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春の女王杯優勝戦線異常あり

作者: 蟻群深月

毎年、四季の塔のある国へ

春の女王を送り出してきたのがここ、春の花咲き村である。


例年、優勝特典の3ヶ月間の塔バカンスから前年度春の女王杯優勝者が

村に戻ったその瞬間、今年度の春の女王杯が開始される。

立候補から始まって9ヶ月間の様々な行動得点の合計で

優勝者が決まる仕組みだ。


得点は村人それぞれが独自に評価してその都度該当者に入れていく。

一つの行動に対して入れられるのは1点のみ。

且つ何人に点を入れてもかまわないので、不正は起こりようが無い。

頑張ったと皆に認められればたくさん点が入り、

そうでなければ点は入らないのだ。


なので、例年皆張り切って日々のあれこれに精を出す。畑の世話だったり

崩れた小川の土手の補修だったり、水車の手入れとか糸紡ぎや機織り、

粉をひいてパンを焼いたり、お年寄りの家の雨漏り修理とか手伝いとか、

作物や木の実の収穫やら保存のために乾燥させたりやら。

本当にありとあらゆることが得点の対象なのだ。



だが、今年度は様子が違った。なんと立候補者がいなかったのだ。

春の花咲き村村長は不思議に思って尋ねてまわった。


「ああ、アザミさん。

 今年の春の女王杯にはまだ立候補していないようだが、忘れていないかね?」


「いいえ、忘れていませんよ。

 今年は立候補しないでおこうと思っているのです」


「おや、それはまたどうして?」


「これまで頑張ってきたんですけど、なんだかもう疲れてしまって」


「ほほう」



村長が頭をふりふり歩いていると、伏目がちなエニシダに会った。


「ああ、エニシダさん。

 今年の春の女王杯にはまだ立候補していないようだが、忘れていないかね?」


「いいえ、忘れていませんよ。

 今年は立候補しないでおこうと思っているのです」


「おや、それはまたどうして?」


「これまで毎年頑張ってきたんですけど、なんだかもう疲れてしまって」


「ほほう、なるほど」



村長が頭をふりふり歩いていると、ため息をつくアネモネに会った。


「ああ、アネモネさん。

 今年の春の女王杯にはまだ立候補していないようだが、忘れていないかね?」


「いいえ、忘れていませんよ。

 今年は立候補しないでおこうと思っているのです」


「おや、それはまたどうして?」


「これまで毎年毎年頑張ってきたんですけど、なんだかもう疲れてしまって」


「ほほう、なるほど。それはまた」



村長が頭をふりふり歩いていると、毛虫に悩んでいるサクラに会った。


「ああ、サクラさん。

 今年の春の女王杯にはまだ立候補していないようだが、忘れていないかね?」


「いいえ、忘れていませんよ。

 今年は立候補しないでおこうと思っているのです」


「おや、それはまたどうして?」


「これまで毎年毎年とても頑張ってきたんですけど、

 なんだかもう疲れてしまって」


「ほほう、なるほど。それはまた大変でしたな」



村長が頭をふりふり歩いていると、腰をさすっているスイートピーに会った。


「ああ、スイートピーさん。

 今年の春の女王杯にはまだ立候補していないようだが、忘れていないかね?」


「いいえ、忘れていませんよ。

 今年は立候補しないでおこうと思っているのです」


「おや、それはまたどうして?」


「これまで毎年毎年とてもとても頑張ってきたんですけど、

 なんだかもう疲れてしまって」


「ほほう、なるほど。それはまた大変でしたな。お疲れ様」



村長が頭をふりふり歩いていると、うなだれているカタクリに会った。


「ああ、カタクリさん。

 今年の春の女王杯にはまだ立候補していないようだが、忘れていないかね?」


「いいえ、忘れていませんよ。

 今年は立候補しないでおこうと思っているのです」


「おや、それはまたどうして?」


「これまで毎年毎年とてもとても精一杯頑張ってきたんですけど、

 なんだかもう疲れてしまって」


「ほほう、なるほど。それはまた大変でしたな。

 お疲れ様、ゆっくりやってください」



村長が頭をふりふり歩いていると、

匂いが判らなくなったジンチョウゲに会った。


「ああ、ジンチョウゲさん。

 今年の春の女王杯にはまだ立候補していないようだが、忘れていないかね?」


「いいえ、忘れていませんよ。

 今年は立候補しないでおこうと思っているのです」


