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日が経った

 猟奇事件、という名称が使われ始めていた。

 連続殺人事件、というテロップもあった。女子高生連続殺人とも云われていた。朝陽ヶ丘連続殺人、と朝陽ヶ丘新聞で大々的に見出しが載っていた。

 一番長い名称は、朝陽ヶ丘女子高生連続猟奇殺人事件、だ。全国ニュース内での呼称となる。


 朝陽ヶ丘市で発生している、連続していて、猟奇的な、殺人。


 四人殺されている。そのうち一人は首を斬られ、一人は胸を斬られ……そういえば、椎尾先輩はなぜ下腹部を四度も刺されていたのだろうか。ただ殺すだけなら、首を斬りつけただけで済むのでは……そんな疑問だが、答えはもちろんなかった。真実を知らない俺では、答えが出せない。

 

「なんで学校あんのよー。人が死んでんのよ、危ないのよー……」


 寝ぼけ眼の陽香が、恨み言を口にしながら歯を磨いている。昨夜もまた、陽香と夕陽と舞には両親の部屋で眠ってもらった。まさか俺がいっしょに眠るわけにもいかないため、窮屈かもしれないがそうしてもらっている。


「私も、未知戸さんの言葉に同意する。休校にしないのは間違った判断よ」


 その隣で夕陽もまたボヤいている。一つの鏡を前に二人で歯を磨いているため狭そうだ。

 

「未知戸さん、もう少しあっちいって。私があんまり鏡に映ってない」

「私が動かずとも、鏡に映っている歯を磨いている私を見ながら歯を磨けばいいじゃない」

「何言ってるのかよく分からない。未知戸さんの意識は未だに夢の中にいらっしゃるの?」

「ちょっと、押さないでよ」

「押してなんていないわ。動いてもらっているだけ」

「やだ。セクハラ。私に触っていいのはオーリだけなのっ」

「なら私を桜利くんだと思えばいいでしょう?」

「あなたも実は寝ぼけてるでしょユーヒっ、ちょ、ほんと、ごーいんっ」


 なにかモメている声が聞こえるが、まあ大丈夫だろうと俺は俺で身支度を整えていた。いくら殺人が起ころうと、ニュースで大々的に取り扱われていようと、こうして真面目に制服に袖を通して、登校準備を進めている。


「真面目に登校する俺たちも俺たちだな……」


 そんな独り言まで漏れ出でてくるしまつ。


 休校の連絡は回って来ず、本日、学校は通常通りにあるようである。

 舞の小学校は変わらずの休校であり、今日もまたお友達の家に行ってもらっている。俺たちの学校が終わり次第、迎えに行く算段だ。


『本日の天気は────』


 テレビの電源を切った。

 聞くまでもない。外を見ればわかる。


「うげぇ……やっぱりすごい雨。お天道サマ、なにかイヤなことでもあったのかしら。近しい人に不幸でもあったのかなってぐらい泣いてるわ。号泣よ」

「傘差したぐらいで防げるかしら……防げなそうね。着替えいるかなぁ、靴下持って行こ……」


 土砂降りだ。


    ◇


 いつものようにホームルームがあって、いつものように授業が行われた。

 まるで殺人事件なんて起こってないかのように、淡々と授業は進んだ。数学だった。教科担当は担任の霜月先生である。平坦に授業を進め、そして最後の終わり際に、


「尾瀬さんと椎尾さんの葬儀は、家族葬となる。参列したい者もいるだろうが、遺族の意思を尊重するように」


 そんな言葉を残し、授業は終わり、先生は職員室へと戻って行った。窓の外の土砂降りは一向に弱まる様子がないまま、休み時間となった。


「雨の日って、ゆーうつな気分になるぜ。外で遊べねーし」


 モヒカンが頬杖をついて窓の外を眺め見ながらアンニュイに浸っている。机の上には『太陽の精(プレミアム)』が佇んでいた。銃口は土砂降りに向けられている。あの人形自立するのか、何気にすごいな。


