アベックとはちあわせた
相変わらず晴れている。
「こうまでいい天気だと、自然となにか良いことがあるかもーってなるわね」
快晴を仰ぐ陽香から、横目に尋ねられる。手は変わらず繋いでいる。
「あるといいんだがな」
「あるわよ、きっとー。幸せは歩いてこないわ、いつの間にか背後に潜んでいるものなのよ」
ふふ、と陽香が微笑んだ。
「できれば正面から来てほしいな」
「どーかんだわ。自分で言っておきながら何だけど」
再び空を仰いだ陽香に倣い、俺もまた、天を仰いだ。青い。眩い。痛みを錯覚するぐらいには、空の晴色は今の俺にとって程遠い。心が晴れない。晴れないのだ。生命の象徴たる太陽が降り注がせる光が、俺にはどうしても受け容れられない。間違っている。間違ってはいない。
「オーリ、怖い顔してる」
そんなことを言われ、歩みを止める。手を離された感触がした。横を見る。陽香が俺を見ていた。数歩下がり、不安そうな視線だ。悲しみに塗り固められた目だ。さきほどまで機嫌のよかった彼女を台無しにしてしまった。俺という人間は実に愚かなものであるらしい。
「……そうか」
「ええ。空を仰ぎながら憎々しげに歯噛みしていたわ」
「気づかなかったよ」
「……無理もない、ことなんだろうけどね。いろいろあったんだし」
そう言うと、陽香は黙り込んだ。俺たちは無言で、足だけは進める。着々と目的のスーパーへ近付いてはいる。
上機嫌だった陽香の視線は、心なしか先ほどよりも地に向いている。いや、気のせいじゃない。気のせいだと自分を誤魔化そうとするな。俺のせいだ。俺のせいで陽香は落ち込むことになった。そんな彼女に対して、無言でい続けてはいけない。
「そういえば、美月さんが言ってたんだけどさ」
口を開く。しょげてしまった彼女と何気ない会話を行おうとして、
「他の女の子の名前出さないでよ」
にべもなかった。ちょっと予想してなかった。いや、陽香らしくはあるんだけど、なんか、場の雰囲気的な、そういう感じで普通に会話につながると思ってたから……
「おう……」
少し返答に詰まり、そんな返ししかできなかった。
すると、「ふ──あははっ」陽香が笑う。
「じょーだんだよ、オーリ。ちょっとイジワルしたくなったの」
「そっか……陽香なら言いそうだったから」
言いそうっていうか、言ったことあるんじゃないかとも思う。ないかもしれない。
「言いそうって、オーリにとっての私ってそんなイメージなの?」
「うん」
「心外だわ……」
うう、と陽香は明らかに演技だと分かるほどにあからさまに泣き真似をした。
「悪いな。少し正直すぎた」
「もう。事実はときに人を傷つけるのよ──ふふ」
口をへの字にしたものの、すぐに陽香は破顔した。
「それで、ミツキさん──ミウでしょ。ミウはなんていったの?」
「この通りでUFOを見たんだってさ」
「……ゆーふぉー? え、ほんとに?」
「飛んでたらしいぞ」
「どの辺りを?」
「さあ。あの辺りじゃないか」
そう言い、空の適当なところを指さした。
陽香が俺の指す先を見る。俺も見た。青い空が広がっていた。どこまでも青く、からりと澄んでいる空が──す、と黒の楕円を横倒しにしたような豆粒が横切って消え去っていった空が──広が……て……
「……」
「……」
間が訪れた。
「……ゆーふぉーって本当にいると思う?」
「分からない。実際目の当たりにすれば、いるんじゃないかと思うんだろう」
今のように。
「今みたいに?」
「ああ」
「やっぱりオーリも見た?」
「見た」
「あれ、ゆーふぉー?」
「かもしれない。陽香も見たってことは、俺の見た幻じゃないようだからなあ……」
「……もしかして私たち、ものすごいのを見たのかしら」
「だな」
「ほほー……」
「……」
無言である。ただ、さっきの無言とは質の違う、あまりの衝撃に言葉が飛んでの無言だった。UFO見ちゃったよ。半信半疑だったのに。あれも異常の一環なのか。いやでも、陽香も見ている……
「写真撮っとけば良かったわ。確か探偵さんの事務所に飾ってあったし、あれを借りとけばよかった」
うわごとのように、陽香がそう呟いた。どうやらまだ実感が追い付いていない様子。
──と、そのときに、
「く、久之木くんに、未知戸さん……!?」
前方からそんな驚きの声。見れば、声の通りに驚いている眼鏡姿の男子と、「あー久之木くんだ、陽香ちゃんもおはよー」とのんびり挨拶してくる女子の二人がいた。どちらも私服姿だ。少し気合が入っている感じがする。特に眼鏡の──久山の方。
「あ、ミウにエーメ―じゃないの。おはよー」
「おはよう」
そう返すと、相手方の反応を待たず、即座に陽香が動いた。早い。
「なに、デート? デートでしょ? そうなんでしょ?」
楽しそうに、実に楽しそうに、久山と美月さんに近寄り、そんなことを尋ねる。後ろ姿しか見えないが、愉快そうに揺れるサイドテールからして、にやついているのは確実だろう。
「い、いやデートとかそんな……それに僕エーメ―じゃなくてヒデアキだってば」
「えへへぇ」
二者二様の表情だった。久山は戸惑い照れて訂正し、美月さんはほにゃっとした笑顔を浮かべている。幸せそうにも見える。好き合う者同士、となるのだろうから当然か。
「陽香ちゃん達もデート?」
も、ということは、やはり久山と美月さんもデートなのだ。……今、無意識に使ったな、俺。
「当然でしょ。私とオーリが二人でいるときは何処だろうとデートスポットなのよ。たとえ下水道だったり廃墟の中だったりしてもね」
そう、陽香はとん、とんと俺の方まで戻ってきて、腕をひっつかんだ。
「相変わらず仲良いねぇ」
美月さんから、そんなお言葉。
「でしょー? んふふー」
陽香はにこやかにそう返し、ちらと俺を見た。「オーリだって……」伺うような陽香の視線に、俺は口の端を歪めて頷く。縦に振るのだから肯定の意だ。陽香の表情がぱああと更に明るくなった。
「そーいうことよ!」
「そういうことなんだね」
ぴしゃりと上機嫌に言い放つ陽香に、美月さんが和やかにほほ笑む。久山は照れ臭そうに視線を逸らし、俺はといえば……俺は、今、どんな表情を浮かべているんだろうか。彼らのようにきちんと笑えていると良いのだが。
「ほらね、オーリだって笑ってるわ。あふれ出る肯定の笑みよ」
嬉しそうに陽香がそう言う。
笑えているようだ。良かった。俺はまだ笑えるような精神状態にある。