90話「ダービー決勝ステージ2」
陸斗の予想に反して、展開はゴリアテの本拠地まで膠着していた。
勝負が動いたのは巨人の本拠地護衛部隊が、彼らを迎撃するために出現した瞬間である。
一番速かったのはマテウスだった。
彼は無駄一つのない滑らかな動きで巨人の攻撃をかいくぐり、彼らを他プレイヤーからの盾代わりにしようとする。
陸斗が試合中だということも忘れて見とれてしまいそうになったほど、素晴らしい動きだ。
だが、それをまるで予想していたかのように、モーガンの白いバトルシップが左からマテウスの赤いバトルシップに体当たりをする。
体当たりをくらった影響でマテウスのバトルシップの進路がずれてしまい、巨人の攻撃すら命中した。
それだけで撃墜されるほどマテウスは弱い男ではなかったものの、立てなおしを図らなければならない。
他のプレイヤーたちもゴリアテの攻撃を回避しつつ、最低限の反撃でモーガンの後を追う。
全員が惑星「ギガント」に突入した時の順位はトップがモーガン、八位がマテウスという状況だった。
しかし、マテウスは降下中に二人を交わして六位まで戻してきていて、まだまだ首位奪回できる余力がありそうである。
「ギガント」は高難易度の星であり、本拠地の基地を守る巨人たちは「タイタン」に出てくるものよりもずっと強くてタフだ。
外見は鋼鉄のロボットに近く、色も漆黒で紫色の一つ目がまがまがしい。
体も大きくスピードも速いが、各行動には予備動作が設定されているため、トッププロであれば対処可能であった。
四十を超す漆黒の巨人たちに対して九機のバトルシップはきれいに散開し、巨人たちと交戦する。
ここは戦って倒した方が早くて確実だと判断したのだろう。
「エクセレント!」
「グレート!」
誰もが同じような結果を出す。
「クリティカル」を出せばよく、「エクセレント」や「グレート」はなかなか出せないというのがゴリアテというゲームだというのが、世間の認識だろう。
ところが、彼らトッププロにしてみれば「エクセレント」を出すのが最低ラインだった。
それも単発ではなく、全員が連発している。
陸斗も「グレート」が出なかった時、舌打ちしたくなるのこらえながら戦っていた。
やがてモーガンが最初に巨人の本拠地である白い基地へ侵入する。
この白い基地の中の最奥にある、赤いゾーンに到達すれば制圧したと見なされるのだ。
次にアンバー、そして陸斗とマテウスがもつれ合うように基地内へ突入する。
彼らはちらりと視線を交わしたが、何もせずに進んでいく。
先頭を行くモーガンを止めるのが先だと、アイコンタクトで示しあったかのようだった。
三社の十メートルほど前を行くモーガンは、出てくる巨人をすべて「グレート」一発で撃破する。
(これはダメか?)
そのあまりの強さに陸斗は二位狙いに切り替えることにしたが、他の二人はどうだか分からない。
巨人を撃破した先でモーガンがゴールしたというアナウンスが流れる。
「モーガンが制圧に成功しました」
瞬間、陸斗はマテウスに右から体当たりをした。
彼の攻撃だけであればマテウスは悠々と避けていただろう。
しかし、避けたところへ左からアンバーが体当たりをして、マテウスのバトルシップは体勢を崩す。
マテウスは一瞬で立てなおしたものの、その間に陸斗、アンバーが数メートル先に進んでいる。
背後から飛んでくるアンバーとマテウスの攻撃を必死にかわし、陸斗は二位で制圧に成功した。
三位がアンバー、四位にマテウスという結果に終わる。
これにより第一競技を三位で五百ポイント、第二競技一位で三千ポイントを獲得したモーガンが合計三千五百ポイントで総合トップに立つ。
二戦とも二位で合計二千五百ポイントの陸斗、第一競技一位、第二競技四位のマテウスが総合二位で並ぶ。
第一競技が四位で二百五十ポイント、第二競技が三位で千ポイントのアンバーは合計千二百五十ポイントで総合四位となった。
(最終競技は一位が五千、二位が三千、三位が千ポイント、四位が八百だからな……)
筐体から出ながら陸斗は最終競技について思いをはせる。
上位陣が仲良く敗退すれば、まだ五位以下の選手が優勝する可能性は残されているが、みな本気で思ってはいない。
実質現在四位に入っているメンバーに絞られたと考えていた。
(一番有利なのはモーガンかな?)
と陸斗は思う。
マテウスは有利ではないが、実力を考えれば不利でもない。
直接対決でモーガンを倒せばすむと言えるし、本人はそのつもりだろう。
筐体から出たところでアンバーと目が合った。
「……礼は言わないし、謝りもしないよ」
陸斗は一応彼女に声をかける。
彼女の体当たりがマテウスに命中したおかげで彼が二位になれたようなものだが、彼女が何もしなければマテウスが二位だっただろう。
彼女は強敵を止めようとして彼に漁夫の利をさらわれたような形になったのも勝負のアヤである。
「ええ。気にしないで。これからきっちり取り立てるから」
アンバーは気にしている様子はなく、明朗な笑顔を彼に向ける。
ただし、いつもとは違って今は獲物を見つけた空腹の雌獅子のような獰猛な気配がただよっていた。
陸斗が無言で笑顔を返したところで、二人の会話は終わる。
最終競技の前に休憩をしたかったし、ベルーアブックのトーナメントの発表もあるからだ。
発表がこのタイミングになったのは、決勝ステージでの調子が考慮されるからである。
競技ルームの入り口のすぐ上には大きなモニターが設置されていて、そこにトーナメント表が出るのだ。
そっと隣にきて水が入ったコップを提供してくれた薫に、陸斗はリラックスした顔で言う。
「何とか総合二位タイになれたからね。準決勝までモーガン、マテウス、アンバーの三人と当たる心配がなくて気楽だよ」
「ええ、そうね……」
薫は相槌を打つけにとどめる。
彼の急激な快進撃ぶりは今頃ニュースになっているに違いないが、レースの最中に言うのは避けたいところだ。
最終戦に向けてひと息つき、もう一度集中力を高めている選手を邪魔してはいけない。
多くの人々が見守る中、トーナメントが表記される。
「ええっと俺は一回戦がヴィーゴ、準決勝が順当ならモーガンか」
「ついていないわね」
薫は反射的につぶやいてしまう。
第二競技で四位に終わったマテウスよりも、一位になったモーガンの方がやっかいな相手だと考えたのだ。
「そうでもないよ。準決勝でモーガンを倒せば、それでモーガンの優勝を阻止できるんだから。自力で倒せるチャンスをもらえたと思うよ」
陸斗は明るく前向きな解釈を披露し、彼女を感心させる。
(やっぱり陸斗君、変わったわね)
と弟の成長を実感した姉のような気持ちになった。
少し前の陸斗であればこうもあっさり割り切れなかっただろうし、喜ぶなどありえなかっただろう。
若干寂しさを感じるのは自分のワガママだと彼女は戒める。




