『モルス読の書初読書恋』読書
読む。読む。読む。読む。Ⅱ章、殺人連鎖。
0節。
未明ヶ丘市立未明ヶ丘高等学校。
朝陽は昇り、夕陽は沈み、夜が訪れ、未明は過ぎて。常識的なその連なり。夕陽ヶ丘である今は、次は日が沈んで夜となる。夜ヶ丘? 深夜ヶ丘? そんなところか。不毛な思考。
条理桜花は、死体を見つけた。
1節。
「ひさ、しぶ……り……」
久しぶり。再会を喜び、親しみの込められたその挨拶。
「どうしたの?」「なんだ?」
母親と父親がどうしたなんだと桜花の下へと駆け寄ってくる。
良かった、と桜花は安堵した。なぜだか分からないが、こうして両親が真っ当に普通に日常的に桜花の目の前に現れてくれたことに、心からの安心を覚えた。いないことを知る者の思考。
殺された気の毒な男の名は、花篠元と云う名の会社員だった。
話の始め。こいつが死んだのが始まり。本当に?
2節。
条理桜花の周囲を、死で満たす。
『私』という女性は笑い、それからの日々を夢想し幸せな気分となった。
桜花の周囲の死の濃度を上げ、そしたら認識できるという。誰を? 死をか? 『私』とは?
3節。
或鐘先生。
妬けちゃうなー、と友人と茶化す園田咲良の姿があった。
苦笑いをしつつ心を痛ませている小瀬静葉の姿があった。
微笑ましい気持ちが九割で仲の良い二人を横目に見る遠泉早紀の姿があった。
宇宙外に存在する超巨大生命体の姿を夢想し受信する美月海未の姿があった。彼女らは喜劇の観劇者。彼女ら。彼女ら……園田咲良小瀬静葉遠泉早紀美月海未園田咲良小瀬静葉遠泉早紀美月海未園田咲良小瀬静葉遠泉早紀美月海未園田咲良小瀬静葉遠泉早紀美月海未……。
4節。
5節。
或鐘流奏。変な名前。
久しぶり、と影は言った。
6節。
穂乃果と桜花の下校風景。思考に値しない描写。
7節。
園田咲良は、教室の自分の机の中にお気に入りのペンケースを忘れ、いてもたってもいられずに取りに来た。彼女はやって来る。
そして園田は自らの教室、一年C組の前にまできた。
彼女のチャームポイントである茶髪を結ったサイドテール。
「あ、ご、ごめんなさい」
休校になった日の教室内で同級生と出くわしてしまった。
クラスメイトの美月海未だった。何をしに来ていた?
幼馴染ヨ人組。よにんぐみ。さんにんぐみ。どっち?
そして、可哀そうな園田咲良は家に帰ることができなくなってしまいましたとさ。
殺されたからだ。
8節。
誰かに、似ている。見知った誰かに。誰に似ている? 園田咲良に違いないか。
「一年C組の教室で、人が死んでいた」
それは。
「園田咲良、だ」
やはり、ソノダサクラは教室で殺されている。
9節。
10節。
日常風景。笑い合う穂乃果と桜花。ただそれだけ。価値はなし。
11節。
「明日はお休みだから……明日ぐらいに、お墓参りをね。その、いっしょに……」
小瀬静葉と条理桜花が、殺された園田咲良のお墓参りに行こうという秘密? の約束をしている場面。彼らは次の日にお墓参りに行く。
12節。
市街から少し離れたところ、建物の群れが田園へと移り変わる境目にある高地。麓のバス停から上り坂を上った先にある霊園──未明ヶ丘西霊園。
その入り口に今、条理桜花と小瀬静葉はいた。
死者は蘇らぬが道理だ。死人は死んでないといけない。
13節。
14節。
死は言い淀む。自らの一人称は決まっている。けど桜花への呼び方を決めていなかった。なんて呼ぼう。どう呼ぼう。桜花の幼馴染たちは『オーちゃん』という呼称を用いているのは知っている。ならソレに倣って……いや、ううむ……。
「オー……どうしよ。どうしよっ。なにがいいかな。どれがいいかな。いいのかしらっ」
死は呼称で悩んでいる。
15節。
「決めた」
「オーちゃんとは、呼ばないわ。私だけの呼び方にするっ」
「私はあなたをこう呼ぶの。これが私の、あなたへの呼び方っ。ちゃんと憶えて、ね────」
「オーカっ♥」
オーカ、と死は呼ぶ。桜花ではない。おうかではない。オウカではない。
16節。
そこは、園田家之墓、と刻まれた墓石の前だった。走り、走って、小瀬静葉は最終的には親友の、裏切ったばかりの親友の墓の前まで戻ってきていたのである。
「ひとつ、お願いがあるのよね、シズハ」
「そのおっきな胸、ちょーだいっ」
丘の麓に手を当てて、スーッと横にスライドさせると、さながらクリームにナイフを入れるかのようにあっさりと断たれた。どぼり、と赤色の血液が溢れ出す。
「ありがとね、シズハ」
こうして死は巨乳を手に入れた。
だから、小瀬静葉の死体からは胸が削がれている。
影に実体を。死に身体を。
17節。
18節。
まだ、身体が十全ではない。
顔と胸しか、まだ、ない。
人間の身体として完成していない。
なら、完成させなきゃ。
そうすれば、きっと。
19節。
20節。
首と胸を得た黒い影が俺を見ている。
21節。
『私』はここであなたを見ている。あなた……桜花のことだろうか。
22節。
園田咲良と小瀬静葉を殺した犯人は──あの影だ。
桜花の思考は影を映し、次いで小瀬静葉の死体の傍に佇んでいた影を、園田咲良の死体の傍で踊っていた影を映し出す。
犯人は黒い影。
殺人犯はあの半端な人間らしさをくっつけた化け物。
連続して人を殺している。
四丁目公園の花篠了、未明ヶ丘高校一年C組教室内の園田咲良、未明ヶ丘西霊園の小瀬静葉。合計で三人殺している。そして生首を持ち去り、胸を削いで持ち去った。
23節。
「ね、ね。オーちゃんはさ、一日のうちで、一番好きな時間帯っていつ?」
「一番好きな……」「夕暮れ、だな」
「夕陽が綺麗だからだよ」
夕陽が綺麗だ、と桜花は言う。
テレビの向こう側では今、『未明ヶ丘女子高生連続猟奇殺人事件』という単語が、使われ始めている。連続。猟奇。殺人。
24節。
「ここ未明ヶ丘高校の生徒が、二人、亡くなった」
25節。
ここで死んでいるのはどちら様?
予想外の殺人。想定外の死体。
26節。
「一年の小瀬静葉と、二年の佐藤真理」
27節。
残念ながら、未明ヶ丘市内において探偵なるものは存在していない。
「もうソレを見てはダメ!」
ソレ? ソレとは……どれ? これ? いったい……「なになにー、なにしてんのー? 読書タイムー? うんー? えーいっ☆」
柔らかな感触が背中に二つ。
胸には手を回される。抱き着かれたようだ。
「な、なんだよ……」
「アハハッ。びっくりした?」
「したわ……」
キャハハハッ、と玲那がけたたましく笑う。嗤う? いや、笑うの方か。きっとそうだ。
「うんうん、よぉく読み込んでるねぇ。まだ読み終わりそうにないー?」
「あと少しなんだがなぁ」
「いいよいいよ。じっくり読んで。じっくり覚えてね」
そう言うと、玲那は再び笑った。満足げに、楽しげに。負の感情は、そこには一切見られない。
「えひひ」
見られない。