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少女は大切な人と再会し

「もう大丈夫。ありがと、お兄ちゃんにお姉ちゃん」


 花篠さんの後ろに隠れているレナが、そう言った。もう大丈夫、ということは彼女の探し人は見つかったということになる。大切な人が。彼女の王子様が。

 このままでは疑問が残りそうだ。尋ねるか。ちょうどレナの視線は先ほどから俺に突き刺さり続けている。彼女はどうしてこうも俺を見続けるのだろう。視線を離せば消えるわけでもないのに……まさか、この子の視界に俺は、()()()()()()()()()()()()姿()で映っているのか。それとも別の、何か別の姿で……


「大切な人は、見つかった?」


 そう聞いた。


「うん」


 返ってきた答えはそれだけ……かと思いきや、


「でも、いなかった」


 小さくぽつりと、付け足した。

 大切な人はいた、レナの王子様は見つかった──けど、いなかった。どういう意味だろうか。文章の前後で意味が通っていない。……ただ、推測だけができる。


「それでは、また」

「ばいばーい」


 考えていると、レナと花篠さんは去って行き、一陣の風がゴウと埃と共に吹いてきた。目を一瞬瞑ると、開けたときにはもう誰もいなかった。


「……もう、慣れたわ」


 疲れたような夕陽の声がすぐ隣から聞こえた。言葉のわりに、その真っ黒で平面の腕が、俺の服の裾にくっついていた。彼女は相変わらず戻らない。


「……」


 大切な人がいないと泣いていた少女。

 大切な人は見つかったと口にした少女。

 その二つの表情を見せたのは当然、同一人物──金色の髪をした少女の幽霊、レナだ。そしてその二つの表情の間に立ち会った人物は、夕陽と花篠さんと──俺。その三人。


「桜利くん」


 王子様は、一般的には男性を指す。

 三人のうちの男は、俺だけ……俺なのだろうか。考えていくとそうなるのだが、俺にはそれが正しいと思えない。自惚れが過ぎるというのもあるが……俺はレナを知らない。大切な人、王子様とまで呼ばれるほどに、あの少女と親しくなった記憶がない。


「桜利くんっ」


 ぐい、と腕を引っ張られた。視線をやると、黒が俺の腕を掴んでいる。夕陽だった。


「ああ、ごめん。考え事してた」

「前っ。あの人、久山くんだよね」


 俺の腕を掴んでいる黒とは別の黒い棒を、夕陽は前方へ向ける。そこには、ぜえぜえと肩を上下させ、膝に手をついている見知った顔──「久山……?」久山英明の姿があった。よほど全力で走り回ったのか、息が治まる様子はない。ぜえぜえ、げほっ、ごほ、と今にも血を吐きそうな程つらそうに息を吐いては吸っている。それほど必死なのだ。何かを、必死に、


「探しものでもしているのか。さっきも見かけたけどさ」

「なんだかただごとじゃない様子だわ」

「聞いてみよう──久山っ」


 歩みを久山に向け、近寄り、名前を呼びかける。

 

「あ……く、久之木く……っ! げほっ」

「ま、まずは落ち着いてからでいい」


 言葉を発しようとし、久山が咳き込む。本当に、どれだけ必死に走り回っていたんだ。そこまで全力にならなければならないほどのものがあったのか、起きたのか──それとも、失くしたのか。


「ゆっくり息を、深呼吸して」


 夕陽が久山に近寄り、その背中を真っ黒な腕でゆっくりとさすった。声色から久山を案じているのは分かるのだが、肝心の表情が分からない。

 

「う、うん……」


 ゆっくりと息を吐いて、吸って。

 それを十数回繰り返し、久山の呼吸はようやく落ち着いた。


「何があった」


 月並みな問いを久山に向けると、


「いないんだ……」


 視線は地面に落ちている。陰る表情はすぐに、悲痛なものへ、


「深宇がいないんだ! どこにも!」


 悲愴な叫びへと、変わった。

 深宇? と思った。それが誰なのかを考える時間が必要だった。すぐに分かった。美月さんのことだ。美月深宇。久山の恋人……か、まだ恋人(仮)か。それはどうでもいい。美月さんがいなくなった。


「事象の地平線を超えてしまったのかもしれない。特異点に吸い込まれてしまったんだ……! すぐに見つけないと、すぐに見つけないと深宇は、深宇がっ……!」


 錯乱。恐慌。

 事象の地平線? 特異点? そんなこの場と関連性のない単語が出てくるぐらいには久山の頭はパニックに陥っている。息を落ち着けた久山が、今度は精神的な混乱に侵され始めている。剥いた目がぎょろりと周囲を見渡し、今にも走り出さんとしている──「待て。待て久山!」動き出した久山の腕を掴み、肩を掴み、この場に押し留める。


「俺たちも手伝う。一緒に探すから。まずは待て、落ち着け」


 言い聞かせる。こちらに向ける久山のレンズ越しの瞳には苛立ちが混じり、抑えようとする俺への明らかな怒りがあった。それほどに必死で、形振り構っていられないということだ。そこまで久山にとって美月さんは大切な人間だったということ。


「ガムシャラに探しても難しい。一旦、頭を冷やせ」

「待ってろって言うのかよ!?」

「待ってろって言ってるんだよ。すぐに俺たちもきちんと手伝う。一人よりも三人の方が効率が良い」


 勝手に夕陽を数に入れてしまい、彼女の方を見るも、真っ黒でどんな表情を浮かべているのか分からなかった。視界に貼りつく平面の影が、無性に苛立たしく感じた。()()()()()()()()()()()。馬鹿げている。こんなのが現実であってたまるか。こんな、おかしな、ことが……立て続けに……! 黒い影の人間は現実にはいない。幽霊の親子など現実にはいない。死人が自分が生きていると思い込んで動いているだなんて、現実では起こり得ない! 何が、どうなっているっていうんだ、どこまで俺を追い詰め続ける……!

 爆発しそうなほどに瞬時に膨らんだ感情を、どうにか抑える。なんとか抑え込む。俺が怒ってどうする。久山の焦りに影響されてどうする。それじゃあ何も解決しない。それで事態が良い方向にいくはずがない。


「そのためには事情を知りたい。何処でいなくなったのかだけでもいいから」


 冷静さを装って尋ねる。

 けれど久山は答えず、「離せ!」走り出そうと身をもがく。それを押さえつけ、もう一度言う。


「まずは落ち着けって言ってるだろ!」


 発した自らが驚いてしまうほど、俺の叫びには苛立ちと怒りが滲み出ていた。久山が驚いたように俺を見、自分が焦っているのを忘れてしまったかのように黙った。


「……悪い。俺が怒るのは違った」


 そっと背中に、誰かの手が触れる。誰か、じゃないな……一人しかいない。

 振り返るとすぐ傍に夕陽がいた。どんな表情を浮かべているのかは……分からない。やはり分からない。夕陽は黒い影のままだ。


「桜利くん、落ち着いて……久山くんも」


 その声は悲しそうだった。泣き出しそうだった。ひょっとすると彼女は泣いているのかもしれない。それすら俺には分からない。俺を信じると言ってくれた夕陽のあの笑顔が見えない……笑えてくる。けど笑ってしまえば、いよいよ夕陽の悲しみは増すばかり。何も解決しない。


「ごめんね、久山くん。桜利くんも、今、いっぱいいっぱいだから」


 ……顔を見らずとも理解した。

 彼女の言葉は泣いていた。

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