連続殺人事件の犯人
「カンナヅキ先生、少しお尋ねしたいことがあります」
「なんだね」
「ずっと前にこの街であった連続猟奇殺人、あの犯人の名前ってなんでしたっけ」
「ああ、あれはね、あの日の浜辺、僕は木陰にいたんだ。母親の火葬が終わって少し暇だった。するとビルの隙間風がこう囁いてね、エッグヨークって。なるほどそれが真実なのか、と僕はハッとなったわけだよ。夕陽が西に沈みゆくというのは大きな間違いだったんだ、初恋が決して実ることはないのと同じようにね! ハハハッ! これはこれは! 我ながら笑えるジョークだな! まずは元凶を考えてみるといいよ、君! 最初の最初だ、始まりの始まりだ! いったいなにが原因だったのか、誰が元凶となったのかをね! 一つ言えるのはそう、それはエッグヨークではない! もう答えを言ってしまうとね、異邦人さ! 一発目に撃たれた銃弾と残りの四発の銃弾、どうして間があいてしまったのだろうね、それはなるほど、彼自身が異邦人だったからに違いないのさ! ああ、銃なんて使わなかったっけか! アッハッハ!」
「……え?」
カンナヅキ先生はおよそ彼らしからぬ哄笑をしながら、すたすたと歩み去っていった。
ワケが分からなかった。
◇
「なあ、モヒ」
モヒカンに、声をかける。
「おう?」
「前、この街で連続殺人があっただろ。あれの犯人の名前って知ってるか?」
「おうおう、オウちゃんよお」
「なんだよ」
「俺が知っていると思ったのか。はっ。そりゃ買い被りすぎってぇもんだぜ!」
「ああ、だなぁ。お前に聞いたのが間違いだったわ」
「ネットで調べりゃいいじゃんよ。すぐ出てくるっしょ」
「確かにな」
携帯の画面をタップし、検索バーに『夕陽ヶ丘市 通り魔 犯人』と打ち込んだ。すると検索結果のページの一番上にあるサイト名は、なぜだか卵黄を効果的に用いた料理のレシピのサイトが出てきて、通り魔のことに関する記事がなにひとつとしてなかった。ページをいくつもいくつも進んでも、何も出てこなかった。
ワケが分からなかった。
◇
「ミツキさん」
「なぁに?」
「ずっと前にこの街であった通り魔の事件のさ、犯人の名前って知ってる?」
「うんとね、えっと……確か……ああ、思い出した!」
「どんな名前だった?」
「えっとね、確か……認識の欠如箇所は流石の夢でも再現できない、さんかなぁ」
ワケが分からなかった。
◇
「諏訪さん」
「なに?」
「夕陽ヶ丘市で起きた通り魔殺人の犯人を教えてくれ」
「鏡に向かって叫んでみればいいわ」
「は? 鏡?」
「犯人はお前なんだろ、ってきちんと人差し指を突き出してね。ふふ、するとどうでしょう! 狂人の出来上がり! あははっ、おっかしー! えひひひひっ!」
「な、なにをいきなり笑いだしてるんだよ!」
「けれど、事実なのよ。これは事実! 事実とは在ったこと。もう既に起こったこと! なのにないのはどうして、なんで!?」
「あ、頭、大丈夫なのか……」
「なんでなのよおかしいわどうしてなのよひどいわサイテーだわ理不尽だわ不条理だわ……」
ワケが分からなかった。
◇
以上は全て夢である。
俺の見ていた夢である。
なるほど、なるほど。つまりはこうか。そのようにして今に至るか。
この本は、俺にとって……────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────「……はっ!? 夢か」
漫画のように跳び起きる。
なにか夢であることを驚くような夢を見ていた気がするが、なにもなんにも思い出せない。枕元には一冊の本が置いてある。『モルスの初恋』という題。
「……?」
さて、これはなんだろう。疑問に思ってすぐに答えにたどり着いた。昨日の帰り道、転入生の諏訪玲那に借りたものだ。どうも読みながら寝落ちしてしまったらしい。
「どこまで読んだっけな……」
パラリパラリとめくってみるも、栞を挟んだ箇所がない。どこまで読んだのかも思い出せない。仕方なく、俺はまた最初から読むこととした。けれどもそれは、今日これからの学校生活が終わったのちのことである。
さあ、学校へ行く準備をしようじゃないか。
平和で退屈な日常の再開だ。




