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真夜中の公園で話した

「いやーごめんごめん、なんかものすっごく驚かせたみたいでっ」


 はははっ、と近泉が快活に笑う。

 薄手の上着を羽織り、スポーツ用のウェアを着ているその姿から、ランニング中に俺たちを見つけたようである。ほんとびびった。


「いやでもさー、私もビビったんだぜ。いつもみたいに走ってたら森の入り口んところに人が三人立っててさ、その時点でもーヤバい予感がぷんぷんしたんだけど、それでもじっと見てたら、こっちを向いてるみたいで……あーどうしよ、逃げようかなと思ってたら、でもよく見ると見たことのあるサイドテールが一人の頭からぴょこんと出てるわけよ。それで、もしかしたら陽香か、と思って。そして陽香がいるなら、当然そこには久之木がいるな、と思って、でも残りの一人が誰か分かんないまま突撃してみたけど……まさか、転入生さん──いや、一乃下さんだったなんてなぁ。久之木、お前ほんといつか殺されそうだな」


 長台詞の最後に俺を脅し、近泉はまたハハハハッと大きく豪快に笑った。


「ふん。オーリを殺そうとする人間はまず私が殺すわ」

「怖いって。冗談でもそーいうこと言わない方が良いと思うぜ私は」


 陽香の物騒な言葉も慣れたものなのか、近泉は流した。


「近泉さんは、いつもこの辺りを走ってるの?」

「ああ、うん。そうだよ。いやまあ、実は今日部活の先輩とお菓子の材料買いに行く予定だったんだけどさ、ドタキャンされちゃって、そんで走ろうかなってなって。今めちゃくちゃブッソーなんだけどね、もうこれは習慣だから。それに私一人だけなら、猛烈にダッシュすれば逃げられるでしょ」

「でも、危険なことに変わりはないわ」

「ご心配ありがと。ま、何かあったらそれは私の自己責任だよ」


 にぃと、爽やかな笑みを見せると、「それで」と近泉は改まった表情を浮かべた。真剣みを帯び、深刻な面差しとなった。


「陽香たちは、見た?」

「見たって……あー……」


 見たか、という質問に、俺たちは一斉に合点がいった。

 ニュースを見たか、ということだ。

 今朝のニュース、西霊園で人が一人、死んでいたというニュースを。


「見たわ」


 陽香が答え、俺と夕陽も頷く。


「……信じらんねえよな」


 近泉はそう言うと、ぐ、と気持ちを切り替えるかの如く屈伸を行う。


「ま、明日の学校で霜月先生が言うだろーねぇ。ひょっとすると休みになるかもしれんけどさ……あーあ。さてさてそんじゃあ冷える前に走ろっかな。じゃーね、お三方。しっかりと家に帰んなよ。あと久之木は刺されろ」

「やなこった」

「アハハッ。また、明日」 


 軽口を言い合い、再会を前提とした別れを交わし。

 近泉はさっさと走り出して、またあっという間に見えなくなった。ほんと速いなあいつ。


「近泉さん……一人で大丈夫かしら」

「だいじょーぶでしょ。サキ脚速いし、持久力もお持ちだし」


 心配する夕陽に、陽香が軽い声で言う。


「そんじゃあ、私たちも帰る? それとも、やっぱりこのまま廃墟ぐらいまで行っとく?」

「……帰ろうか」

「そうね」

「ふーん……でもさでもさー、森の中にあるのって、ラブホテルの廃墟でしょ?」 


 にまにまと言う陽香に、夕陽が嫌そうな表情を浮かべる。

 

「それがどうかしたの、未知戸さん?」

「ん、いやね、私たち高校生なんだしぃ、そろそろご利用経験のある同級生とかもいるんじゃないかなーって、そんなことをふと思ったのよ」

「……無理に決まってるわ。年齢制限だってあるのよ」

「そこはほら、偽ればいけるでしょ。それで始めるの……あの、セで始まる四文字の行為を……ユーヒは分かる? 分かるでしょ? 高校生だものね、あのアポロチョコみたいな色合いのピンクのパンツだって持ってるユーヒなら、きっと分かるはずよ。いくら清楚でカマトトぶってても、分かるでしょ?」

「う、うるさいわね……分かってる」

「じゃあなに? 大声で言ってみてよ」

「せっぷく!」

「……。惜しいわ。韻は当たってるんだけど……そんなに自信満々に間違えて、本当に知らなかったの……? い、いえ、私が上手くかわされただけ? だとしたらユーヒ、あなた中々やる……」

「そもそも何の話をしてるの。早く帰りましょう」


 嫌な予感がした。具体的には、巻き込まれそうな、火の粉がこっちに飛んできそうな、そんな予感だ。


「オーリは興味ないのー?」


 やっぱりこっちに飛んできた。

 いきなりの質問に加え、夕陽もじっとこっちを見つめる。答えようによっては、あの表情が軽蔑に変化するだろうことは火を見るより明らかだ。


「切腹か……したくはないな、死にたくない」

「ううん。セックスのほう」


 ぶっこんできやがって。


「……したくはないな、死にたくない」

「それで躱せると思った?」


 思ってなんかない。


「もういいでしょっ。早く帰るわよ。桜利くんも、桃色の脳細胞をお持ちの未知戸さんも!」

「だな……」

「桃色の脳細胞ってなによ。人を色情症みたいに言っちゃって」

「早く!」

「わ、分かったわよ。そんなに怒んなくてもいいじゃないの……」


 そして俺たちの意見は合致させられ、三人が三人、踵を返した。

 廃墟……朝陽ヶ丘の森の中に聳える、ラブホテルの廃墟。以前その中で足を滑らせて死にかけた記憶があるため、あまり近寄りたくはない場所だ。

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