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少女は大切な人を探していた

「大切な人……?」

「うん。大切な人──私の、王子様」


 少女は俺から視線を外さない。


「桜利くん……大丈夫、そう?」


 背中から、控えめな呼びかけ。金髪の少女の顔が不愉快なものを見たかのようにしかめられた。肩越しに振り返る。分かっていても、一瞬怯んでしまう。黒い影の夕陽がすぐそこにいた。


「あ、この子は……」


 間近で見て、夕陽もいつか見た幽霊だと思い出したのだろう。声に困惑が滲み出ていた。どうしようかしら、と夕陽は今俺に向けて目配せをしているの()()()()()()。目玉のついていない真っ黒な顔では、彼女が何処へ視線を向けているのかが分からない。


「こんにちは、あのときのお姉ちゃん」


 少女が夕陽に挨拶する。にこやかで、単調だった。先ほどまでの驚いていた様子は皆無、危険ではないと判断してくれたらしい。……しかし、この子は今、一人か。


「ええ、こんにちは。あれ、でもきみ、……お母さんは?」


 夕陽も俺と同じことを思ったのだろう。そう尋ねた。少しの間を置いてしまったのは、彼女が事実を知っているがために悩んだのだろう。この子の母親らしきあの和服女性は、けれども母親では……いや、待て。金髪少女の幽霊と和服女性の幽霊が親子ではないことを、夕陽は知っていただろうか。知らない、はず。夕陽と陽香の姿がかぶってしまっていた……なぜ。


「んー……」


 途端に、少女の表情が暗く……ならず、「おトイレ」と指すのは十数メートル離れたところにあるスーパーマーケットの出入口に設けられた自動ドアだった。幽霊もトイレするんだな……いや、そんなことはどうでもいい。


「おトイレ……」


 夕陽もたぶん、自動ドアの方を向いている。

 するとスーパーの出入り口のガラス製の自動ドアが開き、一人の男……俺と同年代ぐらいの、眼鏡をかけた短髪の……見覚えがあるな。久山だ。忙しない様子で右を見、左を見、一瞬俺と目が合うもののそれすら気付かないほど切羽詰まっている様子で、通りの向こうへと駆けて行った。何だったのだろう。自動ドアが閉まった。


「あ、噂をすれば……」


 そう経たず自動ドアが開き、今度は二人連れの見知らぬ男女が出て、それについて行くように和服姿の女性が一人、静々と出てきた。自動ドアが再び閉まる。


「おかーさーん!」


 少女が和服の女性の方へ駆けていき、ぴょんと跳んで勢いよく抱き着いた。女性は少しよろめいて、あらあらと微笑んでいる。そして俺たちに気付いたのか、ぺこりと軽めの会釈。俺と、恐らく夕陽もそれに倣って会釈を返し、二人の方へと近づいた。


「ごめんなさいね──」「待って」


 何事かを言おうとする女性を、少女が手を挙げ制した。「あらまぁ、どうしたの──」「ストップストップっ。待ってってば。とりあえず口を噤んでて」慌てた様子の少女に再び制され、女性が苦笑いを浮かべて口を閉じた。

 そして少女は俺の方を見、また、じぃっと見つめて。


「お兄ちゃん──私の名前、分かる?」


 その笑みは。

 試すように挑戦的な。

 蔑むように冷笑的な。

 諦めたように自嘲的な。

 どうとでもとれそうな笑みだった。ただ一つ云えるのは、その笑みには純粋な喜びからくる笑顔が一縷も含まれていないということだけ。薄く貼りついた笑顔は、少女の外見に不似合いに映る。そうさせてしまったのは……俺なのだろうか。そんな笑顔を浮かべさせたのは……、


「なーまーえっ」


 黙る俺に焦れたのか、少女が急かす。

 少し色素の薄い金糸のような髪、緑がかった宝石みたいな瞳。その要素を持ち合わせる、この子の名前……何と言ったっけ。忘れては……いない。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……ああ、そうか。


「レナ、だろ」


 少女の名前はレナだ。ほら、忘れていない。


「……!」


 レナの真ん丸の瞳が、更に丸くなった。

 挑戦も冷笑も自嘲も、その表情から消え去った。驚愕、という言葉が相応しいほどに少女はびっくりしている。なにをそんなに驚いているのかは分からない。


「じゃ、じゃあっ──私の探している人、分かる?」


 尋ねる姿には、期待が含まれていた。

 レナの探している人──大切な人。

 大切……少女の幽霊にとっては、母と父、両親だろうか。それとも生前に好きだった子や、優しくしてくれた祖父母や、候補はそれなりに多い。ああいやでも、王子様とこの子は言った。初恋の人か、それか生前のボーイフレンドか誰かか。


「……お友達か」


 王子様という言葉から、男友達だとは思うのだが……。


「……」


 一転、レナの表情が消えた。「そっか」返ってきた言葉はそれだけだった。女性の傍に近寄り、す、とその陰に隠れるように女性の後ろへ回った。


「すみませんねぇ、レナちゃんといっしょにいてくれたのでしょう?」


 会話が打ち切られたと判断したのか、女性がそう言い頭を下げる。


「い、いえ、俺たちも暇してましたので」

「そうです。お礼を言われるほどではありません」


 慌ててこちらも頭を下げる。


花篠はなしの織莉おり、と申します。そういえば私、名乗ってなかった気がしますから」


 花篠。

 聞いたことのある名字だった。幽霊の女性の姓は花篠。幽霊ならば死んでいる。娘を亡くし、心をおかしくした母。妻と娘を亡くし、思い出のペンダントの中で一方的にしか会えなかった男。殺された男。一人目。スーツ姿──いったい誰が殺したか。娘が殺されたから目の前の女性はおかしくなり、レナを殺し、悲劇が連鎖した。ならば、()()()()()()()()()()()()()()

 二つの疑問。答えは二つある。前者は……推測だけがある。そしてそれは最悪な推測だ。後者はちっともだ。

 隠さず言おう。どうせ俺の思考だ。俺しか知り得ない。


 俺は、陽香が花篠了を殺したと疑っている。


 否定しようとするならいくらでもできる。理由なんていくらでも浮かぶ。けれど、否定しようと躍起になる度に、俺の中でその疑いの真実味が増してくる。嫌な推測だと振り払おうとすると、より一層腕に絡みついてくる。陽香ならきっと笑いながら「何言ってんのよ」と言ってくれると思っている傍ら……いつもみたいな笑みで、「「正解だよ」」と……、お……?


 視線。花篠さんの後ろから顔を出し、レナが俺を見つめていた。やはり凝視だった。耳を凝らすも、聞こえない。つい今しがた俺の想像と被さってきた声が聞こえなかった。空耳だったのだろう。幻聴すら聞こえ始めた。ノイズ音がないにも関わらず? いよいよ、危ういのだろうか、俺の頭は……。

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