんとなくだが話が見えてきたので俺の解釈で聞いてみる。
「あんたは別世界の神様で、この世界から元の世界の冥界とやらに干渉しようとしたら亡者たちに力を奪われたってことでいいか?」
『是。忌々しき天上の神共に別次元へと追放されたのだ』
「やっぱバカだろ、アンタ」
何はともあれこの沼地の骸骨がコイツのせいで生み出されているということが分かれば十分だ。
ズッ、と沈み込む足を前に出しながら泥を掻き分けてバヌガレオスに近づく。まるで底なし沼のように体が沈んでいくのが分かるが、再燃した怒りを糧に突き進む。
『我輩の配下となるか?』
「なるわけねぇだろんなもん。……もう頭しか出てねぇよ。お揃いだなぁ、神様」
ニヤニヤとしながら黄金の髑髏を引っ掴む。
『軽々しく触れるな穢れし肉よ』
「その穢れし肉ってのは何なんだよ。どうでもいいけどな、お前今から捕虜だし」
『何を言う? 不敬であるぞ』
「何も出来やしないんだろ? 持って帰って骸骨共のことについて色々聞かせてもらおうか、神様よぉ」
『やめるのだ。止まれ、醜悪なる肉よ!』
ごちゃごちゃと煩いガイコツである。お前は拷問してキリキリ情報を吐くんだよ。骨に対する拷問なんか知らんがな。
泥沼に向かって『粒子波』を放つ。まき散る泥を被っていい気分ではないが、首まで泥に埋まっているので脱出するにはこれしかない。
何とかカティの元まで辿り着き、泥を払う。その際に地面に置いたバヌガレオスにかかるが知ったことではない。
金色の頭蓋骨を見てカティが一言。
「しゅみわるいね」
「せやな」
『不敬であるぞ』
「カティ、ロープ貸してくれ。コイツ縛る」
「あたまだけなのに?」
どんな不思議パワーで逃げてもおかしくないだろこんなやつ。
とりあえず両目の部分にロープを通し、泥だらけのスーツのベルトにぶら下げる。なかなかロックなファッションになってしまった。
「さあ、とりあえずはこの沼地を抜ける方角から教えてもらおうかな?」
『屈辱である。醜悪なる肉に呪いあれ』
呪いの神はお前だろうが。
マスコットゲットだぜ!
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