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探偵と会話した

 四人、これまでに死んでいる。


「実は、ついさっきまでの用事と云うのが、警察に行ったことなんだ。私も今朝がたニュースを見て仰天してしまって、それで朝陽ヶ丘警察署を訪ねたのだよ。昨夜、生きている椎尾さんを見た最後の人間なのかもしれないからね」

 

 出頭ではないのね、と小さく陽香が言ったのが聞こえた。お菓子を食べながらもきちんと話は聞いていたようだ。どストレートな言い方なのも陽香らしい。ただ場面が場面だ、ひやひやする。その言葉が事実となるような相手だったらと思うと……


「ハハハッ。出頭ではないよ。誓って再び云うが、私は椎尾真理さんを殺していない」


 その言葉に少し、引っかかるところがあった。だがなぜ、どこが引っかかったのか、肝心の内容が浮かばない。引っかかったという印象のみが、中身のすっぽ抜けた形骸として浮かんだだけ。だからすぐに、会話の流れに俺の引っかかりは消え去った。


「椎尾さんとは、昨日の夕暮れ頃かな、確かに会った。君たちの言う通り、朝陽ヶ丘商店街の入り口の、あのアーチの下でね」

「それは、どんな用事でですか」

 

 近泉が訊ねる。詰問にも似た、強い口調だ。

 稲達さんは流石に大人で、気にする様子も全くなく答える。


「あの子は、私が探偵をしていると知った上での相談ごとだった。何処かで稲達探偵事務所の看板か広告でも見たのだろう──端的に言えば、私への仕事の依頼だよ」

「それは、どんな……」

「依頼された仕事は口外できない。それは契約に反することで、依頼人のプライバシーを侵害する行為となる」


「だが……」と稲達さんは続ける。「君たちは、彼女の事件について調べごとをしているのかね? それとも──この、連続している殺人事件全体についてを?」


 その問いに、どう答えたものかを逡巡する。

 俺は、その連続する殺人事件全体についての全容を知りたい。ただそもそも今日ここを訪れる発端となった椎尾真理だけの事柄については前者だ。椎尾真理の殺人が、それ以外の殺人と繋がっていないわけがないとは、思うのだが……


「私が知りたいのは、真理先輩のことについてです。そりゃあ殺人事件に関しても気になりますが、特に知りたいことはそれだけです。首を深く突っ込むつもりはありません……少なくとも私は」


 ちら、と近泉が俺に視線をやりつつも、そんなことを答えた。その一連の流れで察したのか、「君たちも一枚岩ではないようだ」と稲達さんが微笑んだ。


「まあ質問しておいてなんだが、私の知り得る情報としては、椎尾真理さんのことぐらいしか詳しくない。警察の方々に話をしに行った際に聞いた話なのだけれどね」

「教えてください。知りたいんです。お願いします」


 真っ向から、近泉はそう頼んだ。


「そこまで君は……。ならば、君たちには話すべきなのかな。どちらにせよ、警察にはもう話した事柄ではある。ただ一つ私からもお願いするが、口外はしないでくれたまえよ」


 真摯な瞳で、稲達さんはそう前置きする。

 俺たちは頷き、彼の言葉に了解を示した。


「浮気調査だ」

「へ?」


 稲達さん言葉から出たその単語に、俺たちは一様に疑問符を浮かべたことだろう。


「椎尾真理さんは、私に恋人の浮気調査の依頼をしてきた」


 浮気調査。恋人の?

 ということは、椎尾真理は誰かと付き合っていた。誰と?


「あ、相手は誰なんですか? それに浮気って……」


 食い気味に問う近泉。俺たちもまた、強い興味を示していた。お菓子とコーヒーを満喫していた陽香とレモンですら、手を止めあんぐりと口を開けて稲達さんを見つめている。


「まあ落ち着きたまえ。椎尾さんも、たまたま商店街の入り口で、私の姿を見かけただけなのだろう。近寄ってきて、『通りの方で事務所を開いている探偵さんですよね、お願いしたいことがあるんです』と口早に言ってきた。それで一言、『浮気調査を』とね。それでその日はおしまいさ。私が知ったのはそれだけだ。後日、詳細を聞くという約束をして、その日はすぐに別れたのだから」


 稲達さんも、『相手』とやらを知らない。知らないまま、椎尾先輩は殺されてしまった。ということは、だ。ということは……


「その恋人が、シーオ先輩を殺したかもしれない……」


 考えがぽろっとこぼれ出たみたいに、陽香が言う。

 皆が思い浮かべたであろうそれは──答え、だ。最も可能性が高い、という意味での。


「あと、もう一つ。これは警察で聞いたことなのだが……」


 言いかけ、「うぅむ」と稲達さんは悩み、「いや、やはり止めておこう」と断ち切った。


「どんな話なんですか」


 訊ねると、「愉快な話ではない。君たちが知っていいような……」とらしくもなく言い淀む。先ほど言いかけたのは過失だったのだろう。つい口にしようとして、しまった、と口を閉ざした。


「大丈夫です。聞きたくない人は、耳を塞ぎます」


 近泉が言い、「それでいいだろ」と俺たちを見回す。頷きで、俺は応えた。乗りかけた船である、今更下りはしない。

 稲達さんは観念した、とばかりにひとつ首を振り、粛々とした様子で、こう言った。


「椎尾真理さんの死体の状況と発見場所に関して、だ」


 探偵は続ける。


「彼女は首を鋭利な刃物で一突きされ、下腹部を四回刺されている。死因は首を斬りつけられたことによる失血性のショック死。下腹部の傷はその後につけられたようだ」


 そして一瞬言い淀むように視線を伏せ、


「椎尾さんは服を脱いで仰向けに倒れており、現場には彼女の着ていた服が散らばり、周囲には体液が飛び散り、椎尾さんの下腹部からも検出された」


 体液、という単語を選んだのは、俺たちに対する稲達さんなりの心遣いなのだろう。察せるところはある。稲達さんは更に言葉を継ぎ、


「発見場所は、朝陽ヶ丘の森手前広場にある、四阿あずまやの中だ」

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