捜査編
「えー、亡くなった老人は飯島巻。ネットでブログを書いていて、そこそこ有名なクレーマーだそうです」
富田優は手帳にまとめた情報を見ながら先輩の海藤秀峰に口頭で説明した。それを聞きながら海藤は鑑識から事情を説明してもらった。
「死因は?」
「口から微かにアーモンド臭が漂います。それに、状況やら何やらと考えて毒殺で間違いないですな。寿司が一貫残ってますな、おそらくマグロを食べてる時にやられたんでしょう」
鑑識から聞くと、海藤は胸ポケットから手帳を出し今聞いた情報を書き留める。
「第1発見者は?」
海藤は今度は富田の方を向いた。急に話を振られ、富田は少し焦った。
「あ……その……え、と、ここにいる全員です」
「だろうな。店ン中だ」
と、髪の毛を触りながら海藤は言う。海藤の視線は止まっているレーンに目が行った。レーンには食べかけの寿司などが置かれている。
「まあ、寿司に毒を入れてガイシャに食わせるなんて芸当すれば目立つ。寿司を取り元に戻した奴がホシだ。誰かそういう奴見てませんか?」
「その推理はあまりにも単調だと思いますよ」
俺は海藤の前に出た。
「は?」
「そんな行動をすれば嫌でも目立つ。自分が犯人ですって言ってるようなもんじゃないですか」
「あんたは?」
怪訝そうな視線を俺に向ける。
「結城林道。探偵だ」
「結城林道? その名前どっかで」
海藤は考えていると、富田が「あーー!」と叫びながら指をさした。
「あの人ですよ! 事件に巻き込まれる探偵!」
「あー、それか」
「いやー、まさか本当に巻き込まれるとは、つくづく巻き込まれ体質なんですね、あなた」
と、海藤と富田の2人は納得する。
何が巻き込まれ体質だ。こっちだって勘弁してほしいわい。
「で、あんたは被害者の事知ってるのか?」
「俺は今日初めて見たよ。けど、どうやらこの店にはこの人と悪い意味でお知り合いの人が3人いるようだぜ」
と、俺は海藤に告げる。
「悪いお知り合い?」
「この人、クレーマーでね、事あるごとに喚いてたんすよ。潰した潰したって。それ関係で縁がある人がいるんです。この店の店長さんと、あのちょっと小太りの女の人、そしてこの席の向かいに座ってる若い男性」
俺は順々に言う。そして海藤はその3人を集め、話をし始めた。
「あなた方、本当に知り合いなんですか?」
「知り合いたくもねぇよ! こんなジジイ!」
ゴミを見るような目で飯島を見ながら若い男は言う。男の言葉を聞き、海藤は興味津々だ。
「ほぅ、どういう事かな? あなた、名前は?」
「俺は富所。このジジイのせいで俺がバイトさせてもらってた飲食店が潰れちまった。俺ンちは父さんが事故で死んじまって、母さんと妹と弟と暮らしながら生活してた。母さんはパートをして稼いでくれてたけど、それだけでは足りないから俺は学校に頼んで特別にバイトさせてもらってた。母さんは年できつい仕事が厳しくなって仕事数を減らしてたから俺のバイトがほとんど収入源だったんだ。それを無くされ、俺の家族は最悪だったよ。死んで正解なんだよ。犯人に感謝してぇぜ」
「ふざけんな、死んでいい命なんかねぇよ……」
俺は我慢できず、男に言った。
「あ?」
「俺は今日のあの出来事しか飯島さんを知らない。確かにムカつくジジイだなって思った。でも亡くなった人を悪く言いたくはないがこんな奴でも命は命だ。今回の事件がもし復讐だとしても復讐は復讐を呼ぶだけだ。なんの解決にもなりゃしない。死んでいい命。死んで正解の命なんてこの世にはねぇよ」
と言うと、男は黙って俯いていた。
「そちらの女性は?」
海藤の視線は女性に向く。
「私もこの人と同じです。私は播磨。私もパートをしてて、私が飯島さんに料理を持って行ったんですけど料理が遅いって言って……。あの人は時間のかかるお茶漬けを頼んだんです。遅いのは当たり前じゃないですか。それなのにあの人はこの店は最低の店だってネットで書き込んで」
「潰れてしまったと?」
「はい……」
小さく息を吐きながら海藤は手帳に話した内容を書き込んで行った。
「最後に、あなた」
と、海藤は男を見る。
「私はこの店で雇われ店長やってます。鮫咲と申します。前の店でも店長……というか花板だったのですが、飯島さんが来て味が薄すぎるって言ったんです。先ほどの探偵さんではありませんがそれこそふざけんなって言いたいですよ。ウチは京料理だったんです。食材の風味や淡い味などを楽しむ料理なんです。薄いのは当たり前でしょう!」
どれもこれも理不尽なクレームばかりだ。飯島の標的にあい、さぞかし大変な苦労をしているんだろうと思った。
「レーンはどう回ってますか?」
海藤は鮫咲に聞いた。
「どうって……時計回りにグルっと回ってますよ」
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「なら、犯人は富所さんという事になりますな」
海藤は富所を指差した。
「なんで俺なんだよ!」
「被害者と、播磨さんは同じ列の所に座っていた。しかも被害者は播磨さんより前だ。毒を仕掛ける暇なんてない。その点あなたはいくらでも毒を入れられる」
「ちょ、ちょっと待ってよ! それでも俺とジジイは距離が離れてるんだぜ? いくら俺が毒が仕掛けやすいからってジジイが取る寿司をどうやって見分けたんだよ。まさか俺が超能力者でジジイの心を読んだって言うんじゃねぇだろうな?」
「ムムムムム……」
海藤は口を尖らせ唸っている。
確かにその通りだ。
無差別殺人でもない限り、飯島個人を狙い撃ちするなんて芸当不可能だ。飯島の皿だと名前が書いてあれば話は別だが––––。
はっ!
待てよ?
名前……?
そういえば、さっき……。
俺は慌てて飯島が座っていた列のレーンを確認した。飯島が倒れたすぐ後に回転は止まったからさほど動いてはいないはずだ。
確かめると、金色と書かれた皿が置かれ、そこに置いてある寿司が無くなっていた。
そうか……。犯人はこれを使ったんだ。回転寿司という特殊な状況を利用して……。