2.運命の女神様
少年は気付くと、暗闇の中に立っていた。不安が体を飲み込む。冷汗が頬を伝わるのを感じる。
自分の置かれた状況が理解ができない。
落ち着け、今さっきまでは師匠と一緒にいたんだ。きっと何かの手違いが起こったんだ。
少年はそう自分に言い聞かせると周りを見渡した。しかし周りは漆黒の闇が広がるだけで
少年の期待するものは何一つなかった。何一つ、何もなかった。
「し、師匠?...」
少年の声はむなしく闇に吸い込まれる。誰も返事をしそうにない。
最悪な事態が頭をよぎる。
このままここに閉じ込められたら...
少年の頭の中で必死に状況を整理している脳みそはその考えを受け止めきれずにパンクしそうになる。
しかし、少年が恐怖に倒れそうになる前に、聞き覚えのない声が聞こえた。
"汝、我が契約を結ぶものよ。答えなさい"
闇の中から透き通るような声が頭の中に響く。
女性の声のようだが、声の持ち主の姿はどこにも見当たらない。
「え、だ、誰ですか!?」
「アレン = ウェイサイト。我が契約せし大魔導士 ラインヴァルト = ウェイサイトの末裔にしてその才能と力を受け継ぐものよ、聞きなさい。」
先ほどの透き通った声が今度は近くで聞こえた。
少年が後ろを振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
天使、少年はその女性を見てそう感じた。その女性の顔立ちはとても美しく、
女性の背中には大きく広げられた純白の大きな羽が広がっていた。
しかし、片方だけだ。純白の片翼の女性は少年に対して語りかけた。
「この時を待っていましたよ。悠久の時を持つものとしては、刹那のことでしたが。」
そういうと彼女は少年に向かって微笑みかけた。
少年の何も理解できていない脳みそで、一つの感情が生まれた。
身に着けた装飾の輝きがくすむほどの美しさを持つ女性を目の前にして、
15年もの間老人と二人暮らしで、めったに外に出ない少年は、
その女性の美しい姿に吸い込まれるように惹かれていった。
「あ...え、えっと...なんのことですか?それに僕、深淵を覗きに来たんですが...」
美しさを目の前にした少年は、言葉するまで忘れかけていた自分の目的を思い出し、我に返った。
「アレン = ウェイサイト。あなたは、契約せし者の末裔、その運命を我に預けし身。そしてその運命の扉
は、今開かれようとしています。」
「契約?...運命?...トビラ?」
「アレン = ウェイサイト。あなたはこの世界に残された希望の光なのです。1000年の呪縛を、あなたが再び封じなければなりません。」
「え、どういうことなんですか?それにここはどこなんです?あなたは一体...」
少年のパンクしそうな脳みその中からあふれ出た言葉は、透き通った声によって阻害された。
「ここはあなたたちの言葉で『 深淵 』と呼ばれる場所のさらに奥深くにある場所。
我はフォルトゥーナ、人々からは女神フォルトゥーナと呼ばれています。」
そういうと女神は、両手を少年の頭の上に掲げた。少年の頭の上から、女神の手から暖かい光が少年を包み込んだ。
流れるような光に少年は心地良さを感じる。先ほどの緊張感がうそのように消えていく。
「今からあなたに天啓と力を授けます。」
女神の手から流れ出す光が次第に強まっていく。温かい、優しい光は少年の心を満たす。
力が体の奥底から湧き出てくるのを感じる。自分の中の力が湧き水のように自分の体を満たす。
「あなたに授けた力は三つ、あなたの過去である『孤独』あなたの現在である『精励』そしてあなたの
未来である『叡智』」
女神の放つ言葉の一つ一つが少年の力に代わる。少年は自分の中に今までなかった力が存在するのを感じた。
「運命は定まりました。3年後の今日、あなたと再び再開することになるでしょう。
その運命に従いなさい。」
女神が放つ光が少年を包み終えると、女神は片翼だけの翼を広げ、飛び立とうとする。
「え?ま、待ってください!3年?どういうことなんですか!?」
少年の脳はいまだに理解が追い付かない。物事が急に過ぎ去り、何一つ掴めないまま事が進む。
「運命は既に決まりました。汝に祝福があらんことを」
「まってください!まだ...聞きたい....こ..と..が...」
暗闇が再び少年の前に立ちはだかる。少年は抵抗する間もなく、闇に飲み込まれた。
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熱と光の渦の中で、アレンは考え事をしていた。
目の前の生き物だったものが黒い炭に合わっていく光景を目の当たりにして、
自分の髪の焦げる匂いと空気中に舞う火の粉の熱さを肌で感じ、魔物の断末魔を聞きながら、
彼は3年前の事を考えていた。
「おまえっ!な、何者な...」
目の前のトカゲのような顔をした生き物は言葉をすべて言い終わる前に灰と化していた。
目の前の同胞が一瞬で灰になる光景を見たほかの蜥蜴人たちは、本能で危険を察知する。
資源を略奪しようと襲い掛かった馬車にこんな怪物がいるなんて、
しかも自分たちよりもチカラが弱いはずのニンゲンがこんなにも強いのは何かの間違いではないのか...