「おや、それはまたどうして?」


「これまで毎年毎年とてもとても精一杯一生懸命頑張ってきたんですけど、

 なんだかもう疲れてしまって」


「ほほう、なるほど。それはまた大変でしたな。

 お疲れ様、ゆっくりやってください。無理はいけませんな」



こんなふうに村長は、村中の春の女王候補になるはずの人たち全てに会った。

村長は彼女たちの話を聞くだけで少しずつ疲れが溜まり、家に帰り着く頃には

疲れきってとうとう一歩も動けなくなって寝込んでしまった。


そして、春の女王杯に参加するもののないまま月日が過ぎて、

春の女王はどうするんだろうと村人たちは心配しながらも、

誰もどうする事も出来ずにとうとう9ヶ月が経ってしまった。




塔の冬の女王は、春の女王の到着を待っていた。

明日には春の女王と交代して家に帰れる。無事に3ヶ月過ぎて

肩の荷が下りた気分になっていたので春の女王の到着がとても待ち遠しかった。

ところがなかなか春の女王はやって来ない。


次の日になった。

何かの都合で一日遅れたのかもしれない。


その次の日になった。

まだ来ない。


その次の次の日になった。

窓から一日中春のほうを眺めていたが、春の女王は影も形も見えない。


次の次の次の日になった。

塔の部屋の中を歩き回ったが春の女王は来ない。



来る日も来る日も冬の女王は首を長くして春の女王の到着を待ったが、

今日こそはと期待して朝を迎えても、

がっかりして眠るだけの空しい毎日になってしまった。

そして冬の女王の嘆きは、春に移り変わろうとしていた季節を押し留め、

ついには冬を呼び戻してしまったのだった。




四季の塔のある国の王はとても困ってお触れを出した。


 1、冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

 1、ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

 1、季節を廻らせる事を妨げてはいけない。


寒さを避けて暖かい地方に出かけていた笛吹きの若者が、

春になって暖かくなったと思って帰ってきたのだったが、

このお触れを見てとても驚いた。

オリーブ色の上着にオリーブ色の半ズボン、オリーブ色の帽子にオリーブ色の靴、

荷物は肩から斜めにかけた麻の布袋一つという軽装の若者は、

国の寒さに震えあがった。


「ああ、なんて寒いんだろう。春の女王なんてどこにいるのか見当も付かないし

 おいらにはどうしようもない。このままじゃ風邪を引いてしまう。

 ちょっとでもいいから暖かそうなところに行かなくちゃ」


若者はぐるっと辺りを見回した。どこもかしこも寒そうに見える。

そこで若者は目をつぶって鼻を高くあげた。


「おいらの鼻よ、暖かい匂いを見つけておくれ」



最初に見つけたのは近所の台所でコトコト煮込んでいるスープの匂いだ。


「違う違う。これは温かいけど美味しい匂いだ」


次に見つけたのは鍛冶屋の鉄を溶かす炉のにおいだ。


「違う違う。これは鉄を鍛える厳しい炎だ」


次の次に見つけたのは

森の穴倉で丸まって眠る母熊に抱かれている小熊の寝息だ。


「違う違う。これはとっても温かいけど、

 おいらが混ぜてもらうわけにはいかないな」


次の次の次に見つけたのは、

黒い土を押し上げてほんのちょっと顔をのぞかせた小さな黄緑色の芽の

まわりに立ち上るかすかな土の温もりだ。


「見つけた!」


喜んで目を開けるとせっかく見つけた匂いがどこかへ行ってしまう。

慌てて目を閉じてもう一度緑の芽のまわりのかすかな土の温もりを見つけると、

若者は目をつぶったまま飛ぶように駆け出した。

水溜りを飛び越え、歩いている人をするりとかわし、

雪を被った畑の柵を飛び越えた。冬の森を抜け山を越えて走りに走った。




どこもかしこも芽を出す土の温もりに溢れる場所に

ようやくたどり着いて若者が目を開けると、そこは春の花咲き村だった。


「やった! ここはちょっと温かいぞ」


嬉しくなった若者は

斜めにかけた麻の布袋から大事な笛をとりだして吹き始めた。


ピーーーヒャララ、ピーーーヒャララ、ヒャラヒャラヒャララー


すると朗らかな笛の音色に誘われて、村の人々が集まってきた。


「オリーブ色のお兄さん、どこから来たんだね?」


「四季の塔の国からだよ」


「ああ、遠いところからよく来たね」


「そう言えば、塔はどうなっているんだろう」


「塔には冬の女王がずっと居続けてて、冬が終わらなくて困ってるよ」


