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家に帰った

 既視感ある光景が広がっていた。

 玄関の扉を開けてすぐ、上り框に座ってチンピラみたいに大股開きで太ももに肘をついている少女の姿。眉を顰め、不機嫌な表情──ではなく、にこやかに目を細め、口の端を吊り上げている。笑顔だった。これ以上ないぐらいの笑顔。


「お帰りなさーい。こんな時間までお疲れさまさまでーすっ」


 にこにこと陽香は近寄ってきて、甲斐甲斐しい動作でにこやかに俺の鞄を奪い取り、リビングへの扉の傍にそっと置いた。


「ご飯できてるわ。ユーヒの迎えにだってちゃんと私行ったのよ」

「そっか。ありがとな」

「えへへん、もっと褒めなさいよー」


 ずん、と嬉しそうな陽香に頭突きを喰らった。ちょうど鳩尾にあたってヴッ、となったがかろうじて耐えた。陽香が顔を離す寸前にサイドテールが鼻の先を撫でて行った。こそばゆい。


「どしたの?」


 にこやかな陽香を見ていたら、そんなことを聞かれた。


「いや、どこ行ってたのか、とか聞かないんだなって」

「なになに? 聞いてほしかった? 聞いてあげよっか? オーリったらもっと私に興味を持ってほしいんでしょ。そうなんでしょー?」


 うひひ、と悪い笑みで陽香が言う。

 そして彼女は──まるでベリリと笑顔が剥がれてしまったかのように──真顔になり、


「で、どこ行ってたの?」


 そう訊ねてきた。笑みを思わせる何ものも陽香の顔には無かった。声も抑揚がなく淡々と一直線である。さっきまでの笑顔との落差がすごい。たぶんこっちが本心なのだろう。


「犯人探し」


 事実を述べた。

 嘘を吐く必要もないと判断した。


「一人で?」

「……近泉と」

「二人きり?」

「ああ」

「……サキのやつぅ」


 うぐぎぎ、と歯を食いしばり、眉間に皺寄せ、瞳を揺らし、陽香がそのように悔しそうな表情を浮かべる。


「さばさばしてて男よりもスポーツだぜ団子に決まってるぜって雰囲気出しておきながら、陰ではこっそりと私のオーリを狙ってたのね……! あんにゃろめー……!」


 俺が口を開き言葉を発する前に、


「あなたのではないわ」


 そんな声が、俺たちの間に割って入った。見ると、扉を開けて夕陽が半身を出していた。今の言葉も夕陽の声だ。扉から半身だけ出して真顔でこちらを向いている少女。なんだかシュールな光景である。「あなたのではない」付け足すように、二度目の言葉。夕陽的には重要なことのようだ。


「はー? 私のじゃなかったらいったい誰のなのよ」


 俺のものなのではなかろうか。


「それは……」


 夕陽は言い淀み、ちらと俺に視線を送ると、すぐに逸らして視線を伏せた。一呼吸程の間をおいて、彼女はぽつりと、


「……桜利くんは、桜利くんのものよ」


 その言葉。俺は頷きでもって応える。

 そう──俺は俺のもの、なのである。


「ふーん?」


 陽香は何処か疑わしげな、ハン、と鼻で笑うような目つきである。


「オーリはオーリのもの? ユーヒ、それがあなたの本心なの? ……ウソね。絶対ウソに決まってる。あなたは今、『オウリくんは私のもの』と言いたかったに違いないんだわっ」

「違いなくない」

「無理しちゃダメだってばユーヒったらー。愛情は解放すべきものなの。抑圧していると心が軋んでしまうのよ。あなたも自分の心に素直になってはどーなのよ、私のように!」


 勝ち誇ったような笑みで、陽香が抱き着いてきた。機嫌はもう直ったようだ。


「お、おい、やめ」


 両手を回してがっちりとホールドしようとする陽香を引きはがそうとしていると、夕陽が無言ですたすたとやってきて、「……」何も言わずに陽香の腕を掴み「ちょっ、ユーヒ!?」ぺい、とばかりに引き離し、「……」やはり何も言わずに──「ほ……!?」


 そっと、俺の胸元に身を寄せてきたのである。

 突然の事態に、思考が止まり、言葉が止まる。

 なんで? どうして? そんな疑問が遅れて浮かぶ。


「……駄目! 駄目ダメだめーっ。そんなのダメに決まってるのよっ」


 脳裏に凝る言葉の群れを打ち出そうとしていたら、陽香が先んじて動き、夕陽の腕を引っ掴んで引き離した。


「いたいわ」

「痛いのはごめんなさい。けどオーリに引っ付いてたからやむを得なかったということは分かって」

「あなたが解放しろって言ったんでしょ。だから解放してやったのよ、二割ぐらい」


 人差し指と中指で二を示し、夕陽が淡々とそんなことを言う。二割、二割か。


「なら訂正する。もう解放しなくていいってことにする。ユーヒはその想いを墓場まで封印しといてよ」

「いや」

「イヤじゃないっ」

「あなたに指図されるようなことじゃないわ。私は私の好きなようにするから」

「こ、個人の自由意志の尊重ということなのね……!」

 

 陽香も割とテンパっているのだろう、そんなことを口にした。


「……そんなことよりも、ね。桜利くん、ご飯できてるよ? お腹空いたでしょ」


 今までのやり取りをそんなこととして流してしまい、夕陽が俺を促した。

 

「え、あ、うん」


 ふふ、と夕陽は一笑いし、「今、温めるから」とキッチンの方へ歩いて行った。


「な、なに若奥様みたいな動きをしているのよ、それは私の役目なのよ」


 と、陽香がその後をついて行った。


 そして俺は少し遅くなった夕飯を食べ、リビングで四人揃ってくつろぎ、昨夜と同じく一番最後に風呂に入った。談笑は長引き、

 帰宅してから既に二時間、いや、三時間近く経っていただろうか。


「少し、部屋に戻る」


 しばらく会話し笑い合ったのち、俺は部屋へと戻った。

 なんてことはない。ふと、一人になりたくなっただけだ。机の抽斗を開けると、そこにはやはり当然のように写真はなかった。写真が消失したというのに違和感が薄く、自然な佇まいだったため、そもそも最初からなかったのでは、とそんな考えまで頭に浮かぶ。……だが、確かにあったのだ。


「……うん?」


 俺の学生鞄、スクールバッグは朝陽ヶ丘高校指定のものだ。ごくごく一般的な革製の黒色鞄で、表側には朝陽ヶ丘高校の校章が入っている。左右にあるベロ革で上側の部分を固定し、錠前で閉じるが、その隙間からなにかが飛び出ていた……なにか人形の足、のような。

 

「……太陽の、精」


 指でつまんで引っ張り出すと、それは銃を構えた暑そうな男のデフォルメだった。


「……」


 誰が、どのタイミングで。

 そう考え、すぐに俺は鞄を開ける。貴重品を入れることも少ないため、鍵は普段からかけていない。かける生徒も少ないのである。よほど用心深い人間ぐらいか。

 中身を取り出した。ひっくり返した、とも言える。


 筆箱に、教科書、ノート……それぐらいだ。それぐらいの()()だと思っていた。


 一通、見慣れない便せんが入っていた。

 黒い染みの入った、特徴的なデザインの便せん……

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