「でもゲーセンの中なら雨に濡れねえな。考えてみると俺外で遊ぶのそんなに好きじゃねえわ。ゲーセンだわゲーセン。オーちゃんもそう思わん?」

「雨に濡れるのもそう悪い気分じゃなかったぞ」

「そう悪い気分じゃなかったって……え? オーちゃんそれ体験談?」

「うん」

「やっべえ……雨に濡れるってどういう事情なのか分かるけど分からんわ。傘忘れたりとか?」

「傘放った」

「ほおったって……どういうことぜ」


 相変わらず頬杖をついたまま、レモンが片手で太陽の精を軽く押した。


 ──『これがこの裁判の実相なのだ。すべて事実だが、また何一つとして事実でないのだ!』


 男の声。興奮したように叫んでいる。すべてが事実だが、また何一つとして事実ではない。俺の頭上にたぶん疑問符が飛んだ。どういうこっちゃ。


「それ、その人形のモデルの人の言葉か?」

「あー……いや、声がちょっと違うな。別の人かもしれん。むるそーじゃないってことぁ、レアなパティーン引いたぜ。いえっし」


 軽くガッツポーズの後、レモンが再び人形の背中を押した。


 ──『あなたはじきに死なないとしても、遠い将来には死ななければならない。そのときには同じ問題がやって来るでしょう。この恐ろしい試練に、どうして近づいて行けるでしょうか?』


 また、違う男の声。まるで誰かを諭すかのような。遠い将来には死ななければならない。どういう状況かは、俺にはさっぱりだ。


「この人は、ムルソーなのか?」

「いや、違うな。俺の耳はダマされねえ。これはベツソーだ」

「ベツソーってなんだよ」

「ムルソーとは別の人。すなわちレアなやつ」


 レア二連続のレモンは満足げに頷いている。彼の中からアンニュイは去って行ったようである。

 

「────?」


 ふと、視線を感じ、顔を向けた。


 クラスメイトの女子──薄井由香里という名の──と何やら話し込んでいる夕陽と、数秒、目が合った。冷淡とすら思えるような冷たい表情だ。ただ、彼女自身が自分の意思でそのような冷淡さを伴わせているのかというと、そうではないようにも思う。彼女の普段の表情が、他者の目からは冷たく映る、ただそれだけのことなのだろう。

 じっと俺の方を見ている夕陽につられ、彼女の話し相手の薄井も俺の方を見、すぐに夕陽へ視線を戻した。少しにやついている。


「やめときなよ。久之木には陽香ちゃんがいるんだから」


 にやつきながら薄井は夕陽に言った。横目でちらと、こっちを見ている。


「薄井さんの目から見ても、桜利くんと未知戸さんは仲良さそうに見えるの?」

「仲良さそうってか、陽香ちゃんが久之木のこと尋常じゃないくらい好きだってのは周知の事実になってるねぇ」

「へぇ。尋常じゃないくらいにね……」


 そんな会話が耳に届いた。

 周知の事実か。まあ、陽香、前々からずっとあの様子だったものな……いつからだったか。最初からなのか……最初とは、いつだったか。数年前。十数年前……ほど前でもないか。


「なぁ、久之木」


 頭の中で過去を見返していると、ぽんと肩に手を置かれた。


「近泉? どうした」

「明日の放課後、ちょっと付き合ってくれない?」


 彼女は小声だ。会話の内容を周囲に知られたがっていない。


「分かった」


 だから俺も、小声で返した。


「ありがと。……ワケを聞かないんだな」

「なんとなく分かる。どうせ暇だしな」


 じゃ、と近泉は自分の席へ戻って行った。さっとやってきて、さっと戻って行った。まあ休み時間なのだから、皆が皆、他人の動きばかりに気を取られていることもないだろうが。


 その後は淡々と授業が進み、終わり、昼休み、午後の授業、放課後。


「もう本当に、定番の面子になってしまったな」


 名簿を片手に教壇に立つ霜月先生が笑う。

 クラスメイトは帰宅の途に就いた。俺たち……陽香と夕陽と俺だけが残っている。


「すみません。毎日毎日」

「命の危機に比べたら些末なものだ。宇宙の広大さに対する砂礫一粒ほどのな。君たち生徒は、僕達大人が守らなければいけない」


 押し隠しているのだろうが、霜月先生の表情には疲労の色が濃い。


「じゃあ、行こうか」


 先を歩く霜月先生の背中から、夕陽の方へ視線を移した。彼女もまた、俺を見ていた。


「迎えに行く」

「……うん」


 そうして俺たちは霜月先生に送ってもらい、その後は陽香と共に夕陽を迎えに行き、その足で舞を連れに行き、帰宅した。

 朝思った通り、雨は一日中止まなかった。

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