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十一月だと自覚した

「なに、してたんだ……」 


 後頭部の痛みは、既に治まっている。

 真ん丸の瞳と切れ長の瞳に見つめられて呆気にとられる俺をよそに、二人は言葉を投げかけ合う。


「ことの経過を見守っていたのよ。こちらの未知戸さんは早々に『あんなラブコメ空間なんかぶち壊してやるから!』と意気込んで突入しようとしていたのだけれど、それじゃあきみ達にあんまりだから抑え込んでいたの。それはそれは物凄い勢いだったのよ。大変だったわ。私がんばった。褒めて? 桜利くん。ねえ?」

「なにを人を猪みたいに言ってるのよ。それにまるで自分を良い子みたいに言うけどねユーヒ、あなただって人斬りみたいな目つきだった。辻斬りってこんな目をしていたんだわ怖いわ、って私思ったもの。思ったんだもの!」

「失礼だわ。私、人を斬ったりしない」

「はっ! どうだか! 食パンをくわえて人を追いかけまわすようなあなたこそ、マジメでお堅そうな見た目とは裏腹な猟奇性を持っていそうに見えるのだけどっ」

「前にも言ってたわね、その話……まったく覚えがないわ。食パンをくわえて登校なんてしたこともないし、記憶にもないし……記憶違いなのでは? ねえ、未知戸さん?」

「そんなことないわよ、オーリだって言ってたじゃないの。その日のあなたはピンクのパンツを穿いていたって事実を指摘していた。結果それは当たっていた! そうでしょう?」

「ピンッ……た、確かにそうだけれどそれはっ」

「ユーヒ。ねえユーヒ? あなた見た目はとってもクールなのに、とっても可愛らしい色の下着をお穿きになられるのねぇ?」

「い、良いでしょ別に、私が何色の下着を穿こうと私の勝手でしょう……!」


 元気に言い争う二人に、苦笑してしまった。

 先ほど見たのはおそらく、夕陽の変貌したソレだろう。ちょくちょく彼女は黒い影へと認識を転じさせる。未だに全然慣れはしないが、見た目の怖さ以外にさしたる危害はないようにも思えるのだ。もちろん油断はできないが。


「そもそもどうして桜利くんは私のぱんっ……し、下着の色をあてられたのっ」

「そりゃもちろん見たからでしょ? オーリが言ってたわよ。タックルされた上に下着まで見せられたって嘆いてた」

「お、憶えがないわ。おぼえがないわっ……! 見せるだなんてそんなっ、ことを、するわけない……!」


 陽香が優勢なようである。顔を真っ赤にする夕陽の姿は珍しい。それはそれとして、なんだか俺に飛び火しそうな予感もしてきた。


「ね、そうでしょオーリ? 見たんでしょパンツ?」

「み、見せたの? 桜利くん、私は本当に、きみに下着を……?」


 ほら飛び火してきたー……さて。どう、答えればいいのか。

 おかしいな。どう答えてもロクな目に遭いそうにない気がする。

 提示されている選択肢は二つ。『見た』か『見てない』だ。前者であればなぜか非難され、後者であれば嘘を吐いたと見なされる結末が容易に予想できる。


 ならば、だ。

 目の前に見える選択肢を、()()()選ばない。


「でもさ、意外と似合ってたぞ」


 一瞬で空気が凍った。あこれしくじったな、と思った。


「なにが『でも』なのよオーリ。いえ、ヘンリー。女の子の下着について言及するときは気を付けるべきだわ。ふつーにキモイってだけになるから。そして今のあなたはフツーにキモイ。そんなんで好きになるのなんて私ぐらいよ気を付けて。あいや気を付けないで」


 突き刺さるような陽香の視線に、若干たじろぐ。キツイ言葉だが、甘受しよう。確かに俺は今しくじったのだから。


「……それ、本当?」


 小さく、夕陽が言う。


「え、あ、ああ。嘘は、ついていない……」

「……ふうん」


 それきり夕陽は黙り、俺から視線を逸らす。「な、なにそのしおらしい反応は……」陽香が戸惑った。


「おお、やっぱりいたか」


 階段の下から声が聞こえて、見ると踊り場のところに白衣姿の睦月先生がいた。



「あ、霜月先生」



 ……え?


「未知戸の叫び声が聞こえたからもしやと思ったが、ダメだぞ。屋上は……と言っても鍵を開けていた責任はもちろん我々教員側にもあるからなぁ……まあ、許可しよう、今日だけはな」

「さっすがは霜月先生! 私先生の中で一番好きです先生のことっ! 一番のオーリには遠く遠く及びませんけど!」


 また。

 

「あはははっ。未知戸の好意はブれないなぁ。ま、仲良くやれよ、けれども程ほどにな」


 笑いながら、先生は階段を下りていく。

 ()()先生が、階段を下りていく。


「まさか霜月先生に見つかるとはね、でも霜月先生だからこそ助かったというのかしら」


 陽香の言葉に、違和感が拭えない。


 ()()()()()()()()


 それはもしや、睦月先生のことを指しているのか……いいや、話の流れからしてそうに決まっているのだろうが……なんでだ。どうして名前が……。


「桜利くん? 顔が青ざめているように見えるけれど。大丈夫?」


 夕陽がそっと、俺の肩に手を置く。


「あ、ほんとだ。オーリどしたの? あ、ま、まさか、私がオーリ以外の男の人に好きって言ったことへの嫉妬……!?」

「そんなわけないでしょう?」

「あるかもしれないわ。むしろあってほしいわ。お前は俺だけのものだという独占欲、他の男に目を向けるなという支配欲、それは大きすぎる愛の裏返しだものっ」

「私はそういうの、イヤね……」

「もー。オーリったらっ。そう心配しなくてもねー、私があなた以外を好きになるなんてことあるわけないでしょっ。だからその逆もありえないんだもんねっ。あなたが私以外を好きになるなんてぜーったいに許せないんだからっ。したらもう私ハッキョーしちゃうっ」

「……愛が大きすぎるのは未知戸さんの方ではないかしら」

「いーのいーの。だって自覚してるもんっ」

「はあ……ならいっそう性質が悪いわ」


 わちゃわちゃと、陽香と夕陽がにぎやかに会話している。

 また、か。これも、そうなのか。

 最初のパンをくわえた夕陽のように。いきなり現われた妹のように。いなくなった両親のように。公園での殺人のように。殺された園田のように。

 ワケの分からない事態、筋道の通らない突発的異常────不条理の、そのひとつ。


「霜月先生、か……」


 霜月。確か十一月の旧暦だ。

 今は、十一月。霜月。シモツキ。


「はははっ……なんだってんだ、これは……」


 笑いがこぼれる。楽しいからでは決してない笑いが。


「桜利くん……」

「オーリ……」


 心配そうに俺を見る二人に、「大丈夫。俺は、大丈夫だから」と言った、そのタイミングで、キーンコーンカーンコーンと、ちょうど昼休み終了のチャイムが鳴った。

 相変わらず外は曇っている。鬱々と曇天模様である。なんて、今日と言う日に相応しい天気なのだろう。友人を殺された者達の後日談、その模様が晴れていていいはずがない。

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