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稲達ヒューマンリサーチ(株)

(痺れを切らした死……)

(親しみを携えて……)

(参りました……)


 友を名乗る者から送られてきた手紙は訃報であった。

 簡素な茶封筒の中に三つ折りされた紙が一枚封じられ、ポストに投函されていたその手紙に消印はない。どうにも郵便機関を介さずに直接送られてきたらしい。誰かが出向いてきて、その手でポストの中に封筒を入れた、そういうことになるのだろう。

 稲達いなたつ孤道こどうは丁寧に整えられた口ひげを触り、その紙面を眺めていた。紙上にはパソコンで入力された無機質な文字が並んでいる。


「所長」


 ことわり芙月ふつきが声をかける。制服姿の彼女はソファーに行儀よく座り、湯気が立ち込める一人分のお茶を無表情に見つめていた。うむ、と稲達は頷き、理に視線をやり、口を開いた。


「どうやらこの送り主は私の旧友らしい。けれども私には、まるでこの方の見当がつかない。第一、名を書いていない。これでは誰か分からない。消し去られた友より、か……うむ、分からない。それに水代みなしろ永命えいめい……これは最近亡くなった作家の名だね。面識はない……はずだ。それに最後の数行に、余白に書いてあるこの一文も……これはもう脅しに近いな……ははは……私はどこかで恨みでも買ったのだろうか、憶えがないわけでもないが……なんにせよ用件があるのなら直接この事務所に来て頂かないことには、私にはどうすることもできない。けれども、この文面、いたずらにしては結構な興味をそそられる。理くんはどう思う……理くん?」


 理はおっかなびっくりな様子でお茶を飲んでいる。まだ熱いらしい。恐る恐る口を付け、顔をしかめている。


「お茶っぱが、きれました」


 飲むことを諦めたらしく再びテーブルの上に湯のみを置きつつ、稲達へ向かい静かに言った。


「ええ……」


 拍子抜けた声をあげる稲達をよそに、続けて理は言う。


「これではお客様にお出しするお茶がありません。出涸らしを出すのも気が引けます」

「君が飲んでいるので最後かな」

「はい。肌寒く思いまして」

「飲んじゃったのだね」

「飲んじゃいました」


 えへへ、と理が可愛らしく笑った。


「そうか……」


 哀愁ただよう顔で、稲達は窓から外を眺めた。通りには制服を着た生徒らしき人間がちらほら見える。時刻は夕方六時すぎ、学校帰りにそのまま遊びへと洒落こんだ生徒達だろう、この姪のように。


「ちょっと、買ってくる。時間はありすぎるほどにある」


 稲達孤道は暇だった。現在閑古鳥が鳴いているこの事務所には、今日は一人も依頼人が来ていない。つまりはいつも通りだったのだ。依頼人がまるで来ないのである。


「夕陽ヶ丘高校の近くの茶葉店ですか?」

「うむ」

「からまれないと良いですね。私この前、登校の時にあの校門をぬけていくモヒカンを見ましたよ」

「怖いなあ、昨今の若者は」


 遠い光景を眺めるように、稲達は目を細め苦笑した。


「所長だってヒゲ生やしてるじゃないですか。背丈もありますし」

「ヒゲは、そこまで怖いものじゃないだろう。私など見掛け倒しだよ。本当に怖いのは非倫理的行動を実際に行える、そんなブレーキの壊れた人間だ。通り魔のように」

「まだ捕まっていませんものね……見ましたか、所長。今朝のニュース」

「ああ、見たよ。遂に死体が出てしまったようだね」

「メメント森の中にある、ラブホテルの廃墟の中……一人の少年が天を仰ぐように事切れていた。胸元にナイフを突き立てて……おお、怖い。同級生なんですよ、私の学校の……」


 我が身を抱くように、理は腕を交差する。


「理くん、状況に詳しいね」

「はい。犯人ですから」

「そういうのは冗談でも止した方が良い。おおかた、丸坊主の刑事にでも聞いたのだろう?」

「えへへ」


 可愛らしく理は笑った。肯定の笑みだった。

 ぶらぶらとローファーを履いた両足を前後に動かし、機嫌良くにこにこと笑う彼女の様子に稲達は苦笑し、外套を羽織る。そして戸に手をかけると、「行ってくる」室外へ足を踏み出した。

 西の空には橙の日が浮かび、通りを行き交う人々の顔を赤く染めている。身に染みる冷たい風を受け、稲達は独り茶葉を買いに歩む。頭の中にあの奇怪な一文をこびりつかせたまま。


 痺れを切らした死が親しみを携えてやって参りました。


 ……胸騒ぎがする。

 稲達は、自らの胸に遺された傷痕が微かに痛むのを覚えた。

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