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灰色の日だった

 少し早く目覚めてしまったようである。

 窓の外は真っ暗だ。どこまでもどこまでも暗闇が満ちている。

 枕元の時計を見ると、午前二時三十分。早いどころではなかった。まだ四時間近くは眠れる。なのに頭が妙に覚めている。電灯をつけると、部屋の中に陽香の姿はない。時間帯が時間帯だから当然か。彼女はまだ眠っているのだ。むしろいたらすごく怖い。

 それにしても眠気がまったくない。思考も完全に起床状態だ。

 ふと、喉の渇きを覚えた。


「さむ……」


 掛け布団と毛布をどかすと、途端に肌寒い冷気に身が震える。

 自室のドアを開け、階段を下りてキッチンにある冷蔵庫の中に鎮座するペットボトルの麦ヂゃを目指す。


「ん……?」


 階段を下り切ったところで、リビングの明かりが点いているのに気付いた。なぜ、と思う。舞が起きているのか、と考える。しかしそれは違うだろう。我が妹は早寝早起きである。そして明かりを点けたまま寝ることを良しとしない真面目さを持っている。

 そろりとリビングの方を覗き見ると、 


「あ」


 黒い影がいた。

 ソファーに座ってけらけらと、砂嵐のテレビ画面を指さし笑っていた。


「えひひひひひっ」


 ヘンな笑い方だ、と思った。

 影はいったい何を観劇しているのだろうとテレビ画面を再び見るも、やはり砂嵐。そこに俺にとって意味のあるなにかはひとつも映っていなかった。なにひとつとして。


 ────。


 夢だった。

 どんよりとした曇り空が、窓の外に広がっている。


「おはよ、オーリ。今日は義妹まいちゃんに起こしてもらえなかったの?」


 いつものように陽香が椅子に座ってこちらを見ている。


「みたいだな……おはよう」


 現実に起床である。陽香が俺の寝起き顔を、むふー、と満足そうな顔で眺めていた。

 今日から、十一月に入る。陽はより早く沈み、寒さも増す。


 予想に反して、学校は通常通りにあった。


 ただ、一年C組の教室はしばらくは使用しないとのことだった。クラスメイトが死んでいた、殺されていたその場所で授業を受けるのは俺たち生徒にあまりに酷だ、ということらしい。だから、しばらくの間、授業は臨時で多目的ホール内で行われるとのこと。

 それで今、俺たちは一年C組の教室の中にいる。勉強用の諸々の品を持っていくためである。教室の中は当然のことだが、いつもと変わらなかった。つい一日前にそこでクラスメイトが死んでいた痕跡はなにひとつとして残っていなかった。


「……ん?」


 自分の机から教科書やらなにやらを取り出していると、異物があった。

 それは、一通の便せん。黒の直線が規則的に真横に引かれている、至ってシンプルなその便せんの上部には、丁寧な文字が四行、書かれている。


『一人でい続けるのはいけません。連れて行かれてしまいます。

 二人で会うのはいけません。殺されてしまいます。

 三人はちょっと分かりません。死に臨む、とのこと。

 四人だと何も起こりません。できるだけ四人でいてください。』


「なんだ、これ」


 気味が悪い、というのが最初に出た感想だった。こんな便せんが自分の机の中に入っていたことへの不審による嫌悪感だ。つい数か月前にも似たようなことがあったが、そのときの便せんとは大違いである。

 しかし、よくよくその四行の文章を眺めると、書いてある内容は何かについての忠言である。言葉もマイルドだ。ともすれば善意の産物のようにも見えてしまう。不気味であることに変わりはないが。


「ん……?」


 今、気付いた。

 その便せんにはもう一文、文章があった。上部の四行に加え、便せんの一番下の箇所、余白のところに、明らかに違う筆跡で、感情のままに書き殴ったような文字で、


『五人いないのはどうして?』


 と、そう書いてある。ワケが分からない。


「く、久之木くん? なっ……なに、それ?」


 同じく机から荷物を取り出していたらしい美月さんが、なぜだか焦っている様子で俺にそう問う。


「誰かのイタズラだよ、たぶん」

「だ、だね、そうだね、イタズラだよね、そう、だね。あ、あんまり気にしない方がいいよ、そういうのって」

「うん」 

 

 丁寧に角を合わせて四つ折りにし、ポケットに突っ込んだ。この便せんの処遇については、後で考えても別に遅くはないだろう。

 教科書やらノートやらを鞄に詰め込むと、そのまま多目的ホールへと向かった。

 場所を変えたものの授業はいつも通りに行われ、気付けば昼休みのチャイムが鳴っていた。


「オーちゃん昼どうすんの?」

「なんか適当に買って適当なところで適当に食うよ」

「おう、分かった。まあ、テキトーにしよーべ。テキトーにな」

「ああ。テキトーに」


 少し、一人で考えたい気分だった。

 階段を上り、上り、上り、やがてひとつの扉に着いた。

 屋上への扉だ。

 ノブに手をやると、抵抗なくすんなりとノブは回り、扉は開いた。開いていなければ引き返そうと思ったが、屋上の扉の鍵は閉まっていなかった。ありがたく通らせてもらおう。


「さむ……」


 からりとした冷たい風が身体中を吹き抜ける。

 分厚い雲に覆われた曇り空が広がっていた。

 晴れではない。青ではない。灰色の空が広がっていた。相応しいな、と漠然と思う。今日と言う日に青空は不似合いだ。黒と白の入り混じった灰色こそが、この鬱々とした日に相応しい。

 ……しかし、寒い。

 この寒さの中、屋上で昼食をとろうなどという人間はまさか自分以外にはいないだろうと思っていた。


「うく……えっく……」


 しかし、いた。しかも泣いていた。

 屋上のフェンスの片隅に体育座りで、サンドイッチを食べながら泣いていた。


「尾瀬……?」


 クラスメイトの尾瀬静香だった。

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