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『モルスの初恋』

     24


 どんよりとクラス全体に重い雰囲気がのしかかっている。

 意に反し、学校は通常通りだった。休校ではなかった。

 外は皮肉なほどに青空が広がっていて、冬のからりとした空気が澄んでいるというのに。教室内はひそひそと小声が飛び交い、大声で笑うような生徒の姿はない。戻り始めていたはずの教室内を覆う明るさが、再び何処かへ去ってしまった。

「……」

 理由は明らかだ。

 桜花は机に頬杖をつき、退屈だと思われるような表情で窓の外を見ている。忌々しいほどに晴れている空の、遥か遠くの青を見ていた。

 みんなニュースを見て、みんな知っている。

 誰が休みなのか、少なくともある特定の一人が確実に休みであろうことを桜花を含めた教室内の全ての生徒が知っている。いや、全校生徒が知ってしまっている。そしてそれが休みではなくこれからずっと欠けるということを知っている。なぜ欠けることになったのかを知っている。

(つい最近会った事態の、これではまるで焼き直しじゃないか)

 桜花はそう考える。視線の焦点は相変わらず遠くにあった。

「なあ、オーちゃん」

 呼びかけられて桜花は窓の外から視線を戻す。浮かない顔の衛門の姿があった。なにか悲しい出来事を見聞きしたかのような友人の表情に、桜花は察したままを継いだ。

「知ってるよ」

「あー知ってたのな。まあ、ニュースであんなに言ってたものな。俺、校門のところでテレビカメラ見たし」

「うん。俺も見た」

 未明ヶ丘高校の校門のところには人だかりができていた。神妙な表情で大仰なテレビカメラの機材を前にして話し続ける彼らを、桜花は冷淡に一瞥した。何故だか自分たちよりもずっと必死で、何でかずっと余裕がない彼らの姿に、冷ややかな侮蔑の感情が湧いた。精一杯、彼らは事態の重さと緊迫感を広く広く拡散させようとしている。他人事の、対岸から、さも自分たちとかかわり深い出来事であるかのように。

「……こええな」

 独り言かと思うほど小さい衛門の言葉に、桜花は「怖いな」と返すしかなかった。


 やがて、始業のチャイムが鳴りわたる。


「おはよう」


 重い表情で、桜花達の担任である或鐘流奏が入ってきて、簡単な挨拶を行い、一瞬眉を顰めたのち、思い詰めたような表情で言葉を継いだ。

「みんな……知っている、とは思う」

 この場の全員が心に思いつつ、口には出さないその話。出さずにいても、誰かが出してくれることを望んでいるだろうニュース。殺人の話題。

 ひどく憔悴している様子の或鐘が、重々しく一つ息を吐く。言いたくないことを、どうにかこうにか気力を振り絞って言おうとしている者の所作だった。

 一拍、二拍。

 そのぐらいの間を置いて、彼はようやく口を開いた。


「ここ未明ヶ丘高校の生徒が、()()、亡くなった」


 桜花は、或鐘の言葉に目を丸くした。

(……二人。二人?)

 桜花の知らぬ間に、四人目が死んでいた。


 条理桜花の一切関与していないところで、面識のない女子生徒が命を落としていた。


     25


 おや、おや。ここで死んでいるのはどちら様?

 死は「知らない」と首を横に振り、『私』も首を傾げるほかありません。


     26


「一年の小瀬静葉と、二年の佐藤真理」


 その二人だ、と或鐘は沈痛な声音で伝える。

 小瀬静葉と、サトウマリ。死んだのはその二人。三人目と四人目。それとも四人目と三人目か。それに……サトウ、という名字。

 桜花は、つい最近にその名字を聞いた。

 未明ヶ丘西霊園。小瀬静葉の胸を削がれた死体を見た後。警察を呼んで。やってきた警察に。サトウという女性がいた。女性は話していた。未明ヶ丘高校に。桜花よりも一つ年上の。娘がいる、と。そう。サトウマリ。名は聞かなかった。佐藤真理。死んだのはそんな名前の人物。

 

 ガタン。


 重い雰囲気の教室内、椅子の足が木床を滑る音。

 思考を中断し、桜花をはじめとした生徒たちが音のする方を見ると、一人、席を立っている者がいた。

「ま、真理先輩がですか……!?」

 驚きに目を見開く彼女は──遠泉早紀だ。

「ああ、そうだ。驚く気持ちも分かるが、遠泉、まずは座りなさい」

 厳しい表情の或鐘の注意に、「は、はい。すみません」と素直に謝りつつ遠泉は椅子をもとの位置に戻し、座った。

「小瀬静葉については、昨日の朝からのニュースを見て知っている者も多いだろう」

 そのときちらりと、或鐘の視線が桜花の方を向き、すぐに外された。そう動作に桜花は察する。恐らく先生は、ことの経緯を聞いているのだろう。誰が、直前に、小瀬といっしょにいたのか。

 小瀬静葉が死ぬ直前、霊園内にいた主要な人間は桜花のみ。それ以外には誰もいなかった。人間でないならば、まだ人間でなっていないために人の数にカウントできない存在ならば、いた。死、という者が。

「佐藤真理に関しては……恐らくは、今ぐらいにニュースで流れている。僕も、ついさっき聞いたばかりなんだ」

 そこまでを言うと、或鐘は両手を教壇の上につき、力なく項垂れる。生徒に対して取り繕う余裕もなくなったその様は、絶望、だった。この時確かに、或鐘流奏の脳内は絶望に支配されていた。

「……悪いね。君たちを不安にさせてしまって。僕たち教員も尽力はしている……しているが、いったいそれが功を奏しているのだろうかな。ははは……」

 或鐘の言葉は重く、力無い。


「……なんて、不条理だ」


 或鐘流奏は実感している。

 現在という今が。それはそれは紛れもなく不条理なものである──と、そう。

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