ep.10 一般人が持ち得る経験
あらすじ
下手なセールストークで客寄せに成功した。
家の中に下品な笑い声が響き渡る。
「ギャハハハハハハハハハwwwwwwwwww!!」
そう、俺である。
なんせたった三時間余りで大儲け、左団扇だ。笑いが止まらんぜよ。
セシリオが『聖闘気』を発動させ、本当にスキルが手に入るのだと知った『騎士団』の人々は寄ってたかって『スキル継承』の恩恵に預かろうとした。
その結果がこちら。
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名前:霧島 日向
年齢:21歳
命数:574
スキル:
『高速思考』『スキル継承』『魔力生成3/10』『塩生成5/10』
『握力強化7/10』『持久力強化5/10』『飢餓耐性2/10』
高速思考:集中力に応じて体感時間を極端に長くすることができる。
スキル継承:両者の合意の元でスキルを継承させることができる。命数:10
魔力生成3/10:常時魔力を生成し、一定量を貯蔵する。貯蔵量は本来の能力の10分の3。
塩生成5/10:命数と引き換えに塩を生成する。命数2。
握力強化7/10:握力を強化する。効果は本来の10分の7。
持久力強化5/10:持久力を強化する。効果は本来の10分の5。
飢餓耐性2/10:身体の維持に必要な栄養の消費を抑える。効果は本来の10分の2。
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もともと保有していた命数は、一日経過して減った分と双子からお礼に貰った分を合わせて319。つまり純利益は命数255。ぼろ儲けである。
更に、自らの生命線であるスキルを交換条件に命数20で継承を使おうとしてきた人が3人いたので新たに三つのスキルを手に入れることができた。
中でも『握力強化は7/10』はとても分かりやすく、今ならリンゴもどきを握り潰せそうだ。
心底愉快な俺が高笑いしていると、少し呆れたようなディアナが口を出す。
「派手に儲けたな、ヒナタ。客もたった15人程だったろう? いったいどれだけ稼ごうというんだ」
「需要がある限り商売させていただきますよ。ウケケケ、一人一回継承するだけでこの村一番の命数持ちになれるかも知れないなんて夢みたいだ」
「命数30なんて大きな買い物なのに、いとも容易く人を集めるのだからヒナタ君は口が上手いんだねぇ」
そんなことを言うシモンもスキルを確かめる為の紙を売りつけて回り、ホクホク顔である。
「しかし今後はこう上手くは行かんだろうな。自分のスキルを真似されては自分の仕事が減ることにつながるのだから」
「そうだね。最後の方には継承元の人が命数を要求していたし、使用料以上に命数がかかるとなると流石に尻込みするよ」
「それは確かに。でもこれだけ稼げたら当分は安心だけどな」
命数は文字通り命の日数なのだから当然である。これからは継承権の売買が行われ、スキルに値段をつけるようになるだろう。
「まあ、ヒナタ君が稼ぐ方法を見つけられたのならよかったよ。それじゃあ僕はそろそろ女神像に行かなくちゃ。紙が欲しくて待っている野蛮人が怖いからね」
「世話してくれてありがとな、シモン」
「なに、いいってことさ」
シモンは席を立って帰っていくが、隣でボーっとしているカティは動こうとしない。
「カティは帰らなくていいのか?」
「ひまつぶ……弟子のことがしんぱい」
「暇なのかよ」
自由人のカティはこのまま居座るつもりのようだ。
ディアナは苦笑すると赤い実をカティに手渡す。両手で赤い実を持ってかじりつく様は小動物のようだ。
ふと立ち上がったディアナが部屋の隅にあった木の棒を持って片方を俺に投げ渡す。
「ヒナタにはこれから『騎士団』の生活を体験してもらおう。まずは、稽古でもしてみるか」
「稽古ですか。相手はディアナさんですか?」
「それでもいいが、体を動かしたくて仕方がない奴がいてな」
誰だそれ? と首をかしげているとディアナの家のドアが勢いよく開く。
「団長!今日は討伐に向かわないのですか!?」
セシリオ君だった。確かに、手に入れたばかりのスキルを試したくて仕方がないのだろう。
「向かうさ、ヒナタの見学もかねてな。その前にヒナタの実力も見たい。稽古の相手になってくれるか?」
「もちろんです!ヒナタさん、先ほどはありがとうございました。早速稽古しましょう!」
いつの間にか実践行きが決まっていた。どうしよう、ちょっとセシリオと稽古したくらいでファンタジー生物と殴り合えるのだろうか?
