昼過ぎだった
「おひるごはん、おひるごはーんっ。おねーちゃんずとさんにんでー、おにーちゃんだけのけものでー」
即興なのだろう歌を歌いながら、キッチンで我が妹が腕を振るっている。
お昼も過ぎ、この家の中にいる俺を含めた四人が四人とも昼食を食べていないとのことで、舞が作ってくれている。手伝おうかという提案は、「んー、いらない」と一蹴されたての今である。なぜだか陽香と夕陽は手伝えている。どうして。俺の腕がそんなに信用ならないというのか。どうせ俺はのけもののおにーちゃんだ。
「ユーヒ、舞ちゃんも……料理においてなにが一番大事か分かる?」
「うーん……これ食べて美味しいと思ってほしいなーっていう気持ち?」
「分量通りに正確に作ることでしょう?」
「舞ちゃんは限りなく正解に近いわ。ユーヒの言うことは正しい。でも正しいだけ」
「へーえ。なら未知戸さんはなにが大事だと言うの?」
「────愛、よ。愛さえあればどこまでも料理は美味しく作れる」
「愛……! え、わっ、ああっ、焦げ始めちゃってるよおねーちゃん」
「焦げてるわよ、未知戸さん、それ」
「そんな、私の愛が強すぎたとでもいうの……!?」
「火が強すぎたのよ」
キッチンで賑やかに会話する三人をしり目に、一人寂しくテレビ画面とにらめっこ。
独り言を言い続けるテレビは、先ほどから一つの殺人事件について述べている。朝陽ヶ丘市という街の、朝陽ヶ丘西霊園と云う場所で、一人の少女と見られる遺体が転がっていた──名前は尾瀬静香といい、変死体……どう変なのか、テレビ画面上のリポーターは一切触れようとしない。変死体。妙なことになっている死体。異常な状況にされた死体。
あの写真に写る尾瀬は、おそらく胸部が削がれていた。
はっきりと、しっかりとは見ていない。見られなかった。
血濡れの胸部に、いつもはあったハズのものがなかった。胸が、なかった。
「意図は、なんだ……」
なぜ胸を削いだ?
園田にしてもそうだ──なぜ首を斬った?
そしてそれを撮影して写真にし、夕陽のもとへ届けた。嫌がらせか。にしてもなんて悪趣味で、残酷な……それだけの恨みが? 夕陽に対して? 尾瀬や園田に対して?
テレビ画面で繰り返し映される、恐らくは録画であろう映像には、霊園の入り口に大量の記者と、野次馬がいる。パトカーが複数台あり、警察がごった返している。警察官を前にうろたえ切っている年老いた男性がいる。しきりに首を横に振っていた。何も知らない、何もしていない、ときっと何も分からないであろうその管理人が、必死に自らの潔白を訴えていた。
『先日に発生した女子高生殺人となんらかの関係があるとして──』
リポーターが言う。
先日に発生した女子高生殺人。
園田桜子の件だ。
『管理していた男性に事情聴取を行い、引き続き捜査を──』
テレビ画面のテロップに、『連続猟奇殺人か』と映っている。連続。猟奇。殺人。誰かが猟奇性を伴い、連続して人を殺している。それが誰かは、分からない。誰も誰にも、分からない。当事者である殺人犯、もしくは殺人犯たちにしか……「くそっ……」忌々しさに、悪態が口から出てきた。
確かなのは。確かなのは──俺ではない。
……それ以外に出てこない。俺は、俺自身がそうでないことを知っている。裏を返せばそれしか分かっていない。潔白を証明できるのが自分自身しかいない。
俺の知る人物、俺以外の全員が、そうでないと断定できない。
久之木桜利が殺人をしていないのは確実か? ──是、だ。
久之木舞が殺人をしていないのは確実か? ──分からない。
未知戸陽香が殺人をしていないのは確実か? ──……。
一乃下夕陽が殺人をしていないのは確実か? ──……分からない。
三択檬檸が殺人をしていないのは確実か? ──分からない。
睦月……霜月先生が殺人をしていないのは確実か? ──分からない。
美月深宇が殺人をしていないのは確実か? ──分からない。
近泉咲が殺人をしていないのは確実か? ──分からない。
茂皮正美が殺人をしていないのは確実か? ──分からない。
久山英明が殺人をしていないのは確実か? ──分からない。
稲達孤道が殺人をしていないのは確実か? ──分からない。
他のクラスメイトは? 近所の人は? ふと見かけたすれ違った知らない誰か達は? ──分からない。
「……ああ、ダメだ。疑り深くなっている。これではダメだ。これではいけない」
小さくぼそりと、自らに言い聞かせる。
誰も……誰も、犯人であってほしくない。
俺の知る、俺が知り得る以外の誰かであってほしい。いや、待て。待つんだ。その可能性の方が高いじゃないか。この街には、俺が知る人間よりも知らない人間の方が遥かに多い。数十倍数百倍数千倍数万倍は多い。だから、犯人の可能性はそちらの方が大きい。
「できたよーおにーちゃん」
キッチンから、妹が呼びかける。
鼻腔に入る香ばしく、食欲をそそる匂いに今更のように気付いた。
テレビの電源を切り、テーブルへと向かう。テーブル上に並ぶ料理皿に、エビフライやら、コロッケやらの揚げ物に、千切りにされたキャベツとトマトの赤が瑞々しい。白米に豆腐とネギの浮いたみそ汁、食欲が湧き上がる。
「ごめんね、オーリ。あなたの分が少し焦げちゃったけど」
「未知戸さんのね、愛という名の火加減が強すぎたみたいで……あ、でも味は美味しかったわ」
「え、ちょっとユーヒ? あなたなにオーリの分をつまみ食いしてるのよっ。そもそもいつ食べたの!? まったく気付かなかったんだけどっ」
「お腹空いてたから。ごめんね桜利くん。私のぶんを一個あげる」
ひょい、と俺の皿へ夕陽が一個コロッケを入れた。
「な、なら、良いのよ。無くなった分をきちんと補ってくれれば……」
賑やかな彼女たちは、とても、犯人とは思えない。
だから、この心配は──きっと、杞憂だ。