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92話「ダービー決勝4」

 陸斗が勢いよく地を蹴ってつっこむと、モーガンは予期していたようにひらりと彼の右側へ避けて横なぎで反撃してくる。

 

(うおっ)


 彼はかろうじてしゃがんでかわしたが、はらりと髪が落ちた。

 0.1秒でも反応が遅れていれば、戦闘不能にされていたに違いない。

 肝を冷やす彼に息を整える余裕を与えるほどモーガンは優しくなく、すぐ次の斬撃を頭部を目がけて放ってくる。

 転がるように避けたところへ蹴りがきて、後ろに飛んで避ければ腹部を狙った強烈な突きが撃たれた。


(頭狙いだったら首をひねって避ければいいのに)


 そんなチャンスすら与えないというわけか、と陸斗は恐ろしく思う。

 左の剣で止めようとしたものの、当然のごとく弾き飛ばされる。

 だが、それこそが彼の狙いで、弾かれた勢いを利用して態勢を思いきり崩し、モーガンの射程圏外へと脱出した。

 現実でやれと言われてもとうてい不可能な芸当なのは言うまでもないが、おそらくもう一度同じことをやれと言われてもできるか陸斗は自信がない。

 紙一重の差で彼はピンチを脱したのである。

 ただし、モーガンは彼に立て直しを図るゆとりを与えるつもりはみじんもないらしく、すぐに距離を詰めてきた。

 陸斗は突然前方に転がる。

 大剣はその性質上地面すれすれの攻撃はやりにくいし、動いている最中突然蹴りに切り替えるのは困難だろうと思ったのだ。

 ところが、モーガンは彼の予想を裏切り、強引に前進を止めて左足での蹴りに変えたのである。

 

(あっぶね!)


 ギリギリのところで右の剣で蹴りを止めたが、その彼の頭上に大剣が猛烈な勢いで降ってきた。

 

(くそっ!)


 攻められっぱなしに業を煮やした陸斗は、斜め前方に転がって斬撃を避ける。

 そして地面を蹴った反動で勢いを増して、モーガンの脛を狙って足払いを仕かけた。

 モーガンは跳躍してかわしたため、空振りに終わる。

 

(ここだ!)


 さすがのモーガンも空中では強烈な斬撃も蹴りも撃つことはできない。

 ようやくやってきたチャンスを逃さず、陸斗は彼に飛びつく。

 モーガンも予想していたのか、両者は武器を捨てて取っ組み合いながら地面に転がる。

 激しい攻防の末に上になったのは陸斗で、横四方固めを決めた。


『1、2、3……』


 全力で抵抗するモーガンの体力に彼は内心畏怖しながらも、懸命に抑え込む。


「10! 勝者、トオル・ミノダ!」


 彼にとっては永遠に感じられるほど長い時間が経ち、ついに審判が勝利を告げる。

 陸斗はモーガンを倒して決勝進出を決めた瞬間だった。

 ログアウトした二人は握手を交わす。


「見事にやられたな。今回はお前の勝ちだ」

 

 モーガンはぶっきらぼうに陸斗のことを称える。


「自分でもよく勝てたなと……十分の一、百分の一の確率を引き当て続けているような感覚でした」


「私に気を遣うヒマがあったら、次のことを考えろ。次はおそらくあいつだぞ。姪も強くなったが、まだあいつには勝てまい」


 アメリカ人が誰のことを言っているのか、彼には簡単に予想がつく。

 

「頑張ります」


 と答えたところで二人の会話は終わり、もう一つの準決勝を見守る。

 大方の予想通り、マテウスがアンバーを二連勝で破って決勝への勝ち上がりを決めた。

 この段階でモーガンの総合三位、アンバーの四位が事実上確定する。

 決勝に進んだ二人は総合獲得ポイントが同じため、勝った方がダービー優勝だ。


(見ている方はさぞかし楽しいだろうな)