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ディアナの『騎士団』体験プランを無下にする訳にも行かないので拠点から離れた広場に歩いていく。
セシリオは木の盾とやや短めの木剣を持って軽く体を動かしているようだ。
カティ?あのロリなら気合が入って暑苦しいセシリオを見た途端に居眠りを始めた。体育会系が心底苦手なようだ。
「怪我をしても多少なら『賢者の宿』のエルフが治してくれるぞ。安心して打ち合ってくれ」
「あの人そんなことできたのか……」
勝手にダメエルフの烙印を押していたから驚きだ。
レイラのイメージを修正しながらディアナの家から持ってきた木の棒を取り出す。
「得物は木剣だけでいいのか?初心者には片手剣か片手槍と盾がおすすめなんだが」
「少しだけ剣を習ったことがあるので、これで」
実は俺は剣道経験者である。段位は二段。小学校から中学校卒業まで稽古漬けの剣道少年だったのである。
六年ぶりに木刀(木剣だが)を握り、素振りをしてみると、意外と体が動きを覚えているようだ。
とはいえ実践的な剣術を使うであろうセシリオにどこまで通用するか分からない。なまり切った体には『握力強化7/10』と『持久力強化5/10』が頼りだ。
「そうなんですね!異世界の剣術、とても興味深いです!」
「いや、期待しないでくれよ、ホント」
なんと、稽古とは実戦形式の手合わせだったようでセシリオはやる気満々だ。
六年間ろくすっぽ運動していない俺には不安しかない。中二の頃に市内の大会でベスト8だった実力を発揮しなければ。微妙すぎるのは俺も分かっている。
「では、行きます!」
「お手柔らかに」
セシリオは盾を前に出し、半身になって体を隠す。右手に持った片手剣型の木剣は油断なく構えられていて隙が見当たらない。
とりあえず剣道の基本の中段に構えてみるが、どうにもしっくりこない。というより、盾であっさり抑えられそうで怖い。
そんなことを考えているうちにじりじりと間合いを詰めてくる。
間合いを見計らって俺は大上段に木剣を構えなおし、久しぶりの気合を発する。
「ィャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛―――――――!!!!」
セシリオは、ビクッ!? と完全に意表を突かれたのか固まってしまう。そうだよね、普通ビビるよねこんなん。
とはいえ好機なので思い切り踏み込んで盾に振り下ろす。
「――ッウォラァッ!!」
道場で一番声がデカいと褒められた俺である。機先を制するのは得意だ。
セシリオは驚愕に身を固めながらも盾でしっかりと木剣を受け止め、そのまま片手剣で反撃してくる。
軌道は俺の左肩から袈裟切り。冷静に木剣の持ち手を反し、剣先を斜め下に向ける形で防御する。
「ハァッ!!」
セシリオは片手剣が防がれたとみるや盾を突き出して弾き飛ばそうとする。――――が、見えているんだよなぁ。
「そこだァッ!」
半身になって盾を躱し、木剣で打ち込む間がないので前蹴り――――単純なヤクザキックを浴びせる。
蹴られた衝撃を殺すためかゴロゴロと転がるように間合いを取ったセシリオは素早く立ち上がり、片手剣と盾を構えなおす。
「……想像以上です、ヒナタさん。まさかこんなに戦えるなんて」
「なんというか、剣筋が良く見えるんだよね。スキルの影響なんだろうけど」
そう、使い方の良く分からなかったスキル『高速思考』によってセシリオの動きが遅く見えるのだと思う。体感で0.7倍速くらい。なんとなくだけど。
「それに、セシリオは剣を持って日が浅いんじゃないか?」
「バレましたか。そうです、この世界に来てから初めて剣をとりました。しかし、簡単に負けてやるわけにはいかない!」
そう叫んで武器を構えたまま突撃してくる。真正面から受け止めると怪我をするだろう。
盾に木剣を打ち込みながらセシリオの片手剣とは逆、俺から見て右に避ける。これなら剣はすぐには届かない。
こんなに冷静に判断できるのは『高速思考』のおかげだな、などと気が緩んでいるとセシリオの動きが変わる。
「ここだっ!『聖闘気』!!」
「う、ぉおおおっ!?」
白銀のオーラが立ち昇り、先ほどとは一線を画す勢いで片手剣を打ち込んでくる。木剣を合わせて防ごうにも膂力が違いすぎて押し切られてしまいそうだ。仕事しろよ『握力強化7/10』。
「あ、だぁ!?」
必死になって猛攻を防いでいると盾で木剣を弾かれた後に片手剣を地面に擦るような軌道の切り上げを右腕に受けてしまう。『聖闘気』の強化によるものか寸前で避けようと位置をずらしていたのにも関わらずめちゃくちゃ痛い。折れてないよな?
