真夜中の公園
どうして俺はこんなところにいる?
脈絡がなかった。
俺の意識の脈絡がなかった。
直前が無く、急にこの場にいる。
突如、ここに発生したかの如く。
ここは。
見渡す。
公園だった。どこかの公園。
奥には森が広がっている。
遠くに四阿。点々と楠木。足もとに芝生。
「ああ……」
分かった。理解した。
ここはメメント森手前広場だ。
じゃあなぜここに、という疑問が起こる。
「なーに黙り込んじゃってるの?」
「うわっ」
急に聞こえた言葉に心底ビビる。
今の今までいなかったはずなのに、突然聞こえたのだから。
「『うわっ』ってひどくない? 今の今までいっしょにいた相手をさー、さも今発生しましたとばかりに怖がっちゃってぇ」
そう言って彼女はふて腐れたようにジト目をする。
この子は……考え、すぐに答えは出てきた。
「諏訪、さん……」
「そーそー、諏訪さんですよー。アンタがビビったすほーさんでーす」
拗ねたように口を尖らせる彼女は思いのほか可愛らしく、自然と笑みが零れた。
「俺たち、なにしてたんだっけ」
「えー? それ、私の口から言わせるー?」
きゃはは、と笑い、笑うと、諏訪さんはいつもの二つ結びの金髪を少しく触り、
「デートだよデート。真夜中デート。言わせないでくれない? 自分で言うとこれがまた恥ずかしんだから」
「あははっ。それは悪かった」
言われて、思い出した。
そうだ。今はあの、諏訪さんの部屋を訪れた後のことだ。その後の場面だ。あの後、部屋を出るとき、「ちょっと散歩でもしない? アンタ次第じゃ、デートって言い換えても良いけど」と誘われ、今に至る。俺次第のその言葉、俺はデートと言い換えた。
「本命までのツナギなのにねぇ、よくもまあ、了承してくれたわ。有難いけどね。私ってアンタにけっこー好かれてたんだなって。人に好かれるのはまあ、悪い気はしないもんだしー」
ふふ、と諏訪さんは笑うと、一歩二歩、俺の前に歩み出て、芝生の上でくるりと回る。片足を軸にして……確かバレエの用語でなんか言ったような……ダメだ、分からん。分からないからパス。今は諏訪さんの言葉だ。
「別に、玲那って呼んでもいいよ。これもアンタ次第だけど」
そんな、お誘い。
魅力的な彼女を、名前で呼べる。乗らないことはなかった。
「なら、呼ぶよ──玲那」
「ふふーん。それでよーしっ」
そして二人、相変わらず距離の近い彼女と並んで、俺たちは森の中へ入っていく道の入り口に立った。
「うっわー。まっくら。こっわ」
「だなぁ」
目の前はあまりに暗い。一応、道を照らす電灯は設けられているものの、それでも心細かった。この道を行くのは躊躇われる。
「この道の途中にさ、廃墟があるじゃん?」
「ああ。あるな」
「あれってラブホの廃墟なんだってさ」
「らしいな」
「あれ? 知ってた?」
「うん。結構有名な話だからさ」
ふーん、と玲那は笑うと、えひひ、といういつものヘンな笑いを浮かべた。浮かべ、俺を上目に見上げ、「行っちゃう?」とだけ。肝試しのお誘いであろうそれはなぜだか、蠱惑の響きを伴わせる。もしや、という期待を抱かせる。本命がいるであろう彼女は、ともすれば少しは許してくれるのでは、という、下卑た欲望を煽らせる。
「でも廃墟だもんね、廃墟ならさすがに、ベッドもカビちゃってるかなぁ。ビョーキになりそう」
「……や、止めとこうか」
「んー? 止めとく? それならそれで、私は構わないよ──あ、それじゃそれじゃあっ、こうしましょ?」
距離が近いどころでなく、玲那は俺の腕を掴みすらした。いや、腕に抱き着いてきた。柔らかな感触が両腕を包む。それが何に由来するのかは瞭然だった。彼女はもしかすると、本当に……いや、いやいや、それはさすがに、己が欲に忠実すぎる。都合がよすぎる話だ。
「モルスの初恋を読み終わった後で、ね」
耳元でそっと、そう言われた。
熱のこもった声だというのが、はっきりと分かった。天真爛漫な同級生のそんな一面に、俺は……
「わ、分かった……」
怯えのような期待のような。
邪であることはまず間違いない気持ちを抱きながらも、そう答えるしかなかった。
「ならばよしっ。楽しみにしてるからねー。あと、私は尻軽じゃないともう一度念を押しておく!」
「……分かってるよ」
「ふふっ。期待してるよ、ほんとにしてる。だからアンタもしていいよ。私は約束を破らないの、約束を忘れないの、そーいう人なの私はねっ☆」
俺たちは笑い合い、その日はそこで別れた。
俺が『モルスの初恋』を読み終わることへの、肉欲的な目的が加わった。身も蓋もなく言えば、読み終わることで玲那はセックスをさせてくれるという約束を交わした、ということになる。あんな美人が……高校生だぞ、俺。抗い難いに決まってるだろ。