幼馴染はいなかった
我が家の前にいる。
玄関扉を開けようとすると、ガチャ、と鍵がかかっていた。
「鍵、かけておくように言っておいたから。舞ちゃんから合鍵、預かってるわ」
夕陽が鍵を取り出し、玄関の施錠を開けた。
玄関扉はいつも通りに開け、中に入る。テレビの音が聞こえた。騒がしく、誰かの笑い声が響いていた。
リビングに入ると、舞が一人、ソファーに座ってテレビを見ていた。
「あれ、おにーちゃん。夕陽おねーちゃんも。陽香おねーちゃんは?」
舞は俺たち二人の姿を見て、舞は何の驚きも見せなかった。彼女の目に映るのは、いつも通りの俺と、いつも通りの夕陽の姿なのだろう。
「いない……家の中にもいないのか?」
「うん。なんか、おにーちゃんと夕陽おねーちゃんを二人きりにしておくときっといたらぬことをし始めそうだから、それを阻止しに行く、って言って出てったよ」
「……なるほどな」
なんとも陽香らしい理由だ。
「しないわよ」
夕陽がぽつとそう言ったのが聞こえた。「はははっ、まあな」笑みが零れた。無性に、俺は安堵していた。陽香は陽香らしい理由で家を出て行った。一人きりで、というのは危険だから、そこだけは少し注意を……まあ、俺も人のこと言えないか。
後は、陽香に美月さんとの会話内容を聞けばいい。そこに何か、美月さんの行方を知れるような事柄があるかもしれない。まずは陽香を見つけてからだ。
「私たちがいない間、誰も来なかった?」
「うん。だーれも来なかったよ」
陽香を探しに行こうか。それともここで待つか。
陽香を探しに行って、美月さんのことを聞いて、そのまま三人で探してみるか。それがいい。そうしよう。そうするべきだ。陽香は俺が稲達さんのところへ出かけたことを知っている。そのルートを辿っていれば、引き返して来る彼女と会える可能性が高い。そして美月さんの居場所について知っていることを教えてもらって、美月さんを見つけ出して、久山に連絡を入れる。ひょっとすると久山の方が早く美月さんと出会うかもしれないが……
「あ、でも」
そんな舞の一言が、はっきりと耳に届いた。
「陽香おねーちゃんがね、もし私がいない間におーり達が帰ってきたら渡しておいてって、こんな書置きを残していったよ」
舞の手には、一枚……いや、二枚の便せんが握られていた。両方とも、几帳面に四つ折りにされた、真っ白な紙切れだ。行き先だろうか。だとしたら用意がいい。
「書置き? 伝言じゃなくてか」
「うん。書置きだって。私──陽香おねーちゃんが書いた分と、陽香おねーちゃんのお友達の分の」
お友達の分。
陽香の友達……彼女の交友関係にある者。俺ではなく、夕陽ではない。レモンか? いいや、それなら陽香はレモンと言うはずだ。じゃあ誰だ。……まったく、候補が思い浮かばない。誰だ……いったい、これは。
「わ、分かった」
舞から折られた便せんを二つ受け取る。
「お友達って」
夕陽が問う。彼女も思い当たる様子がないようだ。声からそれが分かった。
「分からない……誰だろうな」
首を横に振り、答える。
陽香のお友達。なぜだろう。かすりもしない。記憶のどこにも、それに当たるものがない。全く見当たらない。本当にちっとも分からないのだ。それが誰なのか、誰と推測できるのか……そういうものが皆無だった。
「見ないことには、か……」
そして俺は、まずは片方を開いた。
私の王子様、と宛名が書かれていた。