外へ出た
曇天ということもあり、空は薄暗い。
電灯の点けられた室内に俺たちはいた。陽香と、夕陽と、舞、そして俺の──四人だ。少し遅くなった昼食を食べ終えた後の憩いの時間とし、笑い声を響かせるテレビ画面をみんなで囲い、ちらほらと会話しながら時間が過ぎていく。
そうこうしているうちに、雨が止んだ。
窓の外に広がる鼠色の空と、じめっとして冷たい空気を残し。
「……」
「なーに、外出たいの?」
リビングから見える空を見ていると、陽香にそう言われた。陽香の問いに促されるように、夕陽と舞もまた、視線を俺に向ける。
「いや……雨、止んだなって」
「おさんぽ?」
「まあ、だな。ちょっと歩いてこようかなって思ってたところ」
「オーリの行き先、あててあげる。西霊園でしょ?」
いきなりのその単語に、虚を突かれる。「図星でしょー」陽香が口端をあげる。笑ったのだ。
「……ああ、そうだよ。図星だ。西霊園に行くつもりだった。今からなら、バスもまだ出てるだろうから」
もう時刻は夕方に近い。
薄暗い曇り空は、あと二、三時間ほどで暗闇に満ちる。
「行ったところで、得られるものはなにもないわ」
陽香がそう、言い切る。
「つい何時間か前にも言ったでしょ。オーリ、あなたはいてもたってもいられないだけなんだって。衝動に任せて殺人現場に言ったところで、ずぶのシロートのあなたにいったいなにができるの? 警察の人たちもきっと通しちゃくれないわ」
「……だが、」
だが。
……それに続く二の句が継げない。
行ってどうする? 俺にはその問いを打ち倒せる解がない。
「今はひとまず、殺人事件のことについては忘れるべきよ。私たちの心の平安の為に。これも、さっき話したことだけれど」
「……わるいな。聞き分けが悪くて」
「ううん。不快には思ってない。むしろ、オーリのその反抗的な視線に興奮したぐらい。私、あなたに好かれるのも好きだけど、嫌われるのもきっと好きなんだわ……」
惚けたように言う陽香。「こほん」と咳払いが聞こえた。夕陽だった。
「話が逸れちゃったわね……ま、オーリの気が逸るのも分かるわよ。輪郭のぼやけたものに怯え続けるのは私だってイヤだし。でもね、オーリ。衝動で行動するのは危険だわ。きちんと考えた上で、じっくりと冷静に安全に証拠を集めるべきなのよ。真実を知りたいが為に危険に無思慮に突っ込むのは、探偵として赤点だと思う。その勇猛さ、私の旦那様としては大正解だけど。いいえ、言い方が適切じゃなかったわね。オーリの立ち振る舞い全てが大正解。私の心に大当たりなの。だからオーリ早く私と結婚しま」「私も未知戸さんの言葉に賛成するわ」「ちょっと! かぶせないでよっ」「後半の言葉はこの場において不要だと判断したの」「おーぼーだわ!」
陽香の忠言に、夕陽の賛同。
むきき、とにらみ合う二人に挟まれ、自らの行動理由を考える。
犯人を見つける。
誰が殺したのかをはっきりさせる。
そうすることで一刻も早く……「わ、わたしもあんまり危険なところに首つっこもーとするのはだめかなって」遠慮しいに、舞が言う。
「……これで、一対三。私たちは純粋にあなたを心配してるの。嫌な言い方をするけど……そんな私たちの心配を踏みつけてまで、あなたは危険に飛び込めるような人間だったっけ?」
陽香。
「……俺がどうだったかはよく分からないが、そうありたくはないな」
気が急いている。その通りだ。
ならばどうして急く必要があるのか。知りたいからだ。
なにをか。犯人を。
どうしてか……そうすることで、俺以外の潔白を、一刻も早く、俺の中で証明したい。疑いが湧いている。俺の中で、猜疑が溜まりつつある。様々な疑いが。
「だから、デートしましょ」
「……は?」
だから。どう繋がってきたうえでの『だから』なのかが一瞬分からなかった。数拍置いた今も分からないのだから一瞬じゃないな。
「なにが『だから』なの?」
夕陽が聞いてくれた。
「オーリが頭に血が上ってなんか焦ってるみたいだから、夕暮れデートと洒落こんで休息の時間をつくろうかなって思ったの」
「ああ、そう」
「外は危険だけど、二人いればまあ大丈夫でしょ。さ、オーリ、早く立って。善は急げよ。外の空気を吸い込んで、少し頭を冷やすわよ」
すたんだっぷ、と陽香は両手の平を上にあげるジェスチャーを行った。
急だが、まあいいかという思いもあった。部屋の中で考え込むより、適当に歩いたほうが、この焦りも発散されそうな気がした。
「私も行く」
立ち上がる俺の腕を掴み言うは、夕陽だった。
「はー?」
陽香が不満を隠そうともせず、夕陽に言う。
「『はあ?』じゃないわ。私も行くと言ったの」
「えー?」
「『ええ?』でもない」
「だめ」
「『だめ』はだめ」
「けちっ」
「けちはあなたよ」
反対をすべて一蹴され、陽香は「分かったわよ」と口を尖らせる。分かればいいの、と夕陽は満足の笑みを浮かべた。
「舞は、どうする?」
俺たち三人がいなくなれば、自然、この家には舞一人だけとなる。
「んー、私はいいや。待っとく間にお夕飯の準備とお風呂沸かしとくから」
「夕ご飯があったわね……マイちゃん、一人では大変でしょ。私たちが帰ってからでもいいのよ」
「いいってことよ陽香おねーちゃん。こちとら好きでやっとりますんで」
時代劇の物まねか、どんと自らの胸を叩き、威勢よく舞は言う。
「わるいな……鍵、かけとく。俺たち三人以外は、誰が来ても絶対に開けるんじゃないぞ」
「さー、いえっさー」
「あと、リビングの電気、つけっぱで良いからな」
「おっけー」
そして俺たち三人は各々用意を──と言っても上着を羽織っただけだが──して、舞に見送られ、家を出た。
玄関扉に鍵をかけ、いざ、散歩である。
じめりとした寒さが一層、途端に身体にまとわりついてきた。
外はもう、薄暗い。