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彼女は答えた

 陽香は抱きつき離れない。強く強く俺を抱き締めている。喜びの強さを全身で表そうとしているかのように、固く、腕を回している。回し、歌う様な抑揚で喜びを口にし続ける。


「実は私ね、てっきりオーリはユーヒの方が好きだって言うかと思ってたのよ。だから怖かったの、聞くのが怖かったの。でも聞かなければ答えは得られないでしょ、答えを聞きたいけど聞くのが怖いけど聞くしかなかった」

「あはは、分かるよ。そういうことあるよな」

「でしょー! それで聞いた結果が今の私の喜びに繋がってる! きーてよかったほんとーに!」


 聞くのが怖い。けど聞かなければ答えは得られない。……ああ本当に、本当にとてもよく分かる恐怖心だ。怖いよな、聞くのが本当に、怖いんだ……。


「陽香、まだ質問があるんだけどさ」

「え、なになに」

「悪いが、少し離れてくれると助かる。いつまでも抱き締められていたら話しづらい」

「えー? このままじゃだめ? ダメなの?」

「……ごめん」

「しっかたないわね、オーリの頼みだから聞くんだからね」


 素直に陽香は離れてくれた。相変わらずの喜色満面の笑みだった。

 これを聞いた結果、俺の場合は何に繋がるのだろう。安堵か、それか……


「最初に殺された、四丁目公園の花篠さん、いただろ」

「花篠さん……」

「ほら、お前と俺が夜中に帰っていた時、探し物をしていた大人の男性だよ。ロケットペンダントを探していた、スーツを着ていた、男の人」

「うんうん。いたわね。あの四つん這いだったぱっと見は怪しかった男の人でしょ」


 頷く陽香の顔からは、まだ笑みが消えない。……なんだ、俺は彼女の笑みが消えるような質問をする前提で話しているのか。違っていれば、陽香は「何言ってるの頭大丈夫?」と笑って返してくるだろうに、どうして俺の想像の中で陽香は、ずっと無表情でいるんだ。それじゃあまるで、俺のした質問がその答えが真実だと俺自身が確信しているみたいじゃないか。


「……オーリ、どしたの? 続きは言わないの?」

「陽香、俺は生きているか」

「はー? ほんとにどしたの、いきなりそんな質問したりして」

「……俺は、殺されたりしていないか」


 そうじゃないか。そうじゃないか。俺が生きている限り、俺が殺された事実は存在しない。だから前提は狂い、質問そのものが消滅する。そしてそっちの方が遥かに正しく見える。俺が死人でない限りは事実なのだから。なのに、どうして俺は……()()()()()()()()


「ふーん。本当にどーしたのよオーリ。そんな当然のことを改まって聞いたりなんかしちゃって」


 怪訝な表情を陽香は浮かべている。いつもの訝しがるような顔。まるで俺が妙な質問をしているかのようだ。陽香はいつも通りの姿だ。


「花篠さんを、あの人を……」


 発する前から分かっていた。理解していた。

 この問いが、きっと何かを壊してしまう問いだってことは。罅が入り続けていたソレの崩壊を確定させる問いだってことは、



「殺したの──お前か?」



 俺ははっきりと、分かっていたんだよ。

 あの夜の陽香の行動。次の日の熱……たったそれだけの理由だ。あの夜、陽香はすぐに帰った。宿題をしなければ、と言っていたように思う。熱を出した日の朝も、死んだ方が良い人間がいるかどうか、そんな珍しい質問があった。その日、花篠さんは死んでいた。殺されていた。その後のあの、よく分からない質問と答えだって……疑わしくは、あった。

 それでも俺は心のどこかで願っていた。

 違う、と言ってくれ。何を言ってるの、と怪しいものを見るみたいに目を細めてくれ、とそう考えていた。俺の突拍子のない憶測だと鼻で笑い飛ばしてほしかった。「私を殺人犯と思うだなんてオーリ、ひどすぎるでしょ」と怒ってほしかった。そうすれば俺も笑えた。笑って謝ることができた。それで終わりだった。そこからは何もないはずだった。俺が幼馴染は殺人犯でないという真実を得て終わるだけだった。


「……」


 陽香は暫し黙り、無表情に俺を見つめていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……、」


 やがて口が動き始める。発される音は、それこそさっき喜んでいた以上の感情でもって歌を歌っているかのような抑揚を持っている。

 彼女の口がぽっかりと開けられ、「だ」

 そのまん丸の眼が細められ、「い」

 満面の笑みが湛えられる。「せ」

 口の端を真横に引き伸ばし、「い」

 上機嫌に楽しげに、「かー」

 彼女はそう答えた。「いっ♥」


 大正解、と彼女は言った。

 正しいのだと、認めたのだ。

 俺の考えていることが真実だと決定された。

 ()()()()()()()()()()()()()という推測が事実であることを今俺は知ってしまった。

 ノイズは挟まれなかった。挟まれていれば俺はそれがただの幻聴だったと思うことができたのに、それすら許されずに、真実は真実だと確定した。


「そっか。お前が殺したんだな」

「うんっ」


 その「うん」は、楽しそうな首肯は、もうどうしようもないほどにダメ押しだった。

 そしてもう一つ、俺は頭に浮かんでいる。陽香が花篠さんを殺したという事実が分かった今、その理由だ。


 大好きな人を、殺された。


 もちろんこれが、陽香なりの比喩だったということもできる。その時の質問は陽香当人にとって何ら関係ない、全然別の、質問するうえで必要だっただけの創作上の殺人犯だった可能性だってある……だから何だ。わざわざ蓋然性の低い推測に縋って何になるというんだ。


 ……。

 陽香にとっての大好きな人は、俺だ。

 陽香は『大好きな人を殺された』から、花篠さんを殺した。

 花篠さんが殺されているのだから、陽香にとっての大好きな人は殺されている。

 ……ああ、おかしい。決定的におかしなことが一つ生じてしまっている。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 





    ヂ。

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