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アベックと会話した

「陽香ちゃん達は、どんな用事でここに来たの?」

「えっとね、買い物という名目でオーリがデートしたいって物申してきたから、仰せのままにってところなのよ」


 歩道の隅で美月さんと陽香がそんな何気ない会話を交わす傍ら、俺は久山と佇んでいた。歩行者はいない。車が一台、緩やかに車道を過ぎ去っていった。


「……美月さんのこと、好きなのか」


 視線は去っていく車の後姿を見たまま、どストレートな質問を久山に投げかける。


「……違うといっても嘘だってバレバレだから言うけど、好きだよ」

「そっか……頑張れよ。俺からはお似合いに見える。お世辞抜きにな」

「久之木くんこそさ、お似合いだよ」


 久山の言葉に、はは、と笑みで返した。お似合いのように見えるのなら、実際お似合いなのかもしれない、とそんな主体なき考えを浮かべつつ。


「ゆーふぉー? ゆーふぉーなら私とオーリもついさっき見たわ」


 美月さんと会話していた陽香がそう言い、「ね?」と俺を向く。「見たよ」と頷いた。


「ほんとぉ!?」


 美月さんの目が輝き始める。期待と歓喜に満ち満ちた瞳が俺と陽香を交互に見た。


「どんな形だった? 私が見たのはアダムスキー型だったけど、久之木くんたちはどんな形を見たの?」

「形はよく見えなかった。黒い豆粒が青空をバックに横切って行ったの。私の気のせいかと思ったけど、オーリも見たから本当よ。でしょ?」

「ああ。俺も見た。黒の楕円を横に倒したみたいなのをな」

「そう……! そうなんだね、ならやっぱりここであたしが見たのと同じかも。同じ型式なのかもっ」


 両の手で作った握りこぶしを身体の前に、身を乗り出して美月さんは喋る。青空の更に上方、オゾン層を抜けた先の宇宙に想いを馳せる彼女にとって、UFOの実在が如何に日常を彩るのかを如実に語っている。


「もっかい見たいなぁと思ってたんだっ。そしたら英明くんもいっしょに探してくれるってことで、こうやって歩いてたんだけど、久之木くんと陽香ちゃんが先に見つけてくれたんだね」


 自分が見つけたわけでなくとも満足そうに美月さんはうんうんと頷く。我が目で見なくとも良いのだ。自分ではなくとも、誰かが目にしたのならそれは実在である、ということ。美月さんは"自分が見る"ではなく"それが存在している"ことを望んでいる。行為ではなく事実を重視している。あればいいのだ、という心境だ。たぶん、きっとそう。


「ん? んー……!」


 すると唐突に、美月さんが頭に感嘆符を浮かべたがごとくに目を見開き、視線を下に向け、自らの頭に手を置いて唸り始めた。一休さんがとんちをきかせ始めたみたいな所作だ。


「どうしたの?」


 陽香が問う。久山は口を開きかけていた。一歩遅かったようだ。


「なにか、良い案が出てきたかもーって……! よしっ!」


 気合を入れてバッと顔を上げると、「英明くん」と美月さんが久山に呼びかける。


「な、なに? どうしたの?」

「執筆の続きといきます!」

「え、え?」


 戸惑う久山の腕を握り、美月さんは「ごめんねー、今日はこれで」と足早に去ろうと──し、ぴたと立ち止まると、すたすたと俺と陽香の前までやって来て、


「久之木くんも、陽香ちゃんも。一人でいちゃいけないよ。絶対いけないからね」


 そんなことを言う。


「1足す1は2、だからね。あ、でも、二人も……三人もあんまりかな。四人……とにかく人はいっぱいいた方が安全だよ」


 奇しくもついさっき尋ねられた稲達さんの問いの答えと共に、妙に歯切れ悪く美月さんは言う。その様子と、その言葉の内容……俺には、覚えがある。四人いれば安全。そう書かれた紙片を持っている。誰が出したのか知れない紙切れを……美月さんが俺の眼を見ていた。


「もちろんそうするわ」


 微笑み、陽香が答えた。「だな」と俺も頷くと、美月さんはホッとしたような表情を浮かべ、それじゃと改めて別れの挨拶を交わす。少し遠くで手持ち無沙汰に佇んでいる久山にも手を振った。美月さんは久山のところまで行くと、その手を握り──久山はドギマギしているのが遠目に丸分かりの様子だった──二人して歩き去って行った。


「……」


 視線を感じ、見れば陽香が俺の方を見ていた。いつの間に離れたのやら、斜め前方から俺をじっと見つめている。目が合うと、にこりと目を細められた。


「ね、オーリ──私たちは今、二人いるわよね?」


 陽香に問われる。なんということはない、いつも通りの表情、いつも通りの声だ。いつも通りの彼女が……いつもとは少し違う質問を行った。それだけのこと。それだけのこヂと 「 ひひ」 ヂヂ。彼女はさきほどの美月さんの言葉に触れていない。どうでもいいことだと流したのだろうか。流したのだろうな。きっとそうだ。

 

「二人だな。どうした、俺の背後に誰か立ってたりするのか」

「ううん。もう立ってない」


 首を横に振り、陽香が言う。口の端が微妙に吊り上がっている。笑っている。そしてその視線は何故だか俺を通り越しているように見える。俺の背後を、見ているかのような。


()()?」

「うん。五秒ぐらい前にはいたのだけれどね」

「……振り向けないんだが」

「大丈夫だいじょーぶ。いいから振り向いてみなさいよ」


 言われ、恐る恐る背後を振り返る。視線の先、通りの奥まで人はいなかった。そして……、


「こんにちはー! おにーちゃんたち!」


 視界の下から、そんな元気な声。いやまあ、俺の視野の下の部分に微妙に映ってるんだけどさ、金色の頭頂部が。

 見下ろすと、俺を見上げるぱっちりとして緑がかった瞳と、無邪気そうに開いた小さな口があった。俺はこの子を知っている。


「……こんにちは。可愛らしいお嬢さん」


 少女は「こんにちは!」ともう一度元気な挨拶をすると、とんとんとステップを踏むように俺の横を通り過ぎて陽香の隣に並んだ。

 金色の髪をした少女の──幽霊だ。

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