犯人探しをしていた
犯人探し。
何の犯人かは聞くまでもない。
連続猟奇殺人事件の犯人ということだろう。食い逃げやら窃盗などの犯人ではない、はず。
「まずは、朝陽ヶ丘の森のところの手前広場に行くつもりなんだよな」
近泉が言う。
昇降口への廊下を二人で歩きつつの会話だった。
「ああ、椎尾先輩の……」
「そう。真理先輩の殺人が行われて、先輩の死体が見つかった場所」
俺がぼかしたところを、近泉がはっきりと口にした。
椎尾真理が殺された場所。情事の痕跡の残る死体が発見された四阿がある公園。
「まだ警察がいるんじゃないか」
「それは……どうだろうな。いたら引き返すで、いなかったらそのまま入る。それでいい?」
「了解」
「いいね。話が早くて助かる。犯人に至る証拠をあっさりと見つけてくれたら更に早くて助かる」
「はははっ。微力は尽くすよ」
階段を下り、下駄箱へ。
靴を履き替え、校舎の外へと出た。
「おー。良い夕日だなー」
近泉がそんなのんきなことを口にした。「絶好の犯人探し日和だ」
確かに、夕暮れは澄み切った空に燃えていて綺麗なものだ。
「まあ、行こっか。あんまし時間ないし。夕陽に見惚れてたりなんかしたらすぐに日が暮れちまうぞ……真夜中に歩き回るのは危険だし」
「だな」
目指すは朝陽ヶ丘の森手前広場である。
急くように早足で歩く近泉を追いかけ、俺も歩き始めた。細長く伸びた黒い影が二つ分、鞄を片手にアスファルトの上をせかせかと歩きゆく。
道中、幾度か背後を振り返った。
ついてくる者は誰もいなかった。
◇
朝陽ヶ丘の森手前広場は、予想に反して森閑としていた。
「いないな、警察……」
近泉の言葉に頷く。
広場の入り口は特に封鎖されておらず、あっさりと敷地内に入ることができた。遠目に見える現場となった四阿周辺にはカラーコーンが置かれており、黄色い『立ち入り禁止』の文字も見える。入ってはいけない、という明確な禁止区域となっていた。広場全体を封鎖しないのは、散歩や憩うことが目的の人間へ対する配慮なのだろうか。人っ子一人いない現状ではあるが。
「……よし。行くか」
入り口で俺たちはしばし立ち止まっていたが、やがて意を決したように近泉がそう言った。
「見られてたら大目玉だな」
「いいんだよ。好奇心旺盛な高校生男女のちょっとしたスリルを味わうための冒険なんです、ってことにしとけば」
真っ直ぐ、俺たちは四阿へと向かった。
鞄を近くの楠の根本に置き、一応、周囲を見渡しては見たが、人はやはりいなかった。現在の俺たちの目撃者は、一人もいないということだ。椎尾先輩が殺された夜も、俺たちが場を立ち去ったあの後も、ここには当事者しかいなかったのだろうか。殺した者と、殺された者の。
……園田の時も、尾瀬の時もそうだ。目撃者が誰一人としていない。傍から見る者がいない。当事者だけしかいなかった。
殺人行為なんて、本当にあったのか?
死体と血痕だけが唐突に現れたのではないのか?
そんなバカげた考えすら浮かぶ。
殺すという行為を省いて、どうして他殺死体なんてものが出来上がる。矛盾だ。辻褄の合わない。脈絡がない。
カラーコーンの仕切りをそっと乗り越え、四阿の屋根の下を覗き込む。
「おわ……」
小さくこぼし、近泉が不愉快そうに顔を歪める。
四阿の中、木製のベンチがあった。血であろうものが、床の上、ベンチの上、柱にまで黒々と染みていた。殺された椎尾真理の身体から噴き出したものなのは明らかだ。やはり椎尾先輩はここで殺されている。"恋人"とやらに。
「覚悟はしてたけど……実際見てみるとひどい……」
そう言う近泉の声はか細い。
「そしてなにもないし」
その通りだった。
天井、屋根、ベンチ、柱、床……四阿の中を隅々まで見てみても、あるのは血の染みだけ。目立ったもの、証拠になり得るようなものはない。そもそもがなかったのか、警察が持って行ったのかは分からない。収穫はなかった。
場所は違うが、陽香の言葉通りだ──得られるものは、なにもなかった。
「……」
俺が四阿を見ている間、近泉はぼうと立ち尽くしているようだった。
耳にかかるほどのショートの髪が風に吹かれるのを気にも留めず、いや、そもそも気付いてすらいない様子で、ただ、椎尾真理の血痕を見つめていた。思うところは、無論、あるのだろう。近泉は俺よりも遥かに椎尾先輩との付き合いが長く、彼女の人となりを知っている。縁の長さは、すなわち悲しみの深さに比例するのだろうから。
「近泉」
「……なに?」
名を呼ぶ。
「……離れようか」
彼女がまだここにいたいと答えたならば引き留めないつもりだった。自らに納得のいく形まで時間が必要ならば、それを止める必要はないと考えたから。さすがにどっぷりと夜が満ちるまでいるような様子だったなら、無理を言ってでも帰宅させるつもりだったが。
だが、近泉の口から返ってきたのは、「うん」でも「いや」でもなく、
「なあ──殺されるって、どういう感触なのかね」
そんな、疑問だった。