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放課後のカップル

「あはっ……! あははははははっ! あは、はふ、えひっ、えひひっ……! もーやめてよ、変な笑い方になっちゃったじゃんかー!」


 すこぶる機嫌良さそうに玲那が笑い、クラスメイトの女子と会話している。何かとんでもなく愉快で痛快なことでもあったのだろうけれど、俺は遠巻きにしか見ることができない。


「クノキくん、玲那ちゃんのこと好きなの?」


 玲那を見ていたら、右隣からストレートを喰らった。

 ミツキさんである。にこにこな表情で俺を見ている。 


「……どうしてそう思うんだ?」

「だっていつも見てるでしょ」


 いつも見てるでしょ、と言われるほどいつも見てるのか、俺。


「いつも?」

「うん。いつも見てるよー」


 いつも見てるらしい。


「……そんなに?」

「そんなに、だねえ」

「マジかー……」

「マジなんだよー」


 意識していなかった。我がことながら気づいていなかった。

 俺は玲那の姿を目で追っていたのか、知らず知らずに。……なんだ、ぞっこんじゃないか。玲那には『本命さん』がいるっていうのにさ。


「?」


 お友達と会話していた玲那が、視線に気づいたのか視界に入ったのかしたのか、俺の方をちらりと向いた。すると途端に、にこりと花の咲くような笑みを向けてきて、手まで振った。

 テンパり、戸惑いつつも、なんとか俺も手を振り返す。「ふふふっ」と玲那は一層機嫌よく笑い、怪訝そうにしているお友達との会話へと戻った。「どうしたのよレナ」「んーん、なんでもないよ」そんな会話が聞こえてきた。


「玲那ちゃんの笑顔ってお日様みたいだよねえ」


 ほお、と感心したようにミツキさんが言う。


「だな」

「やっぱり大好きでしょ、クノキくん、玲那ちゃんのこと」


 そんな風にミツキさんが言う。からかうように朗らかな声色だった。


「好きかもしれないな」


 斜に構えた返事をしつつも、俺はしっかりと自覚した。俺は玲那のことが好きなのだ。薄々と生じていたその感情は、きっとこの前のあのキスで、決定的になってしまった。

 なんてことだろうか、そんなつもりじゃなかったのにな……。

 そう思う。『モルスの初恋』を読み終わることで、彼女がその……なんだか自分の頭の中で考えるのも今さら恥ずかしいのだが、身体を許してくれるというか、ヤらせてくれると言い、その言葉に対する衝撃と、もともと綺麗で異邦めいた彼女の容姿とかそういう色々がごちゃごちゃになって、なんか、好きになってしまったようだ。

 恋とかそういうのはよく分からない。気になる人はいたにはいたが、彼女なんていない十六年を過ごしてきた俺には、玲那の考えることがよく分からない。本命がいるのに俺にちょっかいをかけるなんて、いったい何を考えているのか……一回、聞いてみるかな、そこのところ。


    ◇ 


「映画でも見ない?」


 放課後、玲那が言う。帰り支度をし、いざモヒカンと共に教室を出ようとしていた時のことだった。教室内にはまだ人が残っていて、各々の放課後を過ごしている。


「今からか」

「うん。少し遠いけど、今からなら十分バスで行けるでしょ。あそこのショッピングモールのとこのシネコンっ。月ヶ峰のに比べたらちょっとちっちゃいけどね」

「あそこか……」


 歩いて行くには遠い。まあ玲那の言う通り、バスに乗ればすぐに着けるが。

 そんな俺たち二人の会話を、モヒカンが気まずそうに手持ち無沙汰の様子で聞いている。俺帰ってもいいか、とその表情は言っているようにも見えた。


「モヒ、悪いけどさ」

「あーいいぜ、いいってことよ。分かってる。俺は分かってるぜえ、オウちゃん」


 合点承知とばかりに俺の肩にぽんと手を置くと、


「頑張れ、若者よ」

「お前俺と同い年だろ」

「はははっ、せいぜい爆発しやがれってんだ」


 そんなことを言うと後ろ姿で手だけを振り、教室を出て行った。見れば、他のクラスメイト達の姿もいつの間にかなくなっている。皆、出て行ってしまった。


「あはは……モヒくんに気遣わせちゃったかな。謝っとかなきゃだね」

「別にいっしょに観に行きゃ良いのにな」


 三人で映画を観ちゃだめってことはないだろうし。

 俺がそう言うと、玲那は「あー」と責めるような目で俺を見てきた。


「それを言っちゃうのはダメだなー、クノキくんはぁ」

「ダメって、なんで」

「モヒくんにも、私にもっ。ダメだよそれー」


 ぷく、と頬を膨らませている。怒ってますというのを前面に押し出され、困惑した。


「モヒくんは察してくれたんだけどなー、アンタは察してくれないみたいだなー、あーあ、かなしーなー」

「な、なにが……なにがだよ」

  

 拗ねて、責めてくる。

 俺はその理由が分からない。ああいや、まるきり全然何も浮かばないわけじゃない。そうじゃないかというものは一つあるが、さすがに違うだろと却下しているだけ。


「私は、二人きりがいい」


 すると、玲那がその却下している可能性そのままを言ってきた。


「んな……」

「はあ、察しわる」

「し、仕方ないだろそんな……だって玲那、お前だって本命がいるのにこんな俺を誘ったりなんか、それにキスだって……!」


 戸惑いは妙な焦燥を呼び、焦りながらも玲那に言った。思考のブレーキがかからず、思ったままを、口に出してしまった。


「本命に悪いと思わないのかよ」

「ないかな」


 即答だった。

 彼女の表情と口調から一切の人間味が消え失せていた。

 まるで俺の言葉、詰問のように強い口調だった俺の言葉が、玲那の感情のスイッチを一瞬にしてオフにしてしまったかのように、そこには拗ねも怒りもなく、喜びも悲しみもない、なにもない表情。ぽっかりと空いた木の洞のような、空虚な顔。


「行こうよ、バス出てっちゃうよ」

 

 何かを言うことができずにいた俺へ、再び表情に人間さを纏わせた玲那が言う。「あ、それとアンタ、『モルスの初恋』はあとどれくらい?」


 取って付けたような唐突さで、玲那が言う。


「も、もうすぐ、だな。明後日、明々後日、遅くとも今週の日曜ぐらいには読み終わりそうだ」

「へー、いいじゃん」


 その会話はそれで終わり、俺たちはそそくさと校舎を出、学校を後にした。

 夕陽が、西の方で血のような色合いで傾ぎ、沈んでいた。

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