警察がやってきた
十分も経っていなかった頃だろうか。
遠くで聞こえ始めたサイレンの音が、段々と近づいてきて、家のすぐ傍で止まった。誰が来たのかは瞭然だった。呼んだのは俺なのだから。
インターホンが家の中に鳴り響いた。
リビングには俺たち四人、身を寄せ合っている。不安げに目配せをする陽香に「俺が出るよ」と言い、立ち上がり、玄関へ向かった。
「……こんばんは。やはり、きみだったな」
玄関ドアを開けると、険しい顔で一人の男性が立っていた。
見覚えのある顔。茂皮さんだ。その奥、道路に停車しているのはいつものパトカーではなかった。ごく一般的な車輛だ。違うとすれば、赤色灯を乗っけているぐらい。
「何台かは、既に広場公園の方へ向かっている」
短くそう言うと、茂皮さんは「つらいとは思うが……ご同行願えるだろうか。事情も聞かなければならない」と訊ねてきた。
「分かりました」
分かってはいたことだ。
「親御さんには私の方から言おうか」
「父と母は今、海外に滞在中です」
「そうだったのか……。では、きみは今この家に一人で生活を?」
「妹が一人いるので、いっしょに」
久之木舞。彼女は俺の妹……家族なんだ。
「そうか……」
「妹にひとこと言ってきてもいいですか」
「構わないが……そうだな、その間、人を誰かここに居させることもできる。きみの妹ということは、きみよりも年齢は幼いのだろう。危険だよ」
「それは……」
俺が答える前にはもう、茂皮さんはアンテナがピンと立った黒色の機械──携帯無線機、というのだろうソレに向かって言葉を発し始めた。「椎尾を頼む。まだ刺激が強い。執念で動いているのだろうが、まだ娘さんの葬儀も終わっていない」「ああ。無理を言ってでも休ませないとな。本人の意見がどうだろうと、だ」無線機の向こうの誰かと、小声でそんな会話をしていた。
「……二人、来る。椎尾と薄井。二人とも女性だ。きみの妹さんも、その方が良いだろう」
「あの」
「なんだ?」
「実はあと二人、友人が遊びに来ていまして」
「ほう。まあ、構わないだろう。子どもだけでいるよりも、大人がいた方がより安全だよ」
「ありがとうございます。ちょっと、事情だけ伝えてきていいですか」
「行ってきなさい。私は先に車に乗っているよ──心配も、されているようだからね」
安心させるように茂皮さんは微笑むと、くるりと踵を返し、車の方へと歩いて行った。
俺もまた身体の向きを反転させヂ る。すると玄関扉が少し開いていて、隙間から黒い影が覗き込んでいて、玄関扉の下側には血だまりができていた。ヂヂ。
「夕陽か……」
玄関扉の隙間から覗いていたのは夕陽だった。切れ長の目が不安げだ。
「ごめんなさい。つい」
隙間から俺を覗いている状態のまま、夕陽が謝った。
「珍しいな。そういうのはてっきり陽香がするもんだと思ってた」
「未知戸さんなら私の横にいるわ。順番順番で見てたの」
「ハハハ……そっか」
そして玄関ドアが開き切り、夕陽と、そして陽香の姿が現われた。
「話は聞いてただろ。椎尾さんと薄井さんっていう婦警の方が来るらしいから」
「分かったわ……けど、オーリは大丈夫なの?」
「俺は大丈夫だよ。なら、行ってくる」
会話を断ち切るように片手を挙げて車の方を向き、さっさと歩き出す。そのまま茂皮さんの指す通り車の助手席を開け、乗った。茂皮さんは微笑みながら夕陽と陽香に会釈していた。
そして車は動き出した。向かうは、惨殺死体のある場所だ。
「きみはモテるみたいだな」
からかう様な調子の言葉に、俺は苦笑いで応えた。恐怖する者が三人、身を寄せ合っているに過ぎないのに。
その後は無言の時間が続いた。茂皮さんは真剣な表情でハンドルを握っていた。
「……」
言ってしまおうか、と思っていた。
写真の件、ハンカチの件について。あとは廃墟で見た血濡れの鉈、足音、確実に誰かがいたという事実。すべて、この警察官に言ってしまえば……。
「お」
チカチカと、前方から赤色灯の明かりが近づく。パトカーだ。
すれ違い様、茂皮さんが片手を挙げた。
「今のが椎尾たちだ」
通り過ぎた後、茂皮さんがぽつりとそう言った。
「もうすぐ、着くな」
言うタイミングを逃したまま、車は広場公園の入り口近くに着いた。エンジンを切り、茂皮さんが俺の方を向き、心配そうな声色で、
「……どうする? 無理そうなら、車の中にいてくれてもいい」
訊ねる茂皮さんへ、
「大丈夫です。平気です、俺は……」
そう答え、頷いた。