誘われた
放課後のことだ。
昨日の明日の今日。その放課後。
クラスメイトは続々と捌けていく。彼らには彼らの行く先がある。同様に俺にも行き先がある。用事がある。本日の用事、それは──
「じゃあ、さ。私んちの親が久之木をいっしょに送っていくっていう体で、こっそりと学校を出ることにしよう」
目の前でひそひそとそんな提案を行う近泉と、出かけるというものだ。
「二人でか」
「お、おう。二人でだよ、なんだよ、二人じゃ悪いってのか」
確認の為の質問だったのだが、近泉に不機嫌そうに眉をひそめられてしまった。
「不満とかじゃない。ただの確認だ」
「ああ、そう。二人きりの理由は……陽香や一乃下さんを巻き込むわけにもいかないっていう単純かつシンプルな理由だよ」
「俺は巻き込んでもいいのか」
「いいんだよ。久之木だし」
「ひどいな」
軽口を言い合い、くすくすと笑い合う。
微かに視線を感じたような気がした。今俺がいるのは、近泉の席の傍だ。
「でも──」
と近泉は改まったように神妙な表情を浮かべ、
「無理に付き合わせるつもりはない。用事があるんなら、そっちを優先してくれよ」
と、そう言う。彼女は俺の用事を慮ってくれている。
ありがたい申し出なのだが、今の俺には優先すべき用事は思い当たらない。
「いいや、ない。付き合うよ」
「……サンキュー。じゃ、私ちょっと霜月先生に言ってくる。久之木もついでに連れ帰りますってことをな」
「ああ。ついでによろしくな」
片手を挙げ、近泉は教壇の、霜月先生のところへと歩いて行った。
「……」
また、視線。
教室内を見渡すと、視線の主はあっさりと分かった。
じぃと俺を見るは、夕陽だった。切れ長の瞳が俺の方へと注がれている。
「夕陽」
近寄り、声をかける。
「なに?」
淡々とした声。
「俺、今日近泉と用事があるから……悪いけど、陽香に迎えに来てもらってほしい。俺の方で言っておくから」
近泉と共に学校を出るのなら、いつものように霜月先生に三人で送ってもらうことができなくなる。すれば、夕陽を迎えに行くこともできない。そこはどうにか、陽香に頼むことにする。
「そう。分かった」
あっさりと夕陽は頷き、「あと、未知戸さんには私の口から言うわ」と付け加えた。
「ご飯はどうするの?」
自然な流れで、そう問われる。
「……たぶん、家で食べる」
「じゃ、作っておくわね。間に合わないようなら、レンジでチンして食べて」
まるで親子のような、夫婦のような会話を交わし、
「久之木ー」
と、近泉に呼ばれた。見ればもう、教室の出入り口のところに鞄を片手に立っている。
「じゃあ、また家で」
「うん……家で会おうね。がんばって。何をするのかは分かんないけど」
夕陽のエールに「ああ」と頷き、振り返る。振り返りざま、微かに見えた夕陽の表情は微笑んでいるように見えた。
自分の鞄を取り、近泉のところへ歩み寄る。
「ところで、用事って何するんだよ」
そう訊ねた。夕陽は俺の用事を分かっていないが、そもそも俺も近泉の云う用事と云うのがどんな用事なのかが分かっていない。ただ、なんとなく予想はつく。先日の椎尾真理の殺人と、あの探偵事務所での会話の内容。そして近泉と椎尾真理の関係性からして……近泉は、彼女は椎尾真理の死に関する詳細を知りたがっているのかもしれない、と考える。詳細、つまりは犯人を……
「ああ、用事ってのはな」
すると近泉はニヤリと口の端を上げ、
「犯人探しだよ」
と、笑った。
やはり、近泉は椎尾真理を殺した犯人を探していた。
"恋人"と仮定されるその存在。園田や尾瀬を殺したかもしれない、連続殺人犯かもしれない人物。その詳細について、犯人について分かれば、俺の目的も自動的に達成される……やはり、かもしれないではあるが。
連続殺人に関係している可能性は大いにあるのだ。