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探偵事務所に行った

「先生もコレクターなんすか!?」 


 霜月先生に送ってもらっている途中、レモンが車の後部座席に放ってあった『太陽の精』のぬいぐるみを見つけてテンションが上がっていた。先生は苦笑いし、「まあそんなところだ」と答えていた。我が幼馴染は同好の士を得たようだ。


「学校が休校のときは、連絡網を回す。もう一度釘を刺しておくが、あまり出歩くなよ」


 別れ際の霜月先生の言葉に、俺と陽香は揃っていかにも真面目な表情で頷いた。


「気を付けることだ。何処が安全で何処が危険なのか、僕も自信がなくなってきたばかりなんだからな、ハハ……なら、また学校で会おう」

「はい……また明日、です」

「センセーも気を付けてくださいねー」


 力のない笑みを残し、霜月先生は片手を挙げ、車を発進させた。

 走り去っていく先生の車を見送り、その姿が曲がり角に消えるのを見届けた後、


「なら、行こうか」

「愛のトーヒコーに、でしょ。分かってるわ。どこへだって連れてってよ、喜んでついて行くから」

「あはは、それは分かってるとは言えない答えだな」

「ふんっ。ユーヒでしょ。ユーヒのお家。おーむーかーえっ」


 拗ねる陽香といっしょに、俺たちは夕陽のアパートへと向かう。一度の往復しか歩いていない道筋だが、どうにか憶えていた。


「あのオンボロアパートがユーヒのお家? あの子は清貧であろうとでもしているの?」


 失礼な感想を漏らす陽香に、「趣があるんだよ」とだけ。あまりフォローになっていないかもしれない。

 アパート。『メゾン朝陽ヶ丘』。104号室の前。

 既に夕陽は佇んでいた。

 彼女は俺たちの姿を見つけ、無表情からパアアと明るい笑顔になった。少し驚いてしまった。花の咲くような笑みを、しかも夕陽の顔から唐突に見せられたために。


「せっかく美人なんだから、いつもあんな風に笑えばいーのに」


 吐き捨てるような口調で、陽香が夕陽を褒める。「だな」と同意すると陽香が無言で上半身を軽く揺らし、その勢いで俺にぶつかってきた。痛い。「なにを」「うるさい浮気者」


 そして、夕陽は俺たちが近づくよりも先に走って近寄ってきた。


「ごめん。待たせたか」

「ううん、全然。待ってないわ」


 そんなやりとり。


「このまま商店街のアーチのところまで行くわよ。レモンは家が近いでしょうから、たぶんもう着いてるわ」

「そうだな。行こう」


 そうして俺たちは『メゾン朝陽ヶ丘』を後にした。


    ◇


「おっそいぞー」


 アーチの下には、既に近泉とレモンがいた。


「しっかし驚いたよ。アーチの下で待ってたら遠目にモヒカンが近寄ってきて、聞けば『俺も探偵に会いに行くんだよ』って言うもんだから。こいつ私たちが探偵に会いに行く理由知ってんのかなって聞いたら、そういえば知らんかったわ、って」


 そういえば言ってなかったわ。ごめんレモン。


「近泉に詳しい事情は聞いたぜ。椎尾先輩のことで、探偵を問い詰めに行くんだろ。なんでも、じゅーよーさんこーにんってもんらしいからな」


 重要参考人。

 探偵の役柄であるのに、容疑者として疑われもするとは──いや、それも込みの探偵か。フィクションの中の探偵は常にシロではなく、時としてグレーの場合も往々にしてある。


「まずは行ってみるしかないな。なーに、こっちは五人だ。いざというときは、久之木と三択が犠牲になってくれる。だろ?」


 近泉がニヤリと俺たちへ言う。


「任せろってんだ。俺とオーちゃんの二人がいりゃ最強だからよ」

「本当にマズい状況になった時は俺逃げるぞ。今のうちに言っておくけど」

「おお? 俺は最後まで戦い抜くぜ。敵を前に背中を向けるなんて、俺の中の正義が許せねえ。このプレミアムな太陽の精に誓って、俺は逃げねえ」


 レモンは手にあの太陽の精(押すと喋る)を握りしめ、そんな風に誓った。握った拍子に押したのか、


 ──『健康なひとは誰でも、多少とも、愛する者の死を期待するものだ』


 そんなことを、太陽の精は云う。好きな人が死ぬことを期待する。俺には理解できない感情だ。好きな人には尚更、生きていてほしいものではないのか。

 

「あははっ。威勢がいいねえ三択は。さすがはモヒカンなだけある。その正義感なら、警察官でも目指したらどうなのさ」

「警察かぁ……将来の夢なんざまだ考えてもねえけど、まあ、どうだろな」


 どうすんべなぁ、とレモン。本気で悩んでいるようだ。


「その場合はモヒカンは剃ってしまえよ。今のお前の見た目じゃあ捕まる側の人間だよ」


 そう言うと、レモンは「このモヒカンを剃るだなんて、とんでもねえぜ」とおどけた。


 そんなこんな会話しているうちに、俺たちは朝陽ヶ丘通りの『稲達探偵事務所』という看板が掲げられているビルの前まで来た。やはり、あの髭の人は探偵なのだ。

 外付けの鉄製階段を上り、目の前には磨りガラスの嵌められたアルミサッシの扉。ここにもやはり、稲達探偵事務所の看板が取り付けられている。


「インターホンはないの?」

「見たところはな。ノックしてみるか」


 ドアのところに手の甲を近づけ、ふと思う。


「こういうときのノックって何回ぐらいだっけ。二回は確かトイレだろ……三回?」


 普段ノックするのはトイレぐらいのため、はっきりとしない。学校の先生は三回ほどだと口にしていた気がするが、


「私なら四回するけど」


 と、陽香。近泉も「そんくらいしとけば上出来だろ」と頷いている。


「三回で良いとも聞くわ。四回はさすがに多い気がするし……」


 とは夕陽。レモンは「分かんねえぜ」と元気よく答えた。


「まあ、三回ぐらいだよな」

「……ユーヒの意見をとるのね」

「フられちゃったなー、陽香」

「彼ったらいっつもそう。口を開けばユーヒユーヒって、そんなにユーヒのことが好きならユーヒの家の子になればいいのよ」

「アハハッ」


 恨みがましい視線の陽香とそれを慰めるように笑いながら肩を叩いている近泉の寸劇に苦笑しつつ。


 コン、コン、コン。

 三度のノック。

 

 ……返事はない。誰もいないのだろうか。


「出かけてるのかね」

「浮気調査とか行ってんじゃないの」


 近泉と、陽香。


「出直すべきなのかしら」

「もう一回ノックしてみようぜ」


 夕陽に、レモン。


「そうだな……もう一回してみるか」


 コン、コン、コン、コン。今度は四回。

 けれども、やはり返事はなかった。

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