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仲睦まじいカップル

 太陽が眩しい。

 今のまま、木陰のベンチでずっと座っていたい。気怠い。心も、身体も。俺と世界との間に膜がかかってしまっているみたいに、遠い。遠い遠い遠い。ズレてしまっているかのようだ。現実と俺がズレていって……そしたら一体何になるのだろう。考え定まらず。あー、このまま休んでいたい。

 

「さーて早速ですがアンタに質問でーすっ」


 だが、隣ではしゃぐ彼女がそうはさせてくれないようである。元気なものだ。その元気っぷりすら、今の俺には膜の向こう。


「難しいのか?」

「ん、すっごく難しいよ」


 にまにまと、ハイテンションに玲那は言う。「アンタに答えられるかなー?」と挑発するように口の端を吊り上げた。白い歯が見えた。


「答えてみせる」

「おー、威勢がいいねー。ならなら、言いますっ──」


 玲那は人差し指を一本立てると、その指を自らの胸に、心臓がある向かって右側に突き刺すように突き立てた。彼女のそこそこに大きな胸が少しだけ潰れた。そんなよく分からない動作をして、そしてひとこと、彼女は問う。


「真実とは何処にあるでしょーか?」


 真実。何処。真実? 何処? 

 いや、分からん。なにそれ。漠然とし過ぎている。


「やっぱりアンタじゃ分からないかなー?」

「それ、分かる人いる? そもそも答えとかあるのか」


 俺が訊ねると、玲那は「あるある」と笑う。やはり彼女は笑う。愉快で愉快で仕方がないのだ。何かが。


「分かる人はいるし、答えもきちんとあるよー? それに答えといっても複数の答えがありますよーってなのじゃなくて、しっかりと一つだけの答えがねっ☆」

「……適当に答え言っていい?」

「ん、いいよ。言ってみてご覧なさいな。アンタの間違いを私に聞かせて」


 適当。思い浮かんだ単語をただ、一つだけ。


「巻末だ」


 巻末にこそ真実はある。つまりは答えだ。そしてそれは終わりにこそ答えはある。何だってそうだ。本だって、問題集だって、教科書だって、結末にこそ真実ありき。


「え、違う」


 違った。


「本当の答えは何になるんだよ」

「ん。教えません」


 にんまりと玲那は言う。嬉しそうだ。俺が間違えたのを確実に喜んでいらっしゃる。


「教えないって……聞いといてそりゃないだろ」

「あはは。そこはごめんね。ま、いつ何時だって何回だって答えていいよ。そのうち答えに当たるかもだから」


 困ったような笑みで言う玲那へ、


「お前の本命なら答えられるのか」


 俺はそう聞いた。イヤな訊ね方だと、我ながら思う。嫉妬が混じっているのは実感している。彼女が真実に好きであろう相手への苛立ちだ。苛立つほどに俺は玲那を好いているのか。独占したいと考え始めているのか。

 すると、玲那は一瞬固まったあと、


「ん。そだね」


 とだけ。意図のしれない、淡々とした答え方だった。


「……そうかい」


 そこから言葉を続けられず、俺は無言で足元を見た。此処は何処だろうと一瞬思ってしまった。すぐに分かった。ここは公園だ。メメント森手前広場の四阿の中。デートの続きのその途中。


「あれ? あれあれ? もしかしてクノキくんってば、ヤいてる?」


 からかう様な調子で、抑揚豊かに玲那が身体を俺に寄せる。近い。


「……ヤいてない」

「あははっ。嘘ばっかりー。私が本命くんのことに触れた途端にちょっと不機嫌になったでしょ。分かるんだよ、女の子はそーいうのってー。あ、この人今ヤいてるんだって。かわいーからもっとヤかせてやろーって」

「……はあ。ひどいヤツだな」

「ひどいヤツでしょ、私」


 あははっ、と玲那は快活に笑う。彼女の笑みにつられて俺も笑ってしまう。


「そうだよ。妬いたよ。なんで玲那が好きなのは俺じゃないんだろうってなったんだ」


 そして、認めた。


「素直でよろしい。でも、少し悪い気持ちもあるし……そだ、カップルらしいこと、ひとつ私にしていいよ」

「え……?」

「え、じゃないってば。ちゃんと聞きなさいよ」

「い、いや、聞いたうえでよく分からなかったんだよ」


 カップルらしいこと。ひとつ。していい。


「カップルだよ。カップルカップル。アベック……は古いわね。ま、これするとカップルっぽいなーってことを一つしていいってこと」


 玲那は俺を直視し、婀娜あだとすら見える笑みで、「さ、なんにする?」と言う。唇が蠱惑的に動き、目は細められている。白く細い手が見え、スカートからは太ももが見える。引き締まった身体、主張する胸部……「あ、でも。TPOはわきまえること。今は昼、ここは公園、周囲にはお散歩中のお方々」注意された。


「わ、分かってるよ」

「ほんとに分かってたぁ?」


 からかわれる。「女の子ってそういう視線、よく分かってるのよ」重々承知しました。


「ぐ……」


 カップルらしいこと。

 かっぷるらしいこと?


「決まらないのー? なら私が決めちゃうよー?」


 玲那が言ってくる。もう彼女に任せてしまおうかと思う。だって何も浮かばないんだもの。


「お願いします」


 任せた。


「潔いわね。なら、────」


 俺の両肩に手を置き、急に玲那の顔が迫ってき──「っ!?」そして離れゆく。一瞬だった。いや、……へ? ……は? 今の、今のは……。


「ほら、公園でキスって、いかにも仲睦まじいカップルらしいでしょ」


 そう言うと、少しだけ頬を紅くしているような気がする玲那が「えひひ」といつものヘンな笑みを浮かべた。

 ……キスされたわ。しかも口に。一瞬だったけど。 


「あ、ありがとう……?」

「ぶっ。なんでお礼言うのよっ」


 吹き出された。


「まあ、その、ね……アンタの初めてが私になっちゃったけど、それはごめんね。もしイヤだったなら今言っておいて。受け付けないけどね」

「受け付けないのかよ」

「言うつもりだったの?」

「いや、言わないけど……」


 実感が伴いつつある。キスした。したのか俺。


「なら、いいでしょ」


 と玲那はやはり笑った。まるで照れているかのような、朗らかな笑みだった。

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