村人は顔を見合わせてザワザワした。



「それは本当かい?」


杖をついた村長がそう尋ねた。

ずっと寝込んでいた村長はこの頃になってようやく回復し、しばらく前から

やっと少しずつ外も歩けるようになっていた。


「ああ、そうだよ。

 みんな早く春にならないかなぁって、もうずーっと待ってるよ」


村人は顔を見合わせて更にザワザワした。



「これはこのままにはしておけない。春の女王杯を今からやり直そう!」


「さぁ、今から仕切りなおしだ。どんどん立候補してくれ」


「さぁさぁさぁ!」



村人が口々に立候補を促すが、静まり返って誰も立候補しようとしなかった。

凍りつくような沈黙にオリーブ色の若者が思わず口を挟んだ。


「ちょっと待ってよ。せっかく温もりを求めてここまで走ってきたってのにさ、

 こんなんじゃここも四季の塔の国と同じになっちまう。

 いったいなにがどうしてこうなっちゃったんだい?」



村長が思い出すのも辛そうに話し始めた。


「……いつも春の女王杯にこぞって参加してくれているのに、

 今年はどうしたわけか誰も立候補してくれなくてね。

 聞けば、みんな毎年頑張ってきたけどもう疲れたからと言うのだ。

 わしにはもはや、どうしていいか判らない」


「へぇー、その春の女王杯ってのはどんなことするんだい?」


そこで村長は若者に、

行動に得点をつける仕組みをざっくり説明してきかせた。


「すごい素敵な仕組みじゃないか。

 困ってる人は手伝って貰えるし、すっごい疲れても終わってから、

 ホント助かった、ありがとうって笑って感謝されたら

 そんな疲れなんてふっとんじまうだろうしねぇ」


村人は若者の言葉を聞いてハッとした。

そういえば、やって貰えば点をつけるだけ。

はたして自分はちゃんと感謝していただろうか……。


「……ああ、そう言えば、手伝ってもらっても点さえつければいいと、

 すっかり感謝の心を忘れていたよ。

 やってもらえる事が当たり前になって、大切な事を忘れていたようだ」


「ありがとうさえちゃんと言ってなかった気がする……。

 この歳になって、あまりに恥ずかしい」


「これじゃ誰も立候補しなくなって当たり前だよ」



人々の気持ちが変わると春の花咲き村に春のパワーが満ちてきた。

疲れてうなだれていた花々がしゃんと顔を上げ春の日差しに輝き始めたのだ。


「ああ、やっとここにも春がきたね」


若者はまた嬉しくなって笛を吹く。


ピーーーヒャララ、ピーーーヒャララ、ヒャラヒャラヒャララー



そこへ、福寿草がやってきた。


「今年の春の女王杯はこんなになってはもう開催できません。

 春が来るのが遅くて困っている人のところに一刻も早く行ってあげなければ。

 だから、今年は私が今からすぐ行ってみなさんに遅れた事を謝りましょう。

 来年はまたちゃんと春の女王杯が開催されます。

 そうしたらまたみんなで参加しましょうね」


村のあちこちから鈴を振るような優しい響きが聴こえた。



そして、その日のうちにオリーブ色の若者と一緒に塔の国へ春の女王が訪れ、

無事に冬の女王と交替できた。

春の女王は遅れた事を、冬の女王はじめ国の人々に謝罪した。


この年の春は芽ばえがよく、生長も特に順調で適度な雨にも恵まれ

遅れていた季節をぐいぐい取り戻していったのだった。




そうそう、オリーブ色の若者が貰った褒美はといえば……。


「さて、この度の働き見事であった。どんな褒美でも望むがままじゃ。

 遠慮なく申してみよ」


「おいら、何も大したことはしてないけれど、

 ご褒美下さるってんなら仕事が欲しいです。

 ずっと気ままにあちこちフラフラしてたけど、

 毎年春を呼びに行く仕事だったら、おいらにもできるし

 みんなの役にも立つんじゃないかなと思って」


「よくわかった。それではこれ以降、春を迎えに行くのはお前の仕事じゃ」


「はいっ! ありがとうございます」



こうしてオリーブ色の若者は、春の花咲き村に春を迎えに行く仕事を得た。

春を告げる小鳥のさえずりのような笛の音とともに毎年春を迎えに行くのだ。

そしていつしか彼は春告げ鳥と呼ばれるようになった。


……遠い未来、彼がこの世の仕事を全うして天に召された後、

一羽の鳥が彼の役目を引き継いだ。

オリーブ色の小鳥が春を迎えに飛んでいく。

軽やかなさえずりと共に……。




≪おわり≫



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