学校にいた
校門を抜け、校舎に入り、階段を上り、教室に入る。
いつも通りの行動は、いつも通りの結果に収まる。ホームルームが始まる前、ちらほらと増え始めるクラスメイトたちが織り成す雑多な会話群。その中、俺は今朝見た光景を反芻していた。
あの公園、昨夜に陽香と訪れた公園。
あの死体、昨夜に陽香と出会った人間……である可能性。
あの殺人、誰によるものかはさっぱりだ。通り魔か? 確かなのは、俺ではない。
そこまでを考え、俺は自分が冷静である現在に気づいた。殺人。殺人の痕跡を見たのだ。人が殺されたあとの光景。死人が横たわる非日常。なのにどうして、こうも冷静に頭を働かせられているのだろう。まだ驚きが追い付いていないのか。恐怖が湧いてきていないだけか。死体が隠れていたからか。すでに頭がマヒしているのか。身近な死を、まだ実感できていないだけなのか。
「おはよーぜー、オーちゃん」
モヒカンの声がし、見るとやはりレモンがいた。片手にスッカスカの鞄を持ち、手を挙げている。「ああ、おはよ」と俺も手を挙げ返す。「ねみいわ」とレモンが言い、「俺も」と俺は返す。ちっとも眠気なんてないのにもかかわらず。
「そういえばよお、オーちゃん知ってる?」
「なにを?」
神妙な表情で、レモンが言う。
問うておきながら、俺はレモンの口から出る言葉を知っている。いや、予想がつく、と言った方がいいか。それは、ついさっきに見た、あの公園の出来事に関する話題だろう。
「太陽の精のプレミアムって、限定生産四百四十四体しかねえんだってよ」
違った。普通に違った。
「つまりこれは、四百四十四体のうちの一体ってことぜ? やばくね? パねくね?」
「やばいな」
「やばいっしょっしょー!」
うひょお、とレモンは太陽の精(プレミアム)を掲げる。琴線に触れまくったのだろうその喜び具合は、今の俺の心をのどかにさせた。
────『ママンはもう埋められてしまった。』
掲げた拍子に押したのだろう、太陽の精がそう喋った。淡々と、機械的に母親が埋められた事実を述べたのである。どういう場面かは、俺には分からない。
「あ、いた。久之木っ」
「なに?」
教室の入り口から、近泉が駆けてくる。
片手をあげた、簡易な挨拶をかわす。
「陽香、いっしょじゃなかった?」
「ああ、休みだよ。熱だした」
「マジで?」
「マジで」
「珍しくない?」
「珍しいな、確かに」
言われてみると、陽香が風邪をひくということはなかった。今までに一度もなかったんじゃないか。
「おー、分かった……ちょっとバレー部の助っ人になってくれないかって頼もうと思ってたんだけどなぁ……」
そう独り言ちながら、近泉は去っていく。
そして入れ替わるように、教室に夕陽が入ってきた。クラスの視線が彼女に集まる、まだまだ彼女の話題性は大きい。おはよう、という言葉に彼女はにこやかにおはようと返し、自分の席までやってくると、
「……おはよう。桜利くん、三択くん」
俺たちにも、同様にそう微笑んだ。
彼女の挨拶に俺たちが返すと、夕陽は椅子に着席し、どこからかやってきた女子たちと会話を始めた。
夕陽とはそれきりであり、やがてやけに神妙な表情の睦月先生が教室にやってきて、ホームルームが始まった。
「通り魔が出た」
開口一番、先生はそう言った。




