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稲達ヒューマンリサーチ(株)

「所長、UFO見たことあります?」

「あるよ」

「なんでウソつくんですか」


 即断で嘘呼ばわりされるという信頼のされように、稲達は表情に苦笑を滲ませた。「まあ、嘘なのだがね」だが嘘であることに変わりはなかったため、稲達は素直に認めた。稲達孤道はUFOを目撃したことはない。少なくとも、彼はそのような現実の記憶を持ち合わせていないと自覚している。


「やっぱり」

「あははっ。理くんは鋭いな」


 稲達の言葉に芙月は一瞬顔を綻ばせるものの、すぐにムスッとした顔に戻り、


「鋭いも何も、UFOなんて存在しません。存在しないものをあるという人は、だからみんな嘘吐きなんです」

「けどなあ理くん……宇宙というものは、本当に広いものだ」

「なんですか。広いから何処かにいるかもしれないぞ、とでも言いたいんですか」

「ははは……」


 理由は分からないが、今日の芙月は何やら機嫌が悪いみたいだ、と稲達は把握した。いつも以上に言葉に棘がある。何か悩み事でもあるのだろうか、とも考えた。


「実を言えばね、私は見たことないが、私の高校時代の友人が見たことあると言っていたんだよ」

「UFOをですか?」

「ああ。UFOを、だ。あの円盤型の、あるだろう。UFOと名乗るものの形のステレオタイプとなったあの……」


 記憶を巡らせるものの、稲達はその出そうとした言葉がするりと出てこなかった。なにか、あれだ。あの円盤型の、なんとか型とか言われていたアレだ、となった。思わぬところで直撃した記憶力の衰えという現実に、稲達は多少の悲しみを覚えた。


「スワロフスキー型UFOでしたっけ」

「うむ……うむ? それは少し、違うかもしれないな。そんなクリスタルで仕上がっていそうな名前ではなかった」

「あれ、違いました?」

 

 芙月は首を傾げた。稲達も言葉が出てこなかった。

 分からない者が二人、けれども同じ姿かたちをしたUFOのイメージを脳裏に浮かべている。


「もしかして所長も分からないんですか」

「分からないね、単語が出てこない」

「ちっとも?」

「ちっともだ。引っ掛かりはあるのだが、それを引っこ抜こうとしたら草むしりのときの雑草よろしく、上の部分だけで千切れてしまった。根っこのところは分からずじまいだ」

「それは……まだボケないでくださいね所長。せめて私が所長から探偵のノウハウを全て受け継いで一人前の探偵になってからボケてください」

「そしたら私は一生ボケられないじゃないか」

「それって……。い、今ひどいこと言いましたねっ!? 私では所長のような探偵に一生なれないという含みがありました!」

「はははっ、良いじゃないか私のような探偵になれずともさ。私のノウハウに受け継ぐほどの価値があるかは疑わしい」

「所長が疑わしく思っていようと私はそこに価値を見たんです」


 芙月の断言に、稲達は苦々しげに笑みを含ませた。伯父の仕事に価値を見出し、理想を描き、夢を創り、夢に浸っている。その夢は、やがては覚めよう。この子が探偵になりたがるという一過性の夢は、しかしながら果たして本当に夢で済むのだろうか。そんなことを思った。だが多少、その言葉に救われたのも事実だ。なるべくしてなってしまったこの立場に、この()()に、この子は憧れを持ち、価値を見てくれている。それを一瞬、嬉しく思ったのも事実だ。


「実際疑わしいのが事実で所長のノウハウにまるっきり価値がなかったとしても、少なくとも通過点には出来ますし」


 続いて出てきた芙月の二言目に稲達は多少なりともショックを受けた。今日の姪はやはり機嫌が悪いようである。言葉のナイフを巧みに使っている。


「私を踏み台にしていくというんだね」

「ええ。所長を思い切り踏んづけて、どこまでも高く跳んでやります」

「ははは、お手柔らかにな。それもまた、悪くない気分だ」

「え、踏まれるのがですか……そういうのはちょっと、引くっていうか……」

「比喩の話だと捉えてほしいね」

「冗談ですよ」


 ふふ、と芙月は微笑む。けどどこか、その笑みはぎこちない。何か懸念があるのだろうか、と稲達は思った。そこを尋ねるにしても、まだ最適なタイミングではない。


「けど、私たち何の話してたんですっけ」

「UFOの名称だね。二人して名前が出てこなかった」

「ああ、そうでした。もう調べちゃいましょう。こういうときこそコレです」


 足もとに置いていた鞄を持ち上げ、芙月は中身を探る。そして取り出したのは、手の平で持てるほどに薄い端末だった。スマホである。


「現代っ子だねえ」

「当然ですよ。私が生きているのは現代なんですもの」


 スマホの画面をちょいちょい触れていた芙月が、やがて「分かりましたよ所長、アダムスキー型です」とスマホを稲達に向けた。そこには『ジョージ・アダムスキー』のページが開かれていた。


「そういえばそんな名前だったな」

「はい……」

「うむ……」

 

 名前出てこない問題はひとまず解決し、両者、押し黙った。

 妙な間だ、と稲達は思った。芙月が横目に見ている視線を感じていた。まるで何かを言いたいのだが、それを躊躇しているかのよう。


「なにか、あったのかい」


 だから、稲達から芙月へ水を向けた。

 芙月は視線を伏せ、言いたくないことを、口にするのも恐ろしいとばかりに恐る恐る、


「……もうすぐ、お客さんが来るかもしれません」


 稲達へと伝える。


「お客さん?」

「はい……。そしてそれは……それは……」


 芙月の顔は不安に塗れている。ああ、と稲達は合点した。今日の芙月の機嫌が悪いのは、それは不安によるものだ、と。何か心配事があり、彼女はそれを話したがっていた。


「諏訪さん──諏訪玲那さんと……」


 そこで、唐突に。

 その会話を待ち構えていたかのように。


「────」


 コン、コン、コン、というノックの音が、事務所内に響いた。

 

 すりガラス越しに、二つの人影が蠢いているのが稲達には見えた。

 だが、稲達はそこまで動揺しなかった。多少はしたが、そこまではしなかった。


 分かっていた。この場面が訪れることなど。

 理解していた。彼女が()を逃がすはずがないんだと。

 予感していた。自らに訪れる、今度こそ訪れる、そうして齎されるおわりを。

 確信していた。ガラス越しにいる彼女を、振舞い続けた彼女の姿を、正体を。


 だが、分からないことが今でも一つある。

 分からない。やっぱり分からない。稲達孤道では分からない。

 憶えていないのだから分からない。記憶がないのだから分からない。

 分からないから、こんな一つの、幼馴染の一人を心の底から悲しませる疑問を抱く。


 ──なぜ、彼女と共に諏訪玲那が、あの金色の少女が?


 俺の死は、彼女一人のはずじゃないか。


 そんなことを考え、多少の動揺を抱く。

 窓からは、沈みゆく太陽の朱色が差し込んでいた。

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