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三人で会話した

 朝陽ヶ……メメント森までやって来た。

 相変わらず警察はいない。もうここで得られるものはなにもないのだと早々に断定し、メメント森の四阿周辺の捜査を打ち切ったのだろうか。いないのだからその可能性もある。俺の知らないだけで、何か込み入った事情が生じたことだって考えられる。つまりこの思考は不毛だ、実りのない、俺の知らない範囲を考えても仕様がない。断ち切ろう。


「……いないな」


 周囲をぐるりと見渡すも、それらしき人影はいなかった。着物姿であろうため目立つはずなのだが……、やはりいない。


「……」


 遠くを眺めまわして、気付くとすぐ傍にレナが立っていた。じーっと俺を見上げている。金の御髪が太陽光に煌めき、鮮やかに目に映える。


「じー……」


 凝視を口に出しつつ、レナはやはり俺を見上げる。ぱっちりとした瞳は、ひとときも俺から視線を外そうとしない。少しは外してもいいのに、と苦笑が心の中で行われた。視線を外す時間を惜しむほど、俺は物珍しくも大したものでもない。


「どうしたんだい?」

「……オーちゃんは、キスってしたことある?」


 ……。レナ。やはりこの子はませている。


「……ないな」

「あのお姉ちゃんとは」


 そうレナが指すのは、陽香である。少し離れたところで、手庇をして周囲をぐるんぐるんと見回している。動きが激しい。


「ないよ」

「あのお姉ちゃん、オーちゃんのこととんでもなく好きだよ。したらきっと喜ぶんじゃない?」

「ははは、喜んでくれるんだろうか」

「きっと喜ぶよ!」


 興奮した様子で、レナが言う。年齢をさほど重ねてなくとも、色恋沙汰には興味津々なのだろう。「しちゃいなよキス、いまっ」そんなことまで言ってくる。


「なになに? なんのはなしー?」


 俺とレナの会話を見、陽香が走り寄ってきた。ぴょいんぴょいんとご機嫌な様子で彼女のサイドテールが揺れた。


「オーちゃんがキスするって」


 レナが言う。それに俺が言葉を挟むよりも早く、


「はー? 誰となのよ」


 そう、陽香。「お姉ちゃん」レナ。その小さな人差し指が、陽香へ向けられている。待って。


「ふ、ふーん? キスを、私に?」


 たじろぐ陽香。目は泳ぎ、頬は紅い。少しく視線を彷徨わせたあと、「まあ、良いんじゃないの」としおらしげに上目遣い。「でも」そう、すぐに陽香は言葉を継いだ。


「今はダメ。ごめんねオーリ、レナちゃんも……私的にはもっとこう、良いカンジのムードのときが良いわ。公園の中、ちっちゃい女の子に促されてキスっていうのはね、どーもねー……」


 首を振る。やれやれ、といった風だ。


「……そうだな。雰囲気は、大事なんだろうな」


 そう口にしたのは、それが逃げ道だったからだ。


「残念でしたねー、オーリっ」


 うひひ、と笑うと陽香がつんと俺の肩をつついた。


「えー? こーこーせいなんだからキスのひとつやふたつしとかなきゃー」


 レナが不満げだ。


「いいのよ、レナちゃん。することは確定だから」


 言いつつも、陽香の視線は横を──すなわち俺に向いている。することは確定なのか……。


「私はあるのに」


 ぽつっと出てきたレナのひとことに、俺も陽香も「え?」と驚かされた。


「あ、あるって、キスのこと?」

「うん」

「お母さんやお父さんとじゃなくて?」

「うん」

「ほっぺたやおでことかでもなくて?」

「うん。くちびる。てつの味がした」

「ケガしてたの?」

「そんなところ」 


 あわわ、と陽香が手を口の前に。「先越されてたわ……」と呆気に取られている。俺も同じだ。ある。あるのか。目の前の金髪少女は、見た限りだとまだ小学生ぐらい。


「進んでるわ……」

「進んでるな……」


 陽香と二人して、年下の少女の進み具合に戦慄するほかなかった。

 レナは勝ち誇ったような笑みを、主に陽香の方へ向けると……俺をちらりと盗み見るように一瞥し、またすぐに逸らした。そして辺りを見回し、


「お母さん、ここにもいないのかな」


 そう言った。


「廃墟の方へ行ってしまったのかしら」


 森に行き、更には廃墟の方へと、目の前の少女の母親役である幽霊は行ってしまった。


 ──でもそれは何のために?


 なにか、幽霊にしかあずかり知らないのっぴきならない事情でもあるのだろうか。


「もうすぐ陽が暮れちゃうのに」


 心配そうにレナは言う。


「昼にもなってないんだ、まだ時間は大丈夫だよ」


 不安を和らげようと俺がそう言うと、


「ううん。もうすぐ、陽が暮れ始めるよ」


 そんな言葉が、レナから返ってきた。心配そうな表情は消え失せ、少女の顔には薄笑いが貼りついている。見た目に似つかわしくない、大人びた……多少、不気味さを思わせる笑顔だった。出会って間もなかった頃の夕陽の笑みに抱いた印象に近い。


「陽が暮れるって、それはどういう」


 言いかけると、腕をぐいと引っ張られる。陽香だった。


「なんだか私、とても心配だわ。廃墟の方まで行ってみましょ」


 彼女の口から発される言葉には、当然のように不安の表情が伴っていた。九割九分、母親の幽霊の行方に対する不安、少女の幽霊の孤独に対する憐憫が含まれている。しかし、陽香の表情の残りの一分は……


「行きましょ?」


 再び訊ねられる。


「ああ。行こうか。動かなきゃ見つけられないものな」


 微かに、ほんとうに小さな……悦びが見えた。口の端のつり上がり具合がそう見えたのかもしれない、目尻の落ち具合がそう思わせたのかもしれない……結局のところ、はっきりとしない直感だ。

 ノイズの狭間に見た陽香のあの悦びの表情を、引きずってしまっている。あれは紛れもなく、俺の死を歓喜する者の笑みだった。……ああ、ダメだ。疑い深くなってしまっている。俺は陽香を疑ってしまっている。

 ……そもそもの陽香への疑いの根は、一番最初の殺人にあるのだ。


 夕陽を校舎案内した日の夜、公園で出会った家族の思い出を探し続けるスーツ姿の男性──名は聞かなかったが、後日に俺は新聞とニュースからその名を知った──と俺と陽香は出会い、別れたその日に、彼は殺された。何者かに……いいや、こう言おう。もう、こう言ってしまったほうが良い。


 ──未知戸陽香が、花篠了を殺した。

 

 俺はそう、疑ってかかっている。陽香の言動からの……これはきっと、憶測だ。

 陽香への疑念を晴らすには、まずはそこを拭い取らなければならない。

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