痛みに呻いた俺に隙を見たのかもう一度盾で殴り掛かってくるが、大きく後方へ飛ぶことで回避する。
追って来ようとしているが肩で息をしているので一瞬の猛攻で相当体力を使ったのだろう。かくいう俺も肺が痛いくらいに息が上がっている。元々の体力がなさ過ぎたのか、『持久力強化5/10』は効果が低いようだ。
「こ、れ、でぇええ!」
二度目の突撃である。『聖闘気』を発動している為かさっきよりも速い。
しかし同じ手を何度も食らうほど俺もバカじゃない。奥の手にとっておいた魔法で迎撃する。
「出ろッ、『粒子波』!!」
粒子魔法の衝撃波なので粒子波。安直なネーミングだがあと二歩の間合いに入っていたセシリオを吹き飛ばすには十分だったようで、盾を投げ出し5メートルほど先に転がって「グゥ……!」とうめき声を上げる。
「や、やりすぎちまったか?」
想像以上の威力で焦ってしまう。いきなり人相手に使うなんて考えなしの行動だったと反省する。
「『聖闘気』を使っていたし奴は頑丈だから平気さ。それにしても、動きはぎこちないが強いじゃないか」
「それはスキルのおかげだ。素の力じゃすぐに負けていた」
「十分だろう。セシリオだって『聖闘気』を使っていたのだから」
確かに『聖闘気』を使ってからのセシリオは一段階や二段階強くなっていると感じた。こちらは『高速思考』と、劣化したとはいえ『握力強化7/10』に『持久力強化5/10』を使っても勝てなかったのだ。
奇襲的に隠していた魔法で勝利を掴んだが、ここにきてから剣の修行を始めたセシリオは、成長率を含めてとても強いと思う。
埃まみれのセシリオが体を叩いて立ち上がる。その顔は晴れ晴れとしていて怪我も無いようで良かった。
「参りました、ヒナタさん。異世界の剣術に魔法まで使えるなんてとんでもないですね」
「セシリオこそ。単純な剣の戦いならセシリオの方が強い」
事実である。なまり切った体が何とか動いたのは直前に手に入れた身体を強化するスキルと『高速思考』のおかげなのだから。
「まさか。ヒナタさんの剣は凄まじかったですよ」
「いやいや……。ところで、セシリオはどんなスキルを持っているんだ?稽古中に使っている感じはしなかったけど」
「僕のスキルは『生命力強化』と『自己再生』ですよ。多少の傷はすぐに治ってしまうんです」
まさかの不死身キャラ。膂力を強化するようなスキルもないのにあんなに動けるのは若さか。俺もまだ若いのに。
「なんにせよ、ヒナタが戦えることが分かって重畳だ。今すぐ討伐に出ても問題ないな」
「はい、活躍してくれると思います!」
「えっ、今すぐ?」
やる気に溢れる二人は「装備を取りに行ってくる」と言い残し拠点に帰っていく。脳筋族め。
今日はもう運動したくないなぁ、と広場に寝転がり、仰ぐ空は綺麗な藍色をしていた。
主人公は一般人が持っていてもおかしくない程度の剣道の実力です。
読んでいただきありがとうございます!
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