4.シナリオ解説
「国境を越えて」のシナリオは非常に単純な構造をしています。これはキャラクターロールを重要視しているためで、シナリオを複雑にしてしまうとそれを損なう可能性が高いからです。まずは全体の流れを見てみましょう。
1.能力テスト(ゴブリン退治)
プレイヤーキャラクターの自己紹介と各自の能力がどの程度あるかを理解してもらうために行いました。NPCを含め9人のキャラクターに対し、3体×2グループのゴブリンと戦います。
ゴブリンの強さは各キャラクターよりも圧倒的に弱く設定してあり、特殊な能力を使用することなく対処出来るようにしておきました。
これによって各キャラクターは冒険者として十分な強さを有している事を理解してもらうと共に、おおざっぱながら各キャラクターの容姿や特徴を表現してもらうのが目的です。
2.荷物の運搬準備
荷姿の確認と旅支度、必要と思われる装備の確認です。特筆すべき事はありません。
このシーンは一般的な冒険準備に準じて行われました。キャラクターの特殊性を隠すための手段でもあります。
3.森の中の移動及び障害
最初の移動行程です。途中何もおきません。景色の変化を楽しんでもらいます。
このシーンも従来的なセッションと余り変わりませんよ。というアピールです。山賊やモンスターの襲撃があってそれを防ぐ。的なシナリオを想起させる部分です。
4.野営
野営の順番を決め、それぞれの個別シーンを演出することでキャラクター同士のコミュニケーションを促進させることが目的です。
5.渓谷の移動及び山賊の襲撃
山賊の襲撃を行うことで緊張感を高めます。またこの後に続く吊り橋でキャラクター同士の緊張を薄める意味もあります。
6.吊り橋
キャラクターの個人目標を達成するために用意されたシーンです。
このシーンが始まる前に休憩を入れています。その上で必要なプレイヤーに対し、この状況で目的達成に動かなければ間に合いませんよと伝えてあります。
他のプレイヤーに判らないよう何かをするかも確認してあります。キースはこの休憩時間を利用し吊り橋に仕掛けを施しました。
この通り、シナリオだけを抜き出すと面白みのないものだと判りますね。
もしもこのシナリオを一般的なファンタジーのシステムで適用すると、みんなで山賊を撃退して終了。そんな感じになりそうです。
緊張感を増したいなら、山賊の数を増やしても良いでしょう。吊り橋シーンでは高低差や時間差を利用した襲撃を演出する手もあります。
でも、そんな展開はこのシナリオにありません。むしろそう言った部分は不要どころか、全体進行上の阻害にしかなりません。
これはキャラクターの特殊性をいかに引き出すか。それに特化しているシナリオであるためです。
そしてキャラクターを演じる上でプレイヤーに対するフォローも忘れてはいけません。事前の打ち合わせや休憩時間を利用した質疑応答もありますが、それだけで全てをフォローしきれるわけがありませんよね。
そこで使われたテクニックが、セッション中に次々と配られるメモ群です。そのメモ群は付箋程度の大きさで、簡単な情報が記されています。
全く意味のないものから、キャラクターならではの特殊な情報だったりします。
例えばリリーはこのメモによって、キースの技が母親を殺したものと同じであると気づきました。
正確な枚数は覚えていませんが、一人あたり五枚前後のメモを配布したと思います。メモを配布するタイミングは様々です。
ちょっと落ち着いたタイミングで渡してみたり、戦闘の命中判定と同時に渡してみたり、プレイヤーの予想外のタイミングを使うと効果的だったりします。
また、それらメモ群を効率よく検索出来るように、特定キャラクター専用のメモ、不特定キャラクター用のメモ、意味の無いダミーメモと言うように仕分けして用意しておきました。
プレイヤーは、マスターが想像している以上に、勘が良かったり、あるいは鈍感だったりします。当然それらに対するフォローが必要です。
特にこのシナリオのように、キャラクター同士が敵対関係になり得る場合、その瞬間まで隠したり誤魔化したりする必要があるわけで、口に出して言えないことも多々あるわけです。
そう言った場面でこの小さなメモは非常に役に立ちました。
以下にメモの一部を列記します。どれがどのタイミングでプレイヤーに配布されたのか。そう言う部分を想像しながら見てみてください。
・声が聞こえる 「我が血を引く者、我掴め。」
・一瞬殺気を感じた。最近感じたことがある。もしや暗殺者では?
