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『モルスの初恋』

     50


 二十分ほどで警察はやってきた。

 遠くで聞こえ始めたサイレンの音が、段々と近づいてきて、赤色灯の回転が桜花の目に映った。パトカーだ。それらは数台、未明ヶ丘の森手前広場の入り口で止まり、慌ただしい様子で数人の警察官がやってくるのが見えた。桜花は四阿から出て、彼らを迎える。警察は皆、一様に険しい顔つきをしていた。

「……こんばんは。やはり、きみだったな」

 一人の男性が歩み出て、桜花へ声をかける。桜花はその顔に見覚えがあった。つい先日、未明ヶ丘西霊園内でも会った、重川という警部補だ。ただ佐藤の姿はない。娘が死んだ(殺された)ため、休みだったのである。

「……」

 重川の眼は、その後ろに控える警察官達の視線は、もう既に、楠の根元に添えられているソレに向いていた。生首と、乳房、制服。それ以外には、何もない。

「……!」

 重川の表情が憤怒に満ち、歯噛みするのを桜花は見た。不気味さ、グロテスクさ、ではない。尋常ではない程の怒りを、彼は抱いたのである。他の警察の表情は様々だった。目を逸らす者、口を一瞬だけ抑えた者、眉を顰めた者……不快感だけは、皆、あった。

「条理君、私はきみに事情聴取をしなければならないが……大丈夫か?」

 重川の言葉に、桜花は頷く。それならば、と重川は四阿の中に入るよういい、桜花は言う通りにした。木製のベンチに腰を下ろす。ヒンヤリとしていた。


「きみは、第一発見者となる」


 第一発見者。一番最初に死体を発見した者。なぜその者は一番最初に死体を発見するような状況になったのだろう。単なる偶然か、それとも直前までいっしょにいたためか、あるいは──その者が殺したのか。それはまあ、ありえない。殺したのは死である故。

「あの子の名前、知っているか?」

「遠泉早紀、です。未明ヶ丘高校の一年C組。クラスメイトです」

「そうか……」

 重川の瞳は桜花の言葉に一瞬曇った。そして「ご家族に連絡と、身元確認の要望を……」と傍にいた警察の一人に言った。この死体は、こんな……四分の一ほどの体積になってしまった可哀そうな他殺体はあなたの愛娘殿でありましょうか。そう、聞かなければならない。

 ご愁傷様。可哀そうに。この度はお悔やみ申し上げます。私共が必ず、犯人めを捕まえ、法廷に引っ張って参ります。あなたの娘さんの身体の残りも絶対に見つけて参ります、腐ってしまう前に。そんな言葉を並べたてながら。

「それなら……」

 いつの間にか、重川はメモ帳とペンを取り出して手に持っていた。

「条理くん、どうしてきみは遠泉早紀さんの死体を発見するような状況になった?」

 どこから話せばいいのか。

 桜花は悩み、すぐに話すことに決めた。最初から、全部。

「それは──」

 今日、放課後に早紀と此処を訪れ、勝手に四阿の中に入って佐藤真理の死に関して調べたこと。その後、未明ヶ丘の森の中に入り、廃墟へと向かったこと。その後、公園で二人別れて、そのまま帰宅したこと。鞄を忘れたことに気付き、此処にやってきて、死体を発見したこと。そして通報した──そんな一連を。ただ、影のことは話さなかった。正しい行動だ。常識的な警察では、非常識な影は見つけられない。発見できない。捕まえられない。

「あまり、よくはないな」

 渋面を作り、桜花は重川に注意を受けた。殺人現場に入るのはよくない、という真っ当な窘めである。廃墟にだってそうだ。足場が崩れて危険なのである。後頭部を打って死にかけた子供もいるぐらいなのだから。

 その後も事情聴取のようなものは続いた。遠泉の周囲に変な人間はいなかったか、彼女は恨まれるような人間だったか、何か問題を起こしていなかったか、等々、月並みなものだった。

「協力ありがとう。……疲れただろう、無理をさせて済まなかった。家までは私が送るよ。親御さんへの説明にも協力する」

 帰る運びとなった。

 重川と桜花は四阿を出て、広場公園の入り口まで歩いた。

「なにを飲みたい?」

 重川がこの現場に来て初めてにこりと笑い、自販機の前で桜花に尋ねる。

「……いいんですか?」

「ああ。遠慮することはない。喉も乾いただろう」

 重川の厚意に与り、桜花は炭酸飲料を買った。茂皮はコーヒーを買っていた。そのときふと、桜花は広場公園の入り口に掲げられている、名称のプレートが目に入った。『未明ヶ丘の森手前広場』と刻銘されているプレートだ。なんてことはない、それだけである。なにもおかしなところはなかった。

 そして桜花は重川の運転する車に乗り込み、車は家へと動き出した。


「死体を見たんだ、きみは。カウンセリン

グをする必要もある。こちらから手配し、日程等は連絡するよ」「ありがとうございます」

「訪諏れたいような光景だったのだろうがね、せめて緩和をしないと……先日のも、今夜も」「

忘れたい……アハハ」

「留まり続けるものだからな……死体を見た記憶というのは」

「亡くなった人って、あまり見ませんからね……」 


 両者、無理のある会話を行う。気まずい沈黙を埋めようとするかのような、どこかちぐはぐな会話。桜花はもとより重川ですら、あの四分の一の死体に少なからずの衝撃を受けていた。同じような年ごろの娘がいるから、なおさらだった。

 車を降りると、見ていたのか、すぐに桜花の両親が玄関から出てきた。心配そうな表情の母親が桜花の傍に寄って来て、父親は毅然とした顔つきで重川の前に立つ。

 重川は静かに、両親へ事情を説明した。彼らは神妙にそれを聞いていた。

「あの、ありがとうございました」

 母親が重川に礼を述べ、父親もまた頭を下げた。桜花も両親に倣い、頭を下げた。

「いえいえ。それでは。なにかあったらすぐに連絡してください。日程の方も、私の方からお電話いたします」

 そう言うと、重川は車に乗り込み、去って行った。その様子を路上から見届けると、桜花は父親に「少し、話そうか」と言われた。冷静な言葉だが、目つきは厳然としていた。

 その後、桜花はリビングで説教を受けた。勝手に殺人現場に入り、昔々に死にかけたというのに廃墟へ入り、挙句には同級生が殺害された。そのことについて父と母の両方から怒られたのだった。

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