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『モルスの初恋』

     57


「は……?」


 唐突に告白された桜花の心中や如何に、といったところだった。

 死の発した言葉の意図を、桜花は理解しかねていた。言葉の内容は分かっている。「あなたのことが、好き」という言葉が、相手が自分のことを好いていることの表明だと云うのは理解している。じゃあどうしてそんなことを言ったのか。それが分からない。好きだからか? 告白なのだからそれ以外にないだろう。これっぽっちも好きじゃない相手をその気にさせるような底意地の悪いものだっているにはいるけれど☆ 

 死は、というよりも園田咲良の顔は、紅潮していて、遠泉早紀の腕はもじもじと動いていて、小瀬静葉の胸は相変わらず大きい。嘘を吐いているようには、桜花には見えなかった。


 好きだから好きだと言った、どうしてそんなことを言った? 好きだからだ。ならどうして好きだと目の前の人間? は言った? 好きだからか。ならなぜそんなことを? 好きだからか? 好きだからだな。なんで? どうしてそんなことを言う? 好きだから?


 そんな疑問が桜花の頭で果てなく続いていく。桜花の頭は混乱していた。ある日いきなり家に押し入ってきた包丁を持った強盗に出合い頭に情熱的に抱擁ハグをされたかのような心境だった。まるで意味が分からない。

 

「黒い影じゃ怖かったでしょう?」


 乞う様な瞳で、咲良の口が動く。咲良の喉が震え、咲良の声が発される。


「中途半端に人間だと悍ましかったでしょう? だけどほら、見て。私を見て。人間の私を見て。私、あなたの為に人間の身体を揃えたわ。すごいでしょ? 立派でしょ!」


 一生懸命勉強して高得点を取ったテストを見せるみたいに、満身創痍になりながらも料理の練習をして作った彼の大好きな料理を彼に披露するときのように、努力に裏付けされた自信でもって不安を抑え込み、懇願するように、怯えながらも勇気をもって死は言う。あなたの為に努力をしたの、頑張ったの、だから認めて、私を認めて、私を人間だと認めて。そして応えて、私の想いに答えて、そんな怯えた目をしないで、そんな困惑した表情を浮かべないで、私を世界で一番傷つけられるあなたが、そんな眼をしないで……

「……」

 桜花は無言だった。その双眸からは不快感が滲み出ていた。恐怖が浮かんでいた。それは全く面識のない女子生徒から唐突に好意を吐露され「ずっと見ていた」と言われたときみたいに、これっぽっちも憶えていない異邦めいた女の子から「私はアンタの幼馴染なんだよ。憶えてないの? なんで、どうしてっ」と問い詰められたときみたいに、記憶の中に一かけらも残っていない金髪で緑がかった瞳をした少女から「想い出して。想い出してよ! ねえ、ねえ……! ねえったら!」と幼馴染のみが用いていた呼び名で呼ばれ腕に縋りつかれたときみたいに、困惑と戸惑いと、それでもどうにか相手を理解しようとする微かな甘さが桜花の眼にはあった。

「園田も、小瀬も、近泉も……」

 ぽつ、ぽつと疎らに降り出した雨粒がごとくの間隔で、桜花は言葉を紡ぐ。そして、


「お前が……殺したんだろ」


 答えの出ている問いを、死に訊ねた。

 桜花からの質問、即ちコミュニケーションをとろうとする意思があるということだ。死は舞い上がった。内容とかよく考えずに、舞い上がり昂る気持ちのまま、


「うん……うんうんっ! そうだよ、そーなの、当たりだよオーカっ、だーいせーいかーい♥」


 仕方のないことだ。

 死にとって第一は条理桜花であり、桜花からの愛情を得ることこそ一義的な目的であり、その為には他の命など、些末事に過ぎなかった。桜花への愛情が倫理をひとっとびで超えていた。だからそんなことを言ってしまった。口にしてしまった。

 桜花は目を瞑り首を振り、激情を必死に抑え込みながら、

「好きになるわけ、ないだろ……!」

 それでも漏れ出てくる言葉を、相手に対する明確な否定の台詞を、


「人殺しの、化け物なんかを!」


 吐き出した。吐き出してしまった。血を吐くみたいな苦渋の表情で、喉を振り絞るような苦しさを伴って──条理桜花は、死から向けられる好意を拒絶した。 

 ということは、つまり。


 死の初恋は実らなかった。


「オーカ……」

 ああ……ほんとのほんとに可哀そう。

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