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考えていた

 義務。義務とはなんだ。

 感覚は時として理性を凌駕する。太陽の光の眩しさ。撃ってしまった。異邦の者。馬鹿げているからこそ信じる。不条理なるが故に、現実は現実なのだと確信できる。……自暴自棄になった人間みたいな考え方だ。

 先生は何を言おうとした、何の意図を込めてあの発言をした。聞き返す前にはもう、先生は去ってしまっていた。次に会ったときに尋ねてみようか。だが、「何の話だい?」と素知らぬ風に聞き返される予感もあった。あの霜月先生は、あの瞬間、あの場面だけの表情を浮かべたのだ。それ以外で尋ねようとも、決して詳細は知れないだろう表情を……機を逃してしまった。


「え、もう帰ったの? お茶ついでたのにー」


 リビングに戻った俺を迎えたのは、陽香のそんな一言だった。彼女の持つお盆には湯呑が一つ乗っている。先生に出そうとした一杯だった。


「何の用だったの?」


 夕陽が聞く。


「少し怒られた……いや、窘められたよ。勝手に動きまわって、殺人現場の中に立ち入ったことをな。まあ、当然のことだよ。怒られるのは当然だ……」

「あちゃー。反省文コース?」

「うん。と言っても学校が再開してかららしい。そして再開の目途は立っていない」

「あらら……」


 盆の上のお茶を一口含み、陽香は「犯人が捕まってからの再開になるのかしらね」と言った。「舞ちゃんもそうなるのかしら」とは夕陽だ。「うん、たぶんだけどー」と舞が答えた。


「少し期間が空くのは確かね。犯人がもし捕まらないとなっても、数日が十数日か何も起こらなければ、また学校が始まると思うわ。そう何日も休んだままじゃいられないもの」

「まーねー。青春の時間は有限なんだもの、学校でお勉強できる時間だって例外じゃない。限りあるわ。それを学校に行かずに家やそこらへんでオーリといっしょにブラブライチャイチャするだけなんて……最高じゃないの。学校始まんなくても良い気がしてきた」


 そうだったのか、とさも真実に気付いたかのように陽香はハッとなった。


「駄目だろ」「駄目でしょ」


 夕陽と言葉がかぶった。数秒二人で目を合わさり、気恥ずかしそうに夕陽が目を細めた。


「なによ二人してー。お勉強は将来の為に大切なんだぞ、とか月並みなこと言うんでしょ」

「ええ、言うけれど」

「月並みだからって聞く価値がないわけでもないしなぁ」

「勉強賛成派どもだわ。オーリとユーヒの常識人っ」


 ふて腐れる陽香の視線に、笑みが浮かぶ。浮かび、思う。常識人という言葉は、常識的な生き方をする者にこそ似合う。考えは紡がれる。常識的な生き方とは、法律に沿って品行方正に生きて死ぬ者のソレだ。思考は継いでゆく。生きて死ぬ。そうでなければ、非常識。幻覚の中で殺された()()今生きている俺は、だから非常識……馬鹿々々しい考え方だ。生きて動いて思考している現時点が、俺が死んでないことを証明してくれているじゃないか。俺は死んでいない。生きている……なぜ、こんなに必死になって自分へ言い聞かせようとしている。まるでそうじゃないみたいだ。そうじゃないからこそ、どうにかして言い聞かせようとしているかのようだ。お前は死んでいない。お前は生きている。必死になって俺は俺に言い聞かせようとしているかのようだ。例え話を信じ込もうとしている者の思考だ。例え話とは、()()()()()()()()()()を前提としている、というのに……なら、俺は……俺の、義務は……


「それで今日はどうしましょっか」


 陽香の言葉に、我に返った。


「家にいないといけないと思う」


 夕陽が言う。「昨日のことも、あるし……」気まずそうに、そう付け足した。リビングのテレビには何も映っていない。電源を落としている。電源ボタンを押せば、気まずい理由が映っていることだろう。朝陽ヶ丘……いいや、メメント森の手前広場で、中途半端なバラバラ死体が発見された、という内容のニュースが流れているはずだ。


「ま、そうよね……」


 陽香も同意し、舞は黙って会話の流れを聞いている。


「……俺、少し出てきていいか」


 沈黙の場面。小さな声で放った自分の一言が、やけに大きく耳に聞こえた。


「……どこへ行くの?」

「探偵のところだよ」


 夕陽の問いに、そう答える。

 探偵。そう、探偵のところだ。

 事件を解決するのは、──きっと、探偵に違いない。


「私も行く」

「悪いが、一人で行きたい」


 陽香の言葉に、首を横に振った。「ぬぅう……」不満極まりないという表情をされた。申し訳なく思うが、俺は一人で訪ねたい。誰と一緒というわけでもなく、ただ、一人で。


「お昼までには帰ってくるつもりだから」


 そう言うと、さっさと着替えて、外へ出た。陽香や夕陽、それに舞からのもの言いたげ視線はあったものの、何も答えず、家を出た。

 いつの間にやら空は晴れていた。

 雲の合間から落ちてくる太陽の光が、やけに眩しく感じた。


 探偵──稲達孤道。

 この連続猟奇殺人事件を解決するのは、きっとそのような名前の男に違いないのだ。何の根拠もない漠然とした直感だが、俺はそう思い、考えた末に、こうして動くことにした。

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