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『モルスの初恋』

     47


 二人分の鞄をこっそりと取りにやってきた早紀は、楠の根元で、待ち構えていた死と出くわして殺されて死んでしまった。あっさりと、あっけなく。無常だ。いくら歳月を重ねて生きようと、死ぬときは何の情感もなく死んでしまう。

「じゃあ、貰うから」

 舌をべろりと出して芝の上に横たわっている早紀の死体へ、死は言う。

 影の一部分が伸び、早紀の死体の制服を脱がせ、その裸体を露わにした。しなやかな腰つきで、手足がすらりとしている、胸は少し小さいものの、全体的に脂肪の削がれた、スマートな身体だった。下腹部もきちんと手入れがしてあり、使用形跡は見られない。穢れを知らない身体。正に死が理想としていた身体だった。

 そして、死は少女の細い首を断った。ごぼりと、心臓が止まって勢いを失った血が押し出されてくる。そして、右腕、右脚、左腕、左脚を切断した。断面図は綺麗なもので、赤と黄色と白の断面が鮮やかなものである。その後は不要な小ぶりな胸を切り取り、胸部とお腹と下腹部の揃った胴体のみを残す。

 要らない部分である生首と胸を楠の根元にそっと置く。制服もきちんと畳んで、その傍に置いた。

「ふふ。ふふふふふ」

 上機嫌に鼻歌を奏で、死は自らの黒く非現実な箇所に肉の身体を重ねていく。

 まずは胴体、園田咲良の生首の下は遠泉早紀の胴体と繋がり、更に小瀬静葉の胸部と繋がった。次に右脚、そして左脚、さらに右腕、最後に左脚。次々と影には肉が重ねられ、より人間らしい見た目となっていき……「あぁ……!」

 死の身体にあたる黒い箇所が無くなり──今の彼女は、人間の姿そのもの。

 サイドテールの茶髪に可愛らしい顔の造詣。形の整った大きな胸に、色素の薄い先端。すらりと伸びて適度に筋肉のついた手足に、余計な脂肪のついていない胴体。まだ未経験であるらしい子を宿す箇所。完璧だ。完全だ。


「かんせーだわ。これで、私は、人間なのね」


 そして死は──喜びに満ち満ちた、太陽のような笑みを浮かべた。

 真夜中。人が殺された四阿近くの楠の根元。切断された生首と胸が丁寧に置かれた傍らで、全裸の少女が楽しくて嬉しくて仕方のない様子で、暫しの間くるくると回り踊り、笑んでいた。


     48


 気の済むまで笑った後、死は楠の根元に背を預ける早紀の四分の一ほどになった残骸を見つつ「ありがとね、サキ」と礼を述べた。

「あなたは死んじゃったけど……でも安心して」

 死は言う。慰めるように。慰める必要のない彼女の亡骸へ。

「もう私のものだけど、これはあなたの胴体で、あなたの子宮なの。だから、あなたが好きなあの人が私を妊娠させるとき、それはあなたの子宮で行われるの。それってさ、あなたがあの人に愛されて子どもを授かったのといっしょじゃないのかしら」

 それは異常な慰めだ。

 けれどその言葉は、死が本心から、可哀そうな少女へ善良な心で投げかけた言葉なのである。


「はぁ……身体、私の身体だわ。すごくすんごく嬉しいんだけど、でも……」


 悩ましげに視線を伏せ、舞台の上で独白する演者の如くに死は零す。

「どんなふうにオーカに会えばいいのか全然分かんないっ」

 前回に猛烈な拒絶をされた為か、死は臆病になっていたのである。

「ん……」

 死は早紀の着ていた下着を一瞥し、それを手に取り、眺めた。

「好みの柄じゃないわ……。ザ、シンプルってカンジで。もっとかわいいのが良いんですけど」

 早紀の下着は死にとって好みの柄じゃなかった。それでもゆっくりとした動作で、死はとりあえず着用してみた。胸部の方は大きさの問題で入らなかった。下腹部の方はすんなりと穿けた。当然か、もとは早紀の脚で、先の下腹部だったのだ。早紀にはもう胴体も両足もないから不要であろう。

「やっぱりいらない」

 だが、好みの柄ではなかったのである。

「ま、いっか。服なんてどこかで探せばいーしぃ」

 そして、全裸という露出狂もかくやな格好の死は、その場を立ち去っていった。

 死が立ち去って少し経ち、息を切らして条理桜花がやってきた。

 殺人劇はもう終わり、役者も捌けたもぬけの舞台へ、身体の四分の三ほどが無くなってしまった遠泉早紀の死体だけが転がるところへと。


     49


「……」

 無言。無言である。桜花は叫ぶことすらできなかった。

 遠泉早紀の……死体、という言葉すら生ぬるいように思えた。残骸、まさに残骸だ。野生動物に喰われた死体を、もっとお上品にしたような残骸が目の前にはあった。

 楠の根元にあったのは。

 だらりと舌を出して苦悶の表情のまま固まった生首。

 あとは円状をしていて、中央だけ色が違う潰れた肌色のものが二つ。

 その傍には制服が一式きちんと畳まれて置いてあり、上側だけの下着がその上にぽんと置いてあった。あるものといえば、それだけだった。


 胴体が無く。

 右腕が無く左腕も無く。

 左脚が無く右脚も無かった。

 残っているのは生首と……おそらくは胸の部分だけ。

 生首もなければ、まだ希望があったというのに。生首という個人を証明する部分があるから、桜花はそれが早紀であると理解できてしまったのである。

「……うぷ」

 こみ上げる嘔吐感、桜花は顔を逸らし、ふらふらとした足取りで四阿へ向かい、冷静とすらとれる動作で携帯電話を取り出した。無言で110と打ち込み、コールする。


「あの……人が、死んでます」


 電話に出た女性と思われる警察官への最初の言葉が、それだった。

 人が死んでいる。ただ死んでいるのではなく、明らかに殺されて、辱めを受けたかのような状態で打ち捨てられている。淡々と、桜花はそんな状況説明を行い、電話口の向こうの警察から住所を聞かれて始めて、

「未明ヶ丘の森の手前の……はい、広場の中です。つい最近にも、人が殺されてた……」

 そう、答えた。

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