そう残りの蜥蜴人が考えた瞬間、彼らの前に閃光が走る。
視界を白い光が包み込み、何も考えられなくなった彼らは、気が付くと、死んでいた。
「ありがとうございます!まさか蜥蜴人が襲ってくるなんて...あなたがいなければどうなっていたか...」
そういいながら馬車の持ち主がアレンに頭を何度も下げる。
「いえいえ。こちらもニーブリグンまで送っていただいている身、助けるのは当然ですよ、それに荷物が無事でよかった。」
アレンはちらりと馬車のほうを見る。どうやら馬も怪我を負ってはいないようだ。
ぬかるんだ地面に横たわる生き物だった物をかたずけた後、アレンは再び馬車に乗り込んだ。
「いやあ、先ほどはほんとに助かりました。あなたをサンクトゥスで乗せて本当によかった」
アレンたちを乗せた馬車の持ち主が手綱を引きながら安堵の表情でアレンに語り掛けた。
しかし、今度は少し不安げな顔をしてアレンに質問をする。
「しかしあれだけの高度な魔法をお使いになられるとは、も、もしかして...魔法協会の御方なのでしょうか...?」
まあ怯えてしまうのも無理ないだろう。
アレンを乗せた サンクトゥス イルージオ 聖魔法王国 は宗教国家であり、
1000年前の対戦で活躍し、姿を消した英雄、
大魔導士 ラインヴァルト を神格化し、あがめている国だ。
しかし、国としては信仰より国家魔法機関である アエテルニタス 魔法協会とその団圧力により成り立っているといっても過言ではない。
アエテルニタス魔法協会は神格化した英雄に近づくことを目的している魔法使いが集まり、
軍事的活動や自然災害に対する対策といった、現代日本でいうところの自衛隊のような役割を
名目上背負っている組織だ。しかしこの組織は厄介ごとを引き起こすことで有名で、
魔法的知識のためなら犠牲を考えないカルトじみた組織なのである。
その絶大な軍事力と魔法的知識の量は他国からも恐れられており、
周辺国家とたびたび戦争を引き起こす事態まで起こしている。
そして、その脅威は王国の民の間にも広がっていた。
「いえいえ、そんな大した肩書なんて持っていませんよ。旅の冒険者...といったところです」
そう返事をすると馬車の持ち主はああ、よかったとため息をつき、再び手綱を引き始めた。
旅の冒険者...か
アレンは馬車に揺られながら再び3年前のあの日の出来事を思い出す。
目の前に降り立った美しい純白の片翼の女神。
彼女は自らを運命の女神と名乗り、天啓と力をアレンに与えた。
「3年後の今日、あなたと再び再開することになるでしょう。」
その言葉を胸に、アレンはその日が来るのを待ちわびていた。
授かった力の意味、当時には理解できなかった自分は師匠の元を離れ、修行に出た。
すべては女神様に再び会うために...
もうすぐ3年が経つ。運命に従い女神様に会える。
そんなことを考えながら、アレンは自分の故郷であるニーブリグン王国へと馬車に揺られながら向かっていった。
「いやあ、しかしほんとに助かった。もしかして予知能力なんかのスキルをお持ちなんですかな?」
「いやいや。そんなスキルは持っていませんよ。
こうなることも運命だった。ただそれだけのことです。」
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次回は運命の女神様との再開です(ネタばれ)
一体異世界の女神様はどんなしっかりした女神様なんでしょうかね