 陸斗はそう考える。

 別に余裕があるのではなく、開き直ってしまったのだ。

 マテウスも見ていたであろう準決勝ですべての行動パターンを出してしまったし、いまさらマテウス対策など思いつけない。

 

(こうなってしまえばもう当たって砕けろだよな)


 とリラックスできたのだから、悪いことばかりではないだろうが。

 彼とマテウスが見守る向こうで行われた三位決定戦は、モーガンが二勝一敗でアンバーを下す。

 期待の新星もまだ二強には及ばないと思わされるような結果になった。

 予想に反して二強の一角を崩した陸斗は、マテウスと決戦前の握手をかわす。


「よろしくな、トオル・ミノダ」


 ドイツ人選手はにこやかにあいさつをしてくれたが、その青い目は笑っていない。

 倒すべき標的を見定める戦闘のプロのようだった。

 

「よろしく、バスティアン・マティウス」


 飲まれてはいけないと思い、陸斗は彼なりに言い返す。

 彼らがログインをしてアバターを選び、決闘場に出たところでアナウンスが流れる。


『ダービー第三競技、決勝戦を開始いたします。三ゲームマッチです』 


 同時にマテウスの棍棒使いのアバターが突進してきた。

 準決勝を見て、陸斗に仕かける猶予を与えてはいけないと考えたのだろうか。 

 棍棒使いは大剣使いと比べると、破壊力がひかえめな分小回りが利いて、息つくヒマのない波状攻撃をくり出せる。

 使うのがマテウスとなれば、瞬きをするのも危険に思えるほどの嵐のような連打だった。

 時には剣で弾き、時にはしゃがんだり左右にステップしたり、地面に転がったりして避け続ける。

 そこへマテウスはフェイントを織り交ぜはじめ、小刻みに陸斗にダメージを与えてきた。

 何とか反撃を試みるが、とうとう押し切られてしまう。


『勝者、バスティアン・マテウス!』


 第一ゲームはマテウスが取る。

 

(つ、強い……)


 陸斗はドイツ人世界王者に舌を巻きながらも、悲観はしていなかった。

 

(でも、モーガンよりずっと強いということはない。ほとんど同じくらいだ)


 モーガンと厳しい戦いをしてきたからか、何となくだが分かる。

 きっとモーガンとマテウスはその時調子がいい方が勝つ、というような関係なのだろうと推測した。

 つまりモーガンに勝てた自分にチャンスがないわけではないと言い聞かせる。


(よし!)


 陸斗は二秒足らずで気持ちをリセットし、集中力を取り戻す。

 もう一度負けたら終わりなのだから、次のゲームは全力で抗うべきであった。

 第二ゲーム、やはりマテウスは自分から積極的に仕かけてくる。

 一度も陸斗に主導権を渡さないまま勝負を決めてしまうつもりなのだろう。

  

(させるかっ!)

 

 彼は両手から剣を放すと、心臓部を狙って突き出された棍棒をがっちりとつかむ。

 この展開は想定していなかったのか、さすがのマテウスもぎょっとして一瞬硬直する。

 その一瞬があれば十分と、彼はぐいと棍棒を引っ張りバランスを崩した相手に組み付く。

 マテウスが黙って見ているはずもなく、足を払おうとしてくる。

 まんまと引っかかった陸斗は逆にマテウスに投げられたような形になり、それでもあきらめず強引に寝技勝負に持ち込む。

 二分ほどの攻防の末に袈裟固めを決めて、10カウントで勝利した。


『勝者、トオル・ミノダ!』


 アナウンスが自分の勝利を宣告すると彼は離れ、開始位置に戻る。


(いける、寝技ならマテウスよりも俺の方が上だ)


 少しだけ自信を持つ。

 もっとも、マテウスは次から寝技を避けようとするだろうから、どう立ち回るのかという点が課題だった。

 それでも一度は寝技に持ち込めたため、勇気と希望を持てる。


(やり方次第では通用するんだ)


 長らく世界二強を形成してきたマテウスにも自分の力が通用すると分かったのは非常に大きい。 


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