ep.9 「――――力が欲しいか?」
あらすじ
魔法使いデビューした
翌朝。
異世界生活二日目の目覚めは良くなかった。というのも、現代人としては辛い簡素なベッドに毛皮数枚をかけただけの寝床だったからだ。夜になっても過ごしやすい気温だったから良かったものの、冬になったらどうするのだろうか。この世界に四季があるかはわからないけども。
ジャケットを羽織って広間に向かう。異世界に来てまでスーツ姿になるのは違和感があるが、服はこれしか持っていないので仕方がない。
広間ではシモンと双子がリンゴもどきをかじっていた。
「おはよう。赤い実を一つ貰ってもいいか?」
「いいとも。それと、昨日は一日実験に付き合ってくれて感謝するよ。それを食べたら『騎士団』の拠点まで案内しようと思うんだけど」
「カティもいく」
「ミティはねてる」
寝ぼけ眼のカティも付いてくるらしい。特に何も教わっていないが師匠として世話を焼きたいのだろうか?
ミティはリンゴもどきを食べ終わるとそそくさと部屋に戻ってしまう。聞けばレイラとウルガンはまだ寝ているらしい。羨ましい生活スタイルである。
ちなみにエロイは朝早くから修繕した武器防具を『赤槍の獅子』に届けに行ったそうだ。本当に真面目で尊敬する。
果物だけの朝食を済ませると、シモンを先頭に女神像の前を通り過ぎて『賢者の宿』とは反対の方角へ歩いていく。
十分ほど歩いただろうか。簡素な木の小屋と襤褸布で作られたテントのようなものが並ぶ、ぶっちゃけ難民キャンプのような光景が広がっていた。
「ここが『騎士団』の拠点か?こりゃ確かに『賢者の宿』が一番だわ」
「女神像の周りに立っていた家にも住んでいる人はいるけどね。主に初期の村人だからここに住んでいるのは比較的新しい使徒たちさ」
「カティは眠くなってきたよ?」
「何しに来たんだよ」
説明するシモンは良いとしてマイペースなカティは目をこすっている。いつもならまだ寝ているのだろう。
騎士団というにはあまりにも粗末な装備を身に着けた男性や、普通の村娘のような女性を見ていると流石に名前負けしていると思う。拠点の周りで朝の支度などをしている『騎士団』の人々の視線を浴びながらシモンはひと際大きめの小屋へ向かった。
「ディアナ君、いるかい?」
「ああ、ちょっと待ていてくれ」
小屋から声が聞こえると、少しして昨日見たへそ出しスタイルのディアナが顔を出した。
「よく来てくれたな、ヒナタ。シモンが一緒なのはわかるが、ミティが一緒じゃないカティは珍しいな。こんな時間に起きているのも」
「弟子のめんどうをみるのはたいへん」
付いてきたきただけだろ。
「弟子?ヒナタは魔導士だったのか」
「いえ、俺のスキルで『魔力生成』を継承したので」
「なるほど、それで弟子か。細かいことは中で聞こう。さあ、入って」
小屋に入ると四人掛けのテーブルとベッド、かまどがある質素な部屋だった。ちなみに女の子の香りはしない。毛皮と汗の匂いがするのでツワモノ感がある。女の子の汗は嫌いじゃないけどね!
椅子に座るとすかさずカティが隣に座る。ここまでくると師匠というより独占欲の強い幼女に懐かれた気分だ。幼女ではなく少女というべき年齢だが。
話をしたくて仕方ないシモンが昨日行った『スキル継承』の検証結果を説明する。
自分の考察などを交えて事細かに説明するシモンにディアナは嫌そうな顔を見せるが、興味深いのか黙って聞いている。
カティは隣で寝ている。ほんとに何しに来たんだ。
「なるほど。女神がそう便利すぎる能力を与えるとは思っていなかったが、予想外の方向性で便利なスキルだな」
「スキルを継承しても継承元がスキルを失わずに能力を得れるのは大きいよね」
「そうだな。だがヒナタ、君のことは既に噂になっているしスキルのことを隠すことはできないだろう。その上で、使用料はいくらにするつもりだ?」
「使用料?命数を対価に継承を行うってことですか?」
考えてなかった。この村で命数を得るためには戦うか、戦った人から対価として得なければならない。
異世界に来たということで戦闘のことで頭がいっぱいだったが『スキル継承』を商売にすれば稼げるじゃないか。
しかし、『スキル継承』の消費命数は10。最低11以上の命数を請求しなければ利益が出ない。そして『スキル継承』は一つのスキルを継承するとそれ以降必要なくなってしまう。
ここでの命数の価値がどの程度なのかわからないが、楽してスキルを取得できる能力に安値を付けることはしたくない。
「ここの村人の平均的な収入はどれくらいですか?溜めておける命数も知りたいです」
「それは僕が教えてあげよう!といっても全員に聞いて回った訳じゃないから正確性は保証できないけどね。
この村の戦士が1日に稼ぐのは大体命数7~8程だね。強い人になると10を超えて稼ぐ人も少なくない。非戦闘員がテントを建てたり毛皮の鞣しをしたりして得られるのは3~4くらい。この村全体で戦士が八割くらいだから養えているよ。
武器の修繕や塩、小屋の建設で命数が必要だから1日の余裕をもてる命数は戦闘員で2~3、非戦闘員で1~2くらいかな」
一日の平均所得は命数2か。これならば一度の継承に要求する命数は……。