・水の牙の合図だ。(襲撃は今夜4時)
・水の牙の合図だ。(パーティの気をそらせ)
・ナイフを投げると同時に含み針は使える。
・少女がうなされている。
・他人を襲っている敵の攻撃にあわせて含み針は使える。
・またあの悪夢だ。
・星空が綺麗だ。
・この殺気はもしかしたら母が殺された時と同じだ。
・剣は宝箱の2重底の中にある。
・面白そうな連中だ、しばらく様子を見よう。
・風が気持ちいい。
・日差しが暑い。
・静かだ。あまりに静かなのでなんだか怖い。
・何かが近づいてくる気配を感じる。
・周囲から殺気を感じる。強敵ではなさそうだ。
・遠くに何かいる。獣かもしれない。
・何かが近づいてくる気配を感じる。
・木の香りが心地よい
・兎を見つけた。
・鹿を見つけた。
・熱い視線を感じる。
・殺気を感じる。
・遠くに一瞬光が見えた。もしかしたら剣の輝きかもしれない。
改めまして、今回のセッションではロールプレイング部分に特化して調整を行っております。そしてそれに当たって注意した事が幾つかあります。
一つ目は、システムで進行阻害が起きないこと。これは五章のシステム紹介にて別途説明します。
二つ目が、シナリオのクリアを目的から外すこと。
一般的なシナリオは、最終的な目的、例えばラスボスなどの目標が設定されます。そしてそれに到達するために幾つかの困難が設定されており、それらに対して、順番や方法を検討して実行する。それを繰り返して解決に向かっていくわけです。
このシナリオでは「依頼された荷物を目的地まで運ぶ」という全体目的が設定されておりました。しかし一部のキャラクターはそうなってしまうと個人目標が失敗となってしまいます。
当然、該当するキャラクターは全体目標の達成を阻害していくことになりますよね。これがシナリオクリア、全体目標の到達を目的から外すと言うことです。
良いんです。個々のキャラクター目標のためなら、他のキャラクターを蹴落としてやりましょう。それが出来なければ個人目標を到達することが出来ないんですから仕方ありません。
三つ目が、キャラクターに判りやすい目標を設定すること。
各キャラクター設定に書かれている目標を見れば判ると思いますが、出来るだけ短い文章で必要なことを伝えられるよう努力してみました。
文章が長くなるとやるべき事がぼやけたり、余計なことを考えたりして返って判りにくくなってしまうからです。
もちろんプレイヤー個人の能力でもっとやれると思ったら、セッション開始前の打ち合わせでそれを調整することだって出来ました。
そして四つ目。最後になりますが、一番重要視したのはプレイヤー自身の性格と能力の把握です。
各プレイヤーとは長いつきあいがあり、性格の把握、ロールプレイの傾向、発生した状況に対する対処能力。そう言った物が理解出来ています。
それらの経験則をベースに設定や役割分担を決めていきました。
各キャラクターをプレイヤーに割り振るとき、プレイヤー側にキャラクターを自由に選ばせたのではありません。プレイヤーとキャラクターを紐付けして設定し、マスター側からプレイヤーに貴方の担当キャラクターはこれになります。と言う形で割り振りを行っていいます。
この割り振りがシナリオバランスを取る上で重要な意味を持っています。
セッションをやったことがある人なら判ると思いますが、状況対処能力はプレイヤー事に大きな差がありますし、キャラクターロールにも得意不得意があります。苦手なキャラクター設定を渡してもやはり上手くいきません。
今回のように複雑な関係を持たせると、苦手部分から思わぬ破綻を発生させることもあるのです。
ここまで来ると判って貰えると思いますが、このセッションはシナリオとキャラクター設定だけあれば、誰でも行えるわけではありません。
普段からの友人つきあい、個々のゲーム能力、思考方向性、得手不得手、そう言ったデーターを把握した上で最適になるよう調整しているからです。
もちろん性格や能力など似たような人は居るわけでそれらを上手く当てはめることで同様のセッションを行うことは可能です。
でも、ちょっとだけ考えてみましょう。貴方の周りに居る友人達のことを。今回紹介した設定そのままで良いですか? 人数は適正ですか?
判りますね。当たり前のことですが細かく調整することでより面白いセッションになること間違い無しです。そしてそれが出来るなら、思い切って全く新しいパターンを考えるのも一つの方法と言えるでしょう。
「国境を越えて」のセッションは、これらの試行錯誤により、キャラクターにこだわったロールプレイを行えるようになっているのです。
それからこれは余談になるかも知れませんが、敵対関係にあるのはキャラクター同士です。プレイヤー同士には当然なんら利害関係はありません。
念のため言っておきますが、この手の敵対関係を含むセッションは、それなりに仲の良い友人同士でやることをおすすめします。
プレイヤーとキャラクターの違いをきちんと理解した上でセッションを行わないと、入らぬトラブルの原因になるやも知れません。