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休日の読書

『モルスの初恋』を俺は読んでいる。

 始まりから読んでいる。

 諏訪玲那さんから借りたそのハードカバー。そこに出てくる地名は、どうにもこの夕陽ヶ丘市をモデルにしているように思える。ただ、名前そのものは未明ヶ丘市と変更されている。

 物語の始まりは、一人の少年が廃墟で後頭部を強打し、死が現われる、というところからだ。

 そしてこの少年が後頭部を強打してしまったらしい廃墟。その場所も、この夕陽ヶ丘市の中にそれらしいモデルがある。メメント森の中にある、パトリアという名のラブホテルの廃墟だ。少年少女の遊び場として、割と有名なスポットなのだ。探検や肝試しなどに用いられ、けが人も出ていることが問題に挙げられていたりするということを、母さんや父さんが話しているのを聞いた。あと単純に、廃墟と言えどもラブホテルであるというのが教育上良くないのでは、と取り壊しの話もあがっているらしい。通り魔とは関係ないが、死人が出たこともあるようだ。だから絶好の肝試しスポットになるのだろう。

 少年が入院していたらしい病院も、夕陽ヶ丘市立総合病院のことかもしれない。市内に病院は複数あるから、これは全くの勘だが。


「……結構、疲れるな」


 普段、あまり本を読まない。だからこうして真面目に本を読んでいると、すぐに目が疲れてくる。今俺は自室の机に座って読書をしている。

 視線を並んでいる活字から外し、目の前にある窓の向こうを見た。隣の家があった。けれども廃屋だ。誰も住んでいない。空っぽであろう部屋はカーテンが閉じられ雨戸が下ろされており、中の様子はさっぱり分からない。少し不気味に思うことも少なからずある。取り壊したりしないのだろうか。

 

「はあ……」


 ひとつ息を吐くと、読書を再開する。

 オーちゃんと呼ばれる少年とその友人たちがプールで遊んでいる場面だ。そこにもやはり、死が登場する。少年を見ている。『私』を定義する。ずいぶんと健気なことだ。ここまで愛されるのなら、少年の方も死を受け容れてもいいのではないか、とまで思う。


 しかしこの本、結末はどうなるのだろう?


    ◇

 

 殺人連鎖……。

 人が一人、男性が死んだようだ。

 条理桜花が、その死体の第一発見者となった。


 これはもしや、実際に起きた夕陽ヶ丘市の通り魔を描写しているのか? だとすればこれを読み進めていけば犯人が……あれ? あれあれあれ? 犯人? どうして? なんで? 俺は先日の図書館で、雨の中の図書館で、過去の新聞記事を見て、見ていって、見たはずだ。犯人の名前を見たはずだ。はず。そのはず。はずはず。思い出せない。


「ちょっと、おかしいな……はは……」


 ぷつぷつと、汗が吹き出す。暑いわけでもないのに。

 あの後、見ていった。園田桜子という名前の女子生徒が殺された記事を見てそれから……それから? うん? なんで。ここまで俺って物忘れがひどかったっけ。犯人。誰。ダレ?


「まあ、いい。この本が過去の事件について描いているのなら、最後に出てくるのが犯人だろ」


 まあいいや。まあいいや。

 今から図書館に向かうのも面倒だ。インターネットで調べるのも億劫だ。

 このままここで読んでしまおう。この本には目を離せないものがある。なにか引き寄せられる魔力めいたものがある。

 読んでしまおう、読めばわかるさ、なにもかも。


 ────────。


 今起きた。

 今の俺はベッドの上に仰向けで、肩のところに本が閉じられた状態で置かれていた。読んでいるうちに眠ってしまったようだ。どこまで読んだのかも……ダメだ、思い出せない。閉じられた本のどこにも栞を挟んだ形跡がない。本の上に付いているあの……なんか紐みたいな栞もベッドの上に寝転んでいる。寝ぼけながら読み進めていたから、挟むのを忘れてしまったんだ。まあ、また覚えのある箇所まで一気に読んでしまえばいい。


「ふああ……」


 欠伸が出る。

 読書はもういいか。

 ベッドから立ち上がり、机の上に置いていたらしいスマホを手に取った。ピカピカと通知ランプが点滅している。スリープを解除すると、メッセージが数件届いていた。いずれも友人からだ。とくに、何の変哲もない。

 どうにも眠い。眠すぎる。そんなに夜更かししたっけな。

 眠気覚ましに、外の空気に当たろう。

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