家に辿り着いた
探偵事務所を出てすぐ、俺たちは家路に就いた。
最初は近泉を家まで送り届け、その後はレモンを──五人は四人になり、三人になった。
「サキ、落ち込んでたわね……」
「椎尾さんが殺されてしまった上に、あろうことか犯人の共犯かもしれないという可能性が出てきてしまったもの。ショックを受けるのも、無理もないわ」
最終的には、俺たち三人、我が家への道を歩いている。
「でもさ、オーリ、ユーヒ。──本当に、シーオ先輩が共犯かもしれないって思ってるわけ?」
「思っていない」
「私も。桜利くんといっしょ」
可能性の一つとしてはあるのだろうが、実際にそうだったと思っているわけじゃない。未だに実体が掴めない椎尾先輩の"恋人"、それは限りなくクロに近いだろうが、いくら恋人が殺人を行っているからと、手伝うだろうか。そもそも、椎尾先輩は何も知らなかった可能性だってある。殺されたのだって、稲達さんに浮気調査を頼もうとしていたことから、その"恋人"の浮気疑惑に対する喧嘩の末の、突発的な帰結ということだって十分あり得る。
「へー。サキの前じゃさすがに言えなかったけど、シーオ先輩が共犯で、口封じのために殺されたのかもって私思ってたんだけど」
「先輩は浮気調査を稲達さんに依頼しようとしていたんだ。殺されたのだって、恋人と浮気に関する揉め事を起こして、結果殺されたというだけかもしれないだろ」
「ふーん? 浮気でケンカするってのは分かるわ。ならさ、どうして、公園のアズマヤでお盛んだったときのタイミングで、先輩と恋人さんは刃物を持っていたの? シーオ先輩は首を刃物で斬られて死んじゃったんでしょ?」
ムード作り? と陽香は首を傾げた。
「それは……」
言い淀む。確かにそうだった。なんでそのタイミングで刃物があったんだ。
「最初から、椎尾さんを殺すつもりだったのかもね」
そう夕陽が言う。
「なんで?」
陽香が問う。
「それは……もし本当に浮気してたのなら、椎尾さんのことが煩わしくなった、とか。それとも……」
「口封じ、かもしれないってわけね」
椎尾真理が共犯であったから。
また話が最初に戻ってきてしまった。
「何を言っても『かもしれない』から抜け出せないわねー。ま、私たちは真実を知らないんだからしょーがないか」
「……浮気相手の方が共犯だったんじゃないか。これも『かもしれない』でしかないがな。園田と尾瀬と……あと、まあ……公園の、花篠さんに関してもだ。恋人が浮気相手と共犯になって実行して、椎尾先輩はその不自然な恋人の動きを察知して、浮気じゃないかって思い至っただけ──」
「『かもしれない』、ね。やっぱり」
「ははは……そうだな。何を言っても推測で、ともすれば憶測だ」
「身もふたもないことを言えば、まったく関係ないって言い方もできるものね。椎尾さんも、その恋人の方も、連続殺人事件とは関係ない、一つの独立した殺人だって。誰かが連続で殺人を行っているわけでもなく、ただ誰かの殺人が連鎖しているだけってこともあり得るのよ。可能性だけで言えば」
夕陽の言葉に、俺は頷いた。
何だってあり得る。何もかもが仮定の域を出ないうちは。
「はーあ。でも浮気調査かぁ……シーオ先輩って執着心とか強かったのかしらねー」
「探偵に依頼するほどだもの。それだけ執着が強かったか、それか何もなかった事実を手に入れたがってたかよ」
「オーリは、イヤ? そーいう、探偵に浮気調査を頼むような恋人って」
「疑わしいような行動をする方が悪い気もするがな。潔白なら潔白だと第三者が証明してくれるわけだし、まあ、良いんじゃないか」
「私は、オーリが浮気している雰囲気を出してたら、直接訊ねるから安心してね。私に隠れてユーヒと付き合ってんじゃないでしょうね……ってな具合に」
「あははっ。なんでそこで夕陽が出てくるんだ」
「じゃあ私も直接訊ねるから。私に黙って未知戸さんと付き合ってない? って」
陽香の冗談に、夕陽まで乗ってきてしまった。
両者とも笑顔を浮かべてくれればそれが冗談だとはっきり分かることができたのだが、残念、真顔だ。二人とも真顔で俺を見てくる。
「浮気するような人間に、俺はなりたくない」
それだけを言うと、二人は「ふふ」と示し合わせたように笑った。
「ま、私は別にオーリが浮気しても良いわよ。あなたは許すから」
あなたは、という箇所を強調しているように思ったのは気のせいだろうか。気のせいだろうな。陽香は依然として笑みを浮かべたままなのだから。
「未知戸さんの桜利くんへの執着は、危険水域まで達していると思うの」
「好きな人に好きって言ってるだけよ。それのどこが危険なのよ。ユーヒ、あなただって素直になればいいのに。見ててバレバレだし」
「何のことだか全然わかんない」
不貞腐れたように口を尖らせる陽香に、夕陽は空惚けるように目を細めた。
家に帰りつく前にまず、舞を迎えに行く必要があった。といっても、その舞の友達の家自体は割合近くにあるため、そう時間はかからない。
「あ、おにーちゃん」
舞を三人で迎え、そのまま四人で、家に帰った。
鍵は、俺が出かけたときから変わらず、きちんと閉まってくれていた。