「雑費は『賢者の宿』に支払っている分がかなり多いのだがな。その他にも賭け事や酒で無駄遣いする輩もいるから実際はもっと少ないと思って欲しい」
「その命数は僕らの命そのものだっていうのに理解できないよ」
もっと少ないのか。うーん、どうしようか。
よくよく考えてみると日本にはあの手この手で商品を売ろうとしている人たちがいた気がする。その人たちの手法を思い出せば……。よし、決めたぞ。
「『スキル継承』の使用料、決めました」
「それで、いくらなんだ?」
「それは実際に商売するときに教えたいと思います。つきましては今から『騎士団』で商売してみたいんですが、許可を貰えますか?」
「ん、んん? 構わんが、いったい何をするつもりなんだ」
「ヒナタ君が何をするか楽しみだよ」
日本で知っている手法を試してみなければ結果は分からないが、楽しくなってきたぞ。おう、よだれがスーツに付いてんぞカティ。
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朝の爽やかな空気の中、俺は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「『騎士団』の皆さん!初めまして、新人のヒナタです!!」
ディアナの家の前で大声を張り上げる。居酒屋バイトで培った呼び込みを活かす時だ。
通りすがりの青年がこちらを見て怪訝そうな顔をしている。彼は昨日、女神像の前でディアナを探していた青年だ。
爽やかで品のよさそうなイケメンなので嫉妬しそうになるがグッとこらえてセールストーク。
「そこな君、自分の力に不満はないかい?憧れのスキルは?あんな力があれば良かったと思うような人はいないか?」
「う、えぇ? そりゃ、ありますけど。団長の『聖闘気』とか……」
ディアナたんのスキル名がかっこよすぎる件について。めちゃくちゃ強そうじゃん。
ええい、気になるスキル名のことは聞き流して購買意欲を煽るのだ。
続々と周りに人が集まってくる。その視線は明らかに変人に向けるものだ。
「そんな憧れの人に近づける方法があるんだ!そう、俺の『スキル継承』なら憧れのスキルの一部を手に入れることができる!」
「一部?それってどれくらいですか?」
食いついた! ……ククク、イケメンよ。君はもう俺の術中なのだ。
「半分か、そのまた半分か。はたまた10分の1かもしれない。それはキミとスキルの相性次第だし、修行すればスキルを鍛えられるかもしれない!」
あくまで「かもしれない」と言っておく。まだ検証できていないからな。
「相性……。でも、タダと言う訳ではないのでしょう?」
まるでサクラかな?と思うくらいに想定通りの質問をしてくれる青年。彼には感謝しなければ。
「ああ、手数料として命数30を頂こうと思う」
「た、高すぎますよ!不確実なことにそんな多くは「待ちたまえ!」……??」
スッと手のひらを向け、青年のセリフを遮る。
ここからなのだ、俺の販売計画は。
「もしも手に入れたスキルの性能が元の5/10未満だった場合、命数5をキャッシュバックしよう」
「キャッシュバック……?」
言葉の意味通じてないやん。流石の翻訳も性能に限界があったか。
「命数5を返還するってことさ。更に、君の持っているスキルを俺に継承させてくれるならば命数20におまけしよう!もちろん、性能が低くても文句は言わないよ?」
「おー」と拍手をするカティ。いいぞもっとやれ。
「そ、それだったら……」
期待の籠った目でこちらに近づいてくる青年。落ちたな。
「僕は……僕は『聖闘気』の力が欲しいです!」
「それはディアナさんと継承させてもらえるか交渉してくれ。当然だがディアナさんのスキルがなくなったり弱くなったりすることはないよ」
「それならば私は構わないぞ。ヒナタのスキルを見てみたいしな」
「だ、団長……!」
ナイスだディアナ!!
これで完璧。ミッションコンプリートである。
スキルを継承する場面を観衆が見守る中、滞りなく継承を完了し対価の命数30を受け取る。そこで青年の名前がセシリオということを知ったが今はどうでもいい。
セシリオは恐る恐る拳を握るとスキル名を口に出す。
「せ、『聖闘気』!!」
「「おおー!?」」
セシリオの体から薄い白銀のオーラが滲みだす。なにそれかっこよすぎんか。
「これが『聖闘気』……!力が湧いてくるみたいだ!」
「本当にスキルを付与することができるのか……」
セシリオは感動に震え、ディアナは実際に自分のスキルをセシリオが使っているところを見て何か考えているようだ。
「さあ、女神像で祝福を確認してくるといい。君の新しい力だ」
「紙はいらんかね?」
しれっとシモンが紙を売りつけるが、セシリオは受け取った紙を握りしめて女神像に走っていく。
さあ、ここからが本番だ。
驚きを隠せない観衆に目を向けると、全員の目線が俺に集まる。き、気持ちえぇ……!
「――――力が欲しいか?」
ドッと押し寄せる観衆。
俺は、勝利を確信した。
調子に乗った主人公がやってくれました。
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