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金髪少女が人を探していた

 事務所を出て、通りを歩く。

 朝陽ヶ丘通り、車道を挟み、街路樹が並び立ち、御影石の敷き詰まった歩道がずっと向こうまで続く。


「どこか、寄らないといけないところはないのか」

「ん、ないよ。このまま家に帰っちゃお」


 そう夕陽に尋ねたとき、隣に並び歩く彼女の姿を見られず、俺の視線はひたすら前に向いていた。何度見ようと、瞬きをしても目をこすっても首を振っても、何度見たって、何度何度何度見たって彼女の姿は黒かった。ノイズの音は聞こえない。ヂヂ、という音が脳の奥で鳴らない。アレが鳴らなければ、夕陽の姿は元に戻らないというのに、なんでだ。


 道行く人と何度かすれ違った。

 それはスーツ姿で鞄を手に提げた大人の男性であったり、二人連れの女性であったり、見たことも話したこともない俺にとって縁のない人々だった。彼らは無関心に前を向き、あるいは会話し、俺たちを一瞥しようとも、その瞳に驚愕が浮かぶことはなかった。実際彼らは年下の並び歩く少年少女を見ただけで、そしてそれが彼らの現実なのだ。俺の現実とは少しだけ、相が違うのだろう。


「はあ。それにしてもいい天気だわ。外をのんびり歩くのも、たまには良いのかもね」

「はははっ、だな。今日は本当によく晴れている」 


 皮肉なほどだ。

 空ばかりが晴々としている。

 陽光を落とし煌々と現実を輝かせるものだから、より、


「桜利くん、どうしたの?」


 黒が強調される。


「なんでもないよ」


 再び歩き出す。まっすぐ続く歩道の上には、誰の姿もなかった。

 テナント募集中と貼り出された空きビルの前を通り過ぎ、ふと瞬きを一度したとき。


「うあああああああああん」


 すぐ目の前、歩道の真ん中でうずくまって泣きじゃくる金色の髪の少女が──出現した。


「大変だわ。迷子かしら」


 隣の夕陽が、その少女に駆け寄ろうと走り出した時、


「ま、待てっ」


 思わずその腕を掴み止めた。掴んだ腕は真っ黒で、平面だった。掴んだ感触は柔らかく、血が通う人間の温かみがあった。視覚と触覚のズレ。不快感に表情が歪む。


「え、な、なに、どうしたの?」


 戸惑、っているだろう夕陽の言葉。顔は真っ黒だから、どんな表情かは全く分からない。声の調子からそうだろうと推測することしか叶わない。彼女はこれからずっとこうなのだろうか。永続的に影の姿となり、俺だけが彼女の仔細を見られない。どんな表情をしていようと黒く、どんな姿をしていても黒く、笑っても泣いても怒っても悲しんでも黒いままで──「っ……!」


「お、桜利くん……? 何があったの?」

「うあああああああああああああああああああん」


 戸惑う夕陽の声。泣きじゃくる少女の声。耳をつんざくその泣き声、それ以上に俺が叫び出し笑い始めたら、驚いて少女は泣き止むだろうか。見たことのある少女、金色の髪をした幽霊は……


「今はあの子だわ。きっと迷子でしょうから」

「……ああ。そうだな。ごめん」


 夕陽の手を離す。黒い影が微かに歩く動作で、けれども不自然なスライドをしながら少女に近づいて行った。彼女の優しさ溢れる善意の行動は何故あんなに喜劇めいて俺の眼に映るのだろう。それがこれからの俺の現実なのか。


「きみ、大丈夫──」


 夕陽が少女に近づいてそう言いかけ、少女も夕陽に気付いたらしく、目を開けて夕陽の姿を捉え、


「ぴゃっ……!? く、黒いカゲぇ……! うぎゃあああああああああああああ!」


 少女は目を丸くし、信じられないものを見たと尻もちをつき、後じさりし、悲鳴をあげて逃げ出した。()()()()()。今、少女は夕陽を見てそう言った。

 

「え……」


 当の夕陽はぽかんとしていた。慰めようと近づいたら物凄く怯えられて逃げ出されたのだ。そりゃ意味が分からないだろう。分からないということは、怯えられる原因を彼女は認識していないのだ。自らが黒い影になっていることを、夕陽自身は知らない。


「ど、どうして逃げたの……?」


 夕陽の口から出た、恐らく俺に放ったのだろう問いに、


「それはちょっと分からない。とりあえず俺が行ってみるから、ここで待っててほしい」


 金髪の少女はさほど遠くまで逃げていない。走っているようだがそんなに速くない。後ろ姿が疲れているようにも見える。すぐに追いつける。

 

「うん……なら、お願い」


 彼女の言葉を背に、少女へ走り近寄る。

 金色の少女の緑がかった瞳が、怯えたように俺を見──「あ、いつかのお兄ちゃん」と少女は言った。どうやら憶えていたらしい。俺も憶えている。和服姿の女性といっしょにいる光景を何度か見た。そのときの少女だ。首を絞めて殺された少女の幽霊。


「あ、アレ、なに?」


 少女が指す先は、夕陽だ。黒い影だ。


「俺の親友だよ。だから心配いらない。彼女は何も怖くない」

「へー、親友。でも見た目が怖いよ? 心臓止まるかと思ったんだけど。っていうか一回止まっちゃったんじゃないかな」


 饒舌に少女は言う。声は幼いのに、なんだか同年代のような口調だった。大人びている、と言った方が良いのか。さっきまで泣きじゃくっていたのだから何か悲しいことがあったと思うのだが、驚きがそれらを吹き飛ばしたのだろうか。


「安心してくれ。止まったら今会話できていない」

「もうびっくりした……ちょーびっくりした……」


 呟くようにか細く言う少女に、


「泣いてたみたいだけど、どうしたんだい」


 とりあえず訊ねてみる。その為に俺はこの子を追いかけたのだから。

 すると少女は、緑の瞳を二つ、真っ直ぐ真正面から俺を見据え、数秒見続け、おもむろに口を開き、


「大切な人がいなくなっちゃったの」

 

 そう言った。

 言い終えてもなお、少女は俺を見つめている。何かを探るような、反応を窺うような、それでいて──俺の気のせいなのかもしれないが──ほんの少しの憎しみがあるように、感じた。この子は俺を恨んでいるのか。しかしなぜ? けれど、